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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第3章 メメントモリ
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3.21. 高坂和巳

 早速、そのヒントとなる解析結果が出てきた。


 先ずは、電動バイクの持ち主の検索結果だ。持ち主は、「高坂和巳(こうさかかずみ)」という男のようだ。微かにドローンのカメラに写し出された顔も、80%以上の確率で高坂和巳とされる写真と一致すると認識された。

 だが、「高坂和巳」と言う男が何者なのかは、さっぱり分からなかった。僅かな手がかりは、彼が金融機関のブラックリストに載っているらしいことだ。借金返済が滞っているのだろうか?そして、住所不定で無職という噂。彼の「元家族」を名乗る人のSNSに書かれていた。


 また、白いワンボックス車はレンタカーだった。所有者は「なんでもれんた」という会社だった。何でもレンタルするというのが売りだそうだが、正体不明の会社だ。だが、そんなことが分かっても、あの2人組の正体にはたどり着けそうに無い。


 さて、一番重要なドローンの所有者と操縦者の情報だが、読み取ったドローンのIDを検索してみると、これも「高坂和巳」とされていた。だが、少なくとも操縦していたのは、電動バイクに乗っていた者では無いハズだ。それは、ムーコの監視用ドローンで見た映像から明らかだった。


 さすがの「めい探偵・時宮准教授」も、この状況には手詰まりのようだ。

「手がかりが無さすぎる。何者かも知れない『高坂和巳』の名前しか出てこないのでは、推理のしようも無いよ。」

ついに愚痴った。そして両手を上げて言った。

「これは警察に任せるしかないね。」

 

 それと、「探偵ごっこ」よりももっと大事なことがある。それは、現実世界のオレとムーコがどうなっているのかだ。

 「高坂和巳」に何かされて2人とも倒れた訳だが、すぐに救急車が来て病院に運ばれたのだから、いずれは回復するだろう。救急車の移動情報から、2人のうちいずれかは首都西部広域救急センターへ、もう1人は三鷹大学病院へ運ばれたようだ。

 どちらも有名な大病院だから心配はいらないだろう、とその時は思っていた。だが、その後の2人の足取りは、すぐには掴めなかった。


 手詰まりの状況にため息をついたオレに、高木さんが助け舟を出してくれた。

「確か、現実世界の桜井君は、警察に知り合いがいたはずよね?」

そう言われて、サイバーポリスの白銀さんの姿が目に浮かんだ。高木さん同様のメガネキャラだが、隙の無いキャリアウーマン。彼女に情報を提供すれば、何か新しい事実が解るかもしれない

 しかし良く考えてみると、現実世界のオレがムーコのバッグに監視用のドローンを仕込んでいたことを、白銀さんに知られたら…。現実世界のオレは、白銀さんにもムーコにも、立場が無くなるかもしれない。

 現実世界のオレが復活してあれこれ調べ始めるのは、そんなに先のことでは無いだろう。だから、白銀さんではなく、現実世界のオレに情報を集めてあげれば良いのだ。そうすれば、AM世界の時宮准教授の「上位互換」である現実世界の時宮准教授の推理にも役立つだろう。

 そう思ったので、

「そっちは、いずれ現実世界のオレが復活したら、対応すると思いますよ。」

と言うと、高木さんに、

「あら、そうかしら?私も、現実世界の私に相談してみようかと思ったんだけど。」

と返された。

 ここで顔が見える人たちは、歴史上の人物以外は、皆オレが直接知っている人たちだから連絡先を知っている。AM世界の人たちは現実世界のオレと記憶の一部を共有しているから、それぞれ現実世界の本人の連絡先を知っているのだ。

 だから、その気になれば連絡できてしまうが、今はマズイ。AM世界のネットワークに制限をかけておこう…。ああ、ややこしい。


 そういえばAM世界のムーコはどうなったのだろうか?目の前で起きた現実世界の事件がショッキングだったせいで、肝心なことを忘れていた。

 だが、ある意味、予知していた事件が発生したのだ。AM世界のムーコに良い変化が起きていてもおかしくはない。もしかすると、もうすでに覚醒してオレを待っているかも知れない。どうせ隣の部屋にいるハズなんだし、時宮研究室を抜け出して様子を見に行った。

 昔ながらのシリンダー錠を解錠して、ドアノブを引いた。ギーッという鈍い音と共に、拡がっていくドアの隙間から光が差し込んでくる。今度こそ…。

 だが、…ムーコはベッドの上で横たわったままだった。何も変わっていない。まるで命を失っているように見える。これだけの事件が起こって、それをオレが目の当たりにしても変わらないのか。


 目から汗が出てきた。


 そうだ、AM世界の時宮准教授には、現実世界の本人の他に「上位互換」が居たことを思い出した。そう、フォンノイマン博士のAIだ。彼なら、この事件後の状況に対してどのように考えるだろうか?

 現実世界の事件を解明するのは、現実世界の連中に任せておけば良い。オレにとって重要なのは、事件の解明じゃなくてAM世界のムーコの復活なのだから。


 時宮研究室に戻ると2人…じゃなくて3人いた。ん、1人増えてる?木田が来ていたのだ。時計を見ると、すでに8時を過ぎていた。恐らくバイト帰りに高木さんを迎えに来たのだろう。

 木田は時宮准教授と高木さんから、先ほど起こった事件のことをすでに聞かされていた。いや、いつの間にか時宮准教授と高木さんが、ドローンで撮った映像を拡大したり縮小したり進めたり戻したりして、勝手に観ている。

 そして、木田も繰り返しそれを見せられていたので、オレ以上に事件のあらましを知っているようだ。なので、オレの顔を見ると、言った。

「なかなか大事件に巻き込まれたようだな?」

「そうらしいな。」

 だが、オレも木田も、それに時宮准教授と高木さんも、皆これ以上大ごとになるとは思っていなかった。救急車はすぐ来たし、ムーコの誘拐は阻止できたし。ベストな対応は出来たと思う。

 現実世界は、AM世界に生きる我々から見れば、一種の異世界だ。あれだけの大事件でも実感は無く、他の3人だけで無く、オレ自身もどこか他人事だ。

 だから、木田も加わった捜査会議だったが、やがて皆飽きると帰って行った。


 オレはこの時を待っていた。


 AM世界の時宮准教授の上位互換であるフォンノイマン博士のAIに、会いに行くのだ。「フォンノイマン博士の世界」をAM世界の等倍で時間が進むように設定変更する。その後、つなぎに着替えて「睡眠学習装置(仮)」のベッドに横たわり、自動的に「睡眠学習装置(仮)」のシェルが閉じられると「ゲート」が起動する。

 真っ暗でコンソールしか見えない世界を経由して、「フォンノイマン博士の世界」に行く。そしてもう一度、どうすればAM世界のムーコが復活するのか、あの超天才に尋ねてみたい。


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