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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第3章 メメントモリ
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3.24. センチネル

 帰宅したオレは、朝の陽光の中、ドローンの画像や情報を整理していた。現実世界のオレが回復したら、すぐに対応できるようにするためだ。だから、純粋に客観的な情報だけでなく、AM世界の時宮准教授や高木さんの見解も書き込んだ。

 情報を整理しながらも、フォンノイマンの手紙の内容を思い返した。フォンノイマンの主張通りなら、いずれ現実世界のオレはベッドで眠り続けるムーコの姿を見ることになるのだろう。

 だが、その時にAM世界のムーコは復活する…のだろうか?AM世界のオレが幸福を感じる時に、現実世界のオレは悲嘆に暮れる…、ということか。どうにかならないのだろうか?

 そうだ、Que sera seraだ。どちらのオレも、結局は自分の力で未来を切り開かなければならない。柄にもなく悲観的なのは、疲れて眠いせいかもしれない。結果的に一晩徹夜してしまったし。メールを現実世界のオレへ送ると、ベッドで横になって眠った。


 目が覚めると、既に外から射す陽光が赤くなっていた。えっと、時計を見ると夕方の5時。最近こんなことが多くなっているような気がする。

 昨日の事件発生から22時間くらい経った。そろそろ現実世界のオレが意識を回復して、情報を確認し始める頃だろう。だけど、AMであるオレにできることは全てやってしまった。

 いや、謎の男「高坂和巳」、それに白いワンボックス車に乗った2人組、そして「高坂和巳」名義の大型ドローンを操縦し狙撃能力が高い黒幕。こいつらをどうにかして特定する必要がある。

 だが少し検索したくらいでは、「高坂和巳」が金融機関のブラックリストに載っていて住所不定で無職らしい、ということ以外は何も分からなかった。いや、一生懸命検索したって、まともな方法ではこれ以上の情報はなかなか掴めないだろう。

 そこで、オレが「センチネル」と呼ぶ、情報収集プログラムを起動した。センチネルは情報を喰らって増殖しつつ、ネットワーク上にある機器のセキュリティホールを探して「棲みつく」AIだ。個々のセンチネルがどこで何をするのか、オレにも分からない。

 それに、個々のセンチネルには、オレのもとに帰ってきたり報告したりするようには、プログラムされていない。ただ、指定した言葉に関連する情報を探して「喰らう」。すなわち、暗号化した情報として取り込む。そして増殖する。そう作られている。

 それでは、センチネルを放ったオレ自身も、情報を掴めないではないか?いや、そうではない。オレは、罠を張って増殖したセンチネルを捕まえるのだ。そうしておいて、センチネルが「喰らった」情報を抜き取る。

 センチネルにはランダムに寿命を設定してあるから、適当なタイミングで消滅し、証拠は残らない。情報収集には強力な手段だと思うが、欠点もある。

 ネットワーク上を総当たり的に探っていくため、とにかく時間がかかる。以前に試した時には、ネットワーク上どこにでも転がっている情報でも、入手するのに数秒かかった。侵入が難しいどこかのシステムに秘匿された情報を入手するのに、どれほど時間がかかるのやら。オレにも分からない。

 オレだって、作ったオレ自身の制御が効かず物騒な、こんなプログラムは滅多なことでは使わない。だけど、今回の相手はまともじゃない。違法にドローンを操縦したり、銃で狙撃してきたり。

 そもそも、現実世界のオレとムーコを傷付け、誘拐までしようとした連中だ。できることは何でもやっておかないと、とても太刀打ちできないだろう。

 それに、連中は現実世界のオレとムーコのことを知っているのだ。一方的にだ。もしかすると、現実世界のムーコは、連中のことを知っているのだろうか?少なくとも、八神圭吾とムーコの姉の平山現咲は、何かに気付いていたようだったが…。だが、彼らに問い合わせると、事態を悪化させてしまうかも知れない。


 出来ることと言えば、もう一つあった。今度の相手は銃を使う。オレは八極拳と新陰流を習得したが、銃を使った戦闘については知識も経験も無い。

 だから、昨日もせっかく制御を奪った大型ドローンを、銃で破壊されてしまった。銃を扱ったことの無いオレには、予想できなかった結末を迎えたのだ。

 AMのオレが、今回の事件の黒幕と直接戦闘することは、無いだろう。だけど、何となく「負けない」ようにしておきたいと思った。

 以前、八極拳と新陰流を習得した時には、「劉老師の世界」と「上泉先生の世界」を作ってそこへ転移して、劉文老師と神泉真先生から教わったのだった。


 何故そんなことになったのだったか…。ある女子の名前を思い出した。新庄由紀。ゲームオタクだ。彼女が抑揚の無い声で、

「『武道家達の宴』に出てくる劉文老師と上泉真先生は本物。劉老師は本物の八極拳、上泉先生は新陰流の技とその動きを、再現出来る。だから、その二人を先生にして教われば、桜井君でもきっと強くなれるハズ。」

なんて言ったのが、ことの発端だ。

 ならば、「銃を使った戦い方」を誰に教われば良いのか?そう、今回もまた彼女に尋ねれば良いと思った。明日、授業の無い午後3時以降に時宮研究室で話があると、メールで呼び出した。


 夜活動する今の生活は良くない。だから、今日はもう出歩かず、夕食を食べて、風呂に入って、そして眠ることにした。


 翌日の午後3時、オレは時宮研究室に入ると、見覚えのある顔が並んでいた。新庄を呼び出したつもりが、いつもいる高木さんはともかく、木田、川辺、小鳥遊、そして新庄がいた。このメンツだと、豊島がいても良さそうだけど、何か都合があったのだろう。いない。

 和やかな話し合いになると思ったら、いきなり川辺に絡まれた。

「桜井よう。平山さんがこんな状態なのに、新庄にちょっかい掛けようとするとは、一体何考えているんだ!」

何故そうなる?

 小鳥遊まで、

「桜井君、がっかりだよ。」

と口撃してくる。

 呆気にとられていると、抑揚の無い声で、

「桜井君、ケダモノ。」

と聞こえてきた。新庄だ。コイツらの性格から推測すると、新庄が何か誤解して他の連中に相談し、それをさらに川辺が曲解して話がこじれたのだろうか?

 オレは思わず叫んだ。

「ちょっと待て。何の話だ?」

 面々を見渡すと、高木さんと木田は彼らから離れて、少し困ったような引き攣った笑いを浮かべていた。きっと、オレが来るまでに、新庄から勘違い話を聞かされたのだろう。そして、いつものことながら、それを増幅しただろう川辺。高木さんと木田は、オレが何を考えているのかを推測して、彼らの勘違いに気付いたのではないだろうか?

 高木さんや木田と違って、小鳥遊は混乱してきたのか視点が定まらず、キョロキョロしている。


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