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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第3章 メメントモリ
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3.22. 死を想う

 オレ自身がこの世界に来たのは、この世界の時間では約8年ぶりだ。現実世界と完全には歴史が一致しない可能性はあるものの、おおよそ西暦1956年頃ということになるのだろうか?

 歴史上では、アルベルトアインシュタインは西暦1955年に亡くなっている。恐らく「フォンノイマン博士の世界」でも既に亡くなっているだろう。そして、超天才フォンノイマンは、歴史通りなら…癌が全身に転移し入院生活を送っているハズだ。


 オレが何食わぬ顔で、久しぶりにプリンストン高等研究所の事務室に顔を出すと、見覚えのある「のっぺらぼう」の職員から声をかけられた。

「ニコル、久しぶりだな。元気だったか?」

そうだ、この世界でのオレの名前は「ニコル」だった。

 それで、

「おかげ様で。」

と答えたものの、現時点のプリンストン高等研究所の中でのオレの立ち位置が、良く分からない。

 だが、フォンノイマンがどこにいるのかは、早く突き止めておきたい。そこで、

「フォンノイマン先生は、どこに居られるのだろう?」

と尋ねると、

「彼は今や軍の重要人物だから、研究所にも動向が伝わってこないんだ。」

とのことだった。

 フォンノイマンが軍の重要人物なのは、ずっと前からだが…?彼の反応を訝しみつつ、それならばと思って重ねて質問した。

「オッペンハイマー所長とは連絡できないでしょうか?」

オッペンハイマーは、歴史上はこの時期に存命のはずだし、プリンストン高等研究所を辞めたとも聞いたことがなかったから尋ねてみたのだが…。

 彼の反応は、何かに怯えて顔が蒼くなったように見えた。そして、周りを見渡しつつ、オレの耳に顔を近づけて小声で言った。

「オッペンハイマー所長は休職中だ。その…スパイ疑惑があってなあ。」

 ああ、そういえば歴史上の彼は、共産党員ではないかと疑惑をかけられたのだったか。だが、彼がスパイである証拠はなく原爆の父だったため、所長を罷免されることも無かった。それでも休職処分となりFBIの監視下にあったと、ネット上の情報にあった。


 他に、フォンノイマンと個人的に情報をやり取りしていそうな人はいないだろうか?それに、久しぶりのプリンストン高等研究所がどうなっているのかについても興味があった。そこで、働いているフリをしつつ、研究所内をぶらぶら歩いた。

 すると、アインシュタインの研究室の前にさしかかった。いや、表札はまだ「アルベルトアインシュタイン」だが、開かれたままのドアの内側には、椅子と机、それに本棚しか残されていなかった。多岐に渡って活躍したアインシュタインだ。彼の生前には蔵書はあふれる程あったのだのだろうが、今やその面影は無い。

 この世界でも、現実世界の歴史を反映して、この時点では既に鬼籍に入ってしまったのだろう。モーツァルトのレクイエムが好きだと公言していたアインシュタインのことだ。この世界でも、この素晴らしい音楽に送られて、旅立ったことだろう。

 この近くには、ヘルマンワイルの研究室もあったハズだが、見当たらない。歴史上の彼は1951年には、ここを退職してスイスへ移住したとされるが、1955年に亡くなったとされる。「今回」の「フォンノイマン博士の世界」ではほとんど関わらなかったヘルマンワイルだが、フォンノイマンが軍人になってしまった世界では親切に意見をしてくれた。


 この世界で親切にしてくれた人たちが、既に亡くなっていたことに、寂寥感をおぼえた。彼らはAIではあるが、二度と「全く同一」の彼らと話し合うことはできない。そう言う意味で、彼らは確かに「死んだ」のだ。


 そして、フォンノイマンも今、正に「死」に向かっている。


 少し暗い気分になって事務室に戻ると、例の「のっぺらぼう」の職員に手招きされた。彼も以前より老いているように見えた。彼だって「死に向かっている」のだ。それはきっと、現実世界のオレやムーコも同様だ。では、AMのオレはどうなんだろう?

 そんなことを考えていると、彼は小声で

「オッペンハイマー所長から、ニコル宛の手紙を預かっていたのを思い出した。」

と言って、一通の封筒を差し出した。

 突然だったので、

「えっ?」

と言って彼を振り返ると、

「所長には今やFBIの監視がついて、容易に我々職員と連絡がとれないんだ。だから、そうなる前にと、ニコル宛の手紙を預かっていたんだった。」

 フォンノイマンじゃなくて、オッペンハイマー所長からの手紙か。オレは内容に期待せずに、封を切った。しかし、そこに書かれていたのは、2言だった。

「フォンノイマンの部屋、最上段の左端の本。”reality become dreams .”。」

 意味不明な言葉と、どうもおかしげな英語。「現実は夢になる」っていう意味だろうか?英文として正しく無いので、日本語に翻訳されず、そのまま表示された。この世界を創ったAIには言語モデルが組み込まれており、AIが言語と認識すれば全て日本語に変換されるのだが。

 良く分からないが、意味がありそうなことから確認してみるとするか。オレはフォンノイマンの部屋へ向かった。


 フォンノイマンが軍の重要人物になったと聞いたので、てっきり軍の関係者が研究室の前に張り付いていると思っていたが、誰もいない。あたりはひっそりしていた。

 そこで、ドアを開けてみる。力を加えると、すこしずつ開いていく。鍵はかかっていないようだ。ドアが開くと、足音をたてないように静かに、さっと中へ入り込んだ。

 フォンノイマンの研究室の中には、もちろん誰もいない。誰にも気づかれずに、中に入れたらしい。そこで、急いで「最上段の左端の本」を手に取ってみる。

 すると、中から紙が数枚滑り落ちてきた。拾って紙面を見ると、ひたすらアルファベットが並んでいた。良く分からないけど、これが求める物だろう。そう思ったオレは、紙を畳んでポケットにねじ込むと、静かにフォンノイマンの研究室から出た。


 パッと見ただけでは、さっぱり紙面の内容がわからなかった。内容を判読するには、熟考して解読する必要がありそうだ。そのためには、どこかで腰を落ち着けるべきだ。それと、内容がこの時代では社会的に問題とされることだったりすると、人目につくところで解読するのはヤバいかもしれない。

 そう思って、事務室に戻り定時まで働いているフリをすると、この世界の自宅である職員宿舎に帰宅した。

 

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