3.20. 銃声
時宮准教授の言うことは分かるが、ムーコがこのまま誘拐されてしまうかもしれないと思うと、落ち着いていられない。
すると、そこへ救世主が現れた。パトカーだ。ご丁寧に、赤色灯と警報音を鳴らしながらの登場だ。これでは、犯人たちに「逃げてくれ!」と言っているようなものだ。…いや、考えようによっては、これでムーコの誘拐を諦めてくれれば良いのだ。とりあえずは。
パトカーに気づいた2人組は、路上に倒れたムーコとオレを残したまま、クルマに飛び乗った。そして、白いワンボックス車は急発進して、パトカーと反対方向へ逃げ去った。しかし、白いワンボックス車のナンバーは、しっかりムーコのドローンのカメラに写し出されていた。
パトカーが来た方向から、今度は救急車が走ってきた。これで、現実世界のオレとムーコは助かるのだろうか?だったら、オレは現実世界のムーコを危機から救い出せたことになるのだろうか?
白いワンボックス車の2人組が去って、救急車から救急隊の人たちが降りてきても、大型ドローンはまだ上空を飛んでいた。一体、何処にコントローラーがあって、誰が操縦しているのだろうか?オレのようにコントローラーをリモートで操作しているのでなければ、操縦者はドローンの近くにいるハズだ。
オレが大型ドローンに気を取られているうちに、現実世界のオレとムーコは救急車に乗せられて、何処かへ運ばれてしまった。ムーコの監視用ドローンのコントローラは、ムーコのバッグに仕込まれているのだろう。それは今、道路上に落ちている。
しかし、警察が辺りを捜索しており、警官に見つかれば証拠品として何処かへ移動されてしまうだろう。そうなると、ムーコのドローンのコントロールや大型ドローンへの干渉が、できなくなってしまう。そうなる前にムーコのドローンを何処か警察の目の届かない所に着陸させて、大型ドローンを警官に確保させるように着陸させなければ。
そこで先ずオレは、ムーコのドローンを近くのアパートの屋上に着陸させた。そこからはドローンが飛んでいなくても、事件が起こった現場が見渡せる。音声や映像の通信は、携帯端末用の通信回線網を利用できるからだ。
しかし、ドローンの制御に利用するためには許可が必要で、常に位置情報を公開していなければならない。かつて、携帯用の通信回線網をドローンの制御に使った犯罪が相次いだためだ。
だが今、現場近くに位置情報が公開されたドローンは存在しない。現実世界のオレが作ったドローンの制御プログラムには、公開されたドローンの位置情報を表示する機能が組み込まれているから、そんなドローンが存在すればすぐに分かる。
だから、この大型ドローンは、電波が届く範囲から制御されているハズなのだ。コントローラのチャンネルを切り替えながらスキャンしていく。すると、まもなく大型ドローンのコントロール用のチャンネルがヒットした。
でも、それだけでは大型ドローンのコントロールは奪えない。制御信号が暗号化されていたからだ。と言っても、復号化に時間をかけられないので、ドローンのコントロール用の暗号はそんなに種類は多くないしハッキングは難しくない。
目の前で警官がムーコのバッグに手をかけたその時、ついに暗号を突きとめて、コントロールを奪った。大型ドローンの設定をすぐに書き換えると、データをコピーして、1人の警官の前に着陸させた。
これで、後は警察と病院次第だ。と思っていたら、それでは終わらなかった。1人の警官が着陸した大型ドローンに気付き、手をかけようとしたその時、何処からか銃声が聞こえてきた。
ドッドッドッドッ
何が起こったのか、大型ドローンのカメラで様子を探ろうとしたが、全く応答しなくなっていた。大型ドローンが被弾して破壊されたのだろうか?ムーコのドローンからは、大型ドローンの状態はよく判らない。
だが、オレとムーコへの傷害事件と誘拐未遂事件に続き、警察の現場検証中に銃声が轟いたのだ。辺りはさらに騒然としてきた。ムーコのドローンから送られてくる音声と映像を見ていると、警官が応援を呼び、周囲一帯が封鎖されているように見える。
ふと我に返って後ろを振り返ると、高木さんが固まっていた。時宮准教授を見ると額に手を当てて…やはり固まっていた。オレはと言えば、実は意外に冷静だった気がする。気がするだけかもしれないが…。
そこで、2人に話を振ってみた。
「えっと、これってストーカーに襲われたっていう事件ではないですよね?」
高木さんは、リアルタイムで聞いた銃声にショックを受けたらしい。何とかオレの質問に回答してくれたが、
「そ、そうよね。何か変な音も聞こえてきたし。そう、銃声よね。」
と、反応がどこかおかしい。
時宮准教授は、流石に早くも意識を切り替えてきた。
「この騒ぎは、恐らく基本的には誘拐事件だろう。平山さんが対象者だと思うけど、もしかしたら桜井君も対象者だったのかも知れない。」
これに対してオレは、
「オレも誘拐の対象だったんですか?」
と、気の抜けた応答をしてしまった。
時宮准教授が言っているのは現実世界のオレのことであって、このAM世界のオレのことじゃないだろう。オレたちはどちらも「オレ」だが、別な人格だ。だから、当事者でない「オレ」は冷静でいられるのかもしれない。いや、当時は実は冷静ではなかったのかもしれないが…。
時宮准教授は考察を続け、頭をかきながら言った。
「そうかも知れないし、そうでないかも知れない。」
「どういうことですか?」
「2人とも考えてほしい。この事件の犯人は何人いると思う?」
この問いに対して、少し落ち着いたように見える高木さんが答えた。
「5人ではないでしょうか?『八神さん』と呼ばれた男性と彼に『リア子』と呼ばれた女性。それに、電動バイクに乗っていた人と、白いワンボックス車に乗っていた男性の2人組です。」
「それじゃあ、誰が大型ドローンを操作して、誰が銃撃したと思う?」
「それは、『八神さん』と『リア子』のどちらかが大型ドローンを操作して、どちらかが銃撃したのではないでしょうか?」
高木さんはそう言ったけれど、「リア子」こと平山現咲はおっとりしていて、銃撃どころか大型ドローンの操縦だってできるとは思えない。八神圭吾だって、ドローンの操縦はともかくあんなプロの狙撃手のような技術があれば、レゾナンスや頭脳工房創界で噂になっていそうなものだ。
それにしても、あの2人は何故一緒にいたのだろうか?意外な取り合わせなので、夢で見た時も驚いていたのだが。
そんな話はとりあえず脇に置いて、今は時宮准教授の推理に付き合おう。そう思って、オレの考えを言った。
「オレは、『八神さん』と『リア子』の2人は誘拐犯のグループには入ってないと思います。」
「なんで?」
「『リア子』は平山美夢の姉です。最近、2人の仲はあまり良くないのかも知れませんが、誘拐したいのならこんな大騒ぎをしなくてもできるはずです。」
「なるほど。それでは『八神さん』は?」
「彼は『レゾナンス』のエースで、以前、バイト先の頭脳工房創界に共同開発で来てました。彼をムーコのストーカーだと疑ってましたが、姉の『リア子』と一緒にいてムーコを誘拐するとは思えません。」
「桜井君を誘拐するのが目的ってことはないの?」
「その動機が思いつきません。彼は優秀だし、オレのことは眼中に無いでしょう。現実世界のオレを誘拐しようとしていたとは、考えられないと思いますが…。」
「そうか。だったら、高木さんの推理はハズレだね。」
自分の推理がハズレだと言われて、高木さんはちょっとムッとしたようだ。少し口を尖らせて、時宮准教授に逆質問をしてきた。
「それなら、時宮先生の推理はどうなんですか?」
時宮准教授はニヤッと笑うと、彼の推理を披露し始めた。
「難しそうな問題から解決しよう。多分、銃撃犯は一部始終を見ているだけで銃撃するつもりは無かったのだろう。だから、きっと最初から近くのマンションの屋上にでもいたはずだ。」
「それなら、その銃撃犯はドローンの操縦もできたかも知れませんね?ドローンも、そこから飛ばしたのかも…。」
と高木さん。それに対して、時宮准教授はうなずいた。
高木さんは、さらにその考えを先へ進めて言った。
「その他の犯人は、さっき言った通り、電動バイクに乗ってた人1人と、白いワンボックス車に乗ってた2人ですね?」
「そう。そこで重要なのは、その実行部隊の指揮者が誰か?ということだね。」
「えっと、それなら事件現場の全てを見渡せる銃撃犯ではないでしょうか?」
「そう。そして、それは多分ドローンの操縦者でもある。」
時宮准教授はそこまで言うと、オレの方を見た。
「だから、ドローンの情報がわかればこの事件の主犯が誰かわかるかも知れないよ。」
そうだ。それは現実世界のオレとムーコに危害を加えた奴。さらに、このAM世界のムーコの意識が戻らない原因を作った奴でもある。それが八神圭吾でなければ、一体誰なんだろう?それに、何故こんなことをしたのだろうか?




