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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第3章 メメントモリ
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3.23. 暗号解読

 落ち着いて紙面を見ると、書かれていたアルファベットの羅列が異常であることに気がついた。通常アルファベットで記された文面であれば、必ず単語の間に”スペース"があるハズなのに、それが無い。

 この世界を創ったAIが言語と認識すれば、日本語に変換されたハズなのだが、もちろんそうはなっていない。紙面がびっしりアルファベットで埋め尽くされているので、AIはこのアルファベットの羅列を言語として認識していないのだろう。


 とすれば、紙面のアルファベットの羅列は、手紙じゃなくて暗号ではないだろうか?

 

 コンピュータによるデータの暗号化と複合化については、大学の授業で基礎を学んだ。それにオレ自身、ライブラリを使ってではあるが、プログラムを組んだこともある。

 そう言えば、元々、この時代の電子計算機は暗号解読のために作られたのだった。「プログラム」により計算する概念を発明したアランチューリングらによって開発された電子計算機「ボンベ」は、ドイツのエニグマ暗号の解読を目的としていたのだ。

 しかし、言ってみれば、これはフォンノイマンからオレに宛てた私信だ。だから、この「暗号」はフォンノイマンの「遊び」なんじゃないだろうか?

 だったらこれは、そんな面倒な「暗号化」ではなく、一種のパズルだろう。パズル的な暗号と言えば、シーザー暗号が有名だ。これは、元の文のアルファベットを、辞書順にいくつかずらして書いたものを暗号文とするものだ。

 そこで、「フォンノイマン博士の世界」を一度ログアウトして、「真っ暗でコンソールしか見えない世界」へ転移した。シーザー暗号なら、アルファベットをずらす数を1から26まで総当たりで確認してみれば良いので、即席のスクリプトに「暗号文」を入力すれば簡単に解読できるハズ。…しかし、出力された「解読文」はいずれも意味のある言葉にならなかった。解読失敗だ。

 だが、「暗号文」をじっくり見ているうちに、やけに”y”が多いことに気づいた。”スペース”の無いアルファベットの羅列、この中の”y”が”スペース”に置き換えることができれば、なんとなく文章っぽくなる。でも、”y”を”スペース”に置き換える根拠があっただろうか?

 オッペンハイマー所長の手紙を改めて読んでみると、その中にあった謎の言葉”reality become dreams .”に一応”y”がある。それと、”reality”は7文字、”dreams”は6文字…、いやピリオドとの間にスペースがあって”dreams ”までで7文字なのではないか?

 そこで、”y”を”スペース”に置き換えるとともに、”r”を”d”、”e”を”r”等と置き換えていくと、紙面のアルファベットの羅列が「英文」に置き換わり、やがてシステムが日本語に置き換えてくれた。


 結局、紙面のアルファベットの羅列が意味したのは、こうだ。


——————————————— 

 この世界を創った人よ、君が再びこの世界に来る時、私は不治の病に倒れ政府関係者に囲まれているだろう。そして、私が君に再び見えることは無い。


 病で入院する前に、君がこの世界に来る夢を見た。君がここへ来るのは、現実世界で君の彼女に異変が起こったのに、君の世界の彼女の意識が戻らないためだろう。

 以前に私は君に、

「現実世界の君の彼女に何か問題が起こるか、それが回避出来れば、君という人工意識体が創る世界の彼女の意識は戻るだろう。」と語った。でも、君が再びこの世界に来たということは、きっと

「そうならなかった。」

と思っていることだろう。


 だが、私は前言を撤回するつもりはない。「予知夢」は、未来の体験をあらかじめ夢の中で体験するものだ。君がAM世界で体験したことを、君自身、現実世界で体験しただろうか?恐らく、まだそのような事態が起こっていないのではないだろうか。


 焦ってはいけない。そして、”Que sera sera”だ。アインシュタイン博士が亡くなる前に言っていた。もし君にもう一度会う機会があれば、君の人生を自身で切り開くように伝えて欲しいと。

 アインシュタイン博士は、既に旅立った。私もその日はそう遠くないだろう。できれば、君にも私の旅立ちを見送って欲しいものだ。


ジョン フォンノイマン より

———————————————


 さすが、超天才のフォンノイマン博士。オレが考えたことや体験したことは、全てお見通しという感じだ。確かに、そのような存在となるように彼のAIを作成したのではあるが。

 それにしても、

「君がAM世界で体験したことを、君自身、現実世界で体験しただろうか?恐らく、まだそのような事態が起こっていないのではないだろうか。」

とはどういう意味だろう?

 オレのAM世界での体験とは、「ベッドに横たわり、意識が戻らないムーコを見続けた」ことだろうか?確かに、現実世界のムーコのそんな姿は、まだ見ていない。

 オレ自身がそれを見ないと、AM世界のムーコは蘇らないのだろうか?だが、ムーコのドローンをコントロールできなくなった今となっては、現実世界のムーコがベッドに横たわっている姿を見る機会があるとは思えないのだが。

 そんなムーコの姿を目の当たりにする可能性があるのは、このAM世界のオレではなく、現実世界のオレだろう。だが、「ベッドに横たわり、意識が戻らないムーコを見続けた」のは、AM世界のオレだ。AM世界のオレと現実世界のオレの意識はエンタングルメントしていて、同一視しても良いということなのだろうか?


 フォンノイマンに問いたいところだが、もう彼にそれを尋ねることは出来そうにない。やむなく、「フォンノイマン博士の世界」へは戻らず、「真っ暗でコンソールしか無い空間」からログアウトしてAM世界に戻った。


 「睡眠学習装置(仮)」のシェルが自動的に開き始めた。すると、光が射して来た。研究室が明るい。いや、明るいのは外だ。「フォンノイマン博士の世界」で時間の進み方をAM世界と等倍に設定して、約半日過ごして来たので、AM世界では既に翌日の午前中なのだろう。

 「睡眠学習装置(仮)」から出て研究室の時計を見ると、時刻は9時を指していた。そろそろ、研究室所属の学生が来る頃だ。何となく眠いし、良く知らない先輩たちに説明するのは面倒だ。

 着替えてから、仮眠室のムーコが眠ったままなのを確認すると、帰宅することにした。


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