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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第3章 メメントモリ
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3.19. ドローンが映し出した事件

 PCの起動中も、時間も惜しんで、携帯端末で情報を確認した。異常を検知したのは、ムーコのドローンだ。ドローンは既に飛び立ち、音声と画像を送ってきている。

 携帯端末では、音は聞き取れるが、画像は画面が小さく何が映っているのか良くわからない。

「…今は早くクルマに乗って!リア子も!」

緊迫した男の声…八神圭伍だ。

 間もなく、別な男の声が鳴り響いた。

「八神さん、あなたはムーコのストーカーじゃないんですか?オレたちを何処へ連れて行くつもりですか?」

 これは、きっと…

「現実世界の桜井君の声ですね。」

高木さんが上擦った声で言った。

「一体、何が起きているのか、わかるか?」

時宮准教授もいつになく真剣に聞いて来た。

 画像を見なくても、オレには状況がわかった。これは、つい数時間前に夢で見た状況そのものだ。あれは予知夢だったのか…。


 ようやくPCが起動して、ドローンの制御アプリケーションでディスプレイに画像を映し出した。画像は全体的に暗いが、ディスプレイが大きいので、何が起きているのか見渡せる。

 ディスプレイの中で、突然ムーコが走り出した。だが、彼女の姉や現実世界のオレのいる黒いクルマの方にではなく、その反対の方向に向かってだ。


 そういえば、ドローンのマイクで聞いた現実世界のムーコと姉との会話では、姉妹仲があまり良くないように思えた。もしかすると、ムーコは姉の平山現咲とストーカーの八神圭伍がグルだと思って、逃げ出したのだろうか?

 だが、少し違和感を覚えた。今、客観的にこの状況を見ると、八神圭伍は何かに気づいて叫んでいたようにも見えるが…。


 現実世界のオレは、ムーコを追って走り出した。かつて陸上部にいたオレは、足は速い方だと思っている。だが、この時はなかなかムーコに追いつくことができなかった。

 ムーコとオレが走り去る後ろから、八神圭伍と平山現咲の声が現実世界のオレとムーコを追いかける。

「2人とも、そっちは危ない。戻ってくるんだ!」

「ムーコ、こっちに来なさい。」

 今のムーコは気が動転しているのか、姉の呼びかけにも全く反応せず、駅から遠ざかり大学へ戻る方向へ走り続ける。駅前から遠ざかるにつれて、夜道が暗くなっていく。


 現実世界のオレは、300m位走ってようやくムーコに追いついて捕まえたようだ。ドローンも2人の直上に到着した。マイクを2人に向けて音をとる。

「ハァ。ハァ…」

「フーッ、フーッ…」

ムーコとオレの呼吸が乱れている。

 だが、他に変な音が聞こえる。

「ブーン」

この音は何だろう?何か虫の羽音のようにも聞こえるが…このドローンの動作音か?いや、違う。このドローンの動作音よりも、もっと低い周波数の音だ。ってことは、もっと大きな別のドローンがいるのか?

 カメラの解像度を落として、視界を全方位に変更する。すると…

「見つけた!」

 ムーコにつけたドローンは小さいから装備していないが、一定以上の大きさのドローンには標識灯の装備が義務付けられている。その標識灯が揺れて見えた。そう、すぐ近くに大型のドローンが飛んでいるのだ。


 しかし、何のために?大型ドローンの下には何がある?その下にあるのは…現実世界のオレとムーコだ。八神圭伍は大型ドローンまで準備して、ムーコを追跡していたのだろうか。

 いや、それはおかしい。ワンボックス車に乗って単独でストーカーをするなら、大型ドローンは不要だし扱いにくい。大型ドローンを使うなら、協力者がいるかトラックを使って発着しやすくするだろう。

 平山現咲が協力者だとしても、彼女も一緒にワンボックス車に乗っていた。それでは、大型ドローンの操作やサポートは難しいだろう。

 ふと、八神圭伍の言葉が頭の中でリフレインした。

「2人とも、そっちは危ない。戻ってくるんだ!」

 もしかすると、八神圭伍と平山現咲はムーコにストーキングしたり害を加えようとしているのではなく、大型ドローンでムーコを追跡している何者かからムーコを守ろうとしているのではないか?すると、黒いワンボックス車から離れて人気のない暗い夜道で息を切らしているこの状況は、とても危ないのかも知れない。

 オレは、急いで現実世界のオレに電話した。

「お前たちは大型ドローンに追跡されているぞ!誰が大型ドローンを操縦しているのかわからない。だから、八神圭伍のワンボックス車の方へ戻れ。」

と告げようとしたのだ。


 だが、携帯端末を操作している間に、さらに状況が変わった。現実世界のオレとムーコの方へ、暗闇を猛スピードで何かが近づいて来る。近づいてくる何かがズームアップされ、カメラの感度が自動的に上昇する。

 すると…見えた。近づいて来たのは、ライトを消した電動バイクだ。ライトを消していても、ナンバープレートは読み取れた。念のため、すぐに持ち主の検索を開始した。それに、電動バイクに乗っている者が誰かはわからないが、フルフェイスのヘルメットではないので、解析すれば何者なのか絞り込めるかもしれない。

 暗闇を疾走する電動バイクを発見して、ほんの数秒後のことだった。ようやく携帯端末から呼び出し音が聞こえたその時、電動バイクが現実世界のオレとムーコの近くを通り過ぎた。

 その直後、最初にムーコが、やがて現実世界のオレが倒れて、道路上に横たわったまま動かなくなった。…間に合わなかった。


 オレ、すなわちAM世界のオレは、目の前で起きたおそろしい出来事に圧倒されて、凍りついた。

 だが、後ろから声が飛んできた。時宮准教授だ。

「早く、警察と救急を呼ぶんだ!一刻を争うぞ!」

その言葉に目が覚めたオレは、まだ呼び出し音を鳴らしていた携帯端末を操作して、110番に事件の内容と位置を通報した。


 110番通報を終えると、今度は高木さんが頭を傾げて言った。

「何か変だわ。」

「何かって、何でしょう?」

「だって、まだドローンの音が聞こえるでしょう?」

 オレも冷静になって耳を澄ますと、確かに大型ドローンの音がまだ聞こえていた。そこでうなずくと、高木さんは話を続けた。

「あのドローンが、襲撃犯と関係があるなら、何故その場所から離脱しないのだと思う?」

 高木さんの問いに答えたのは、時宮准教授だった。

「可能性は二つ。一つ目は、襲撃犯が襲撃後の状況を把握する必要がある場合だろう。例えば、現実世界の桜井君と平山さんが薬物を打ち込まれて倒れたのだとすると、効き目がどうなったのか確認したいのかもしれない。もう一つは、まだ犯行が終わっていない可能性だ。」

「だって、現実世界のオレもムーコも、倒れているのは見ればわかるじゃないですか?」

「いや、現実世界の君達を倒すのが目的じゃなければ…。いや、話している間に、本命が来たかもしれない。」

 ディスプレイに、今度は白いワンボックス車が映し出された。ワンボックス車は、倒れているオレとムーコの近くで停車すると、中から2人の男が出てきてムーコに近づいた。

 オレが思わず、

「何をしようとしているんだろう?」

と言うと、時宮准教授が答えた。

「多分、平山さんを誘拐しようとしているのだろう。」

 時宮准教授の言葉を、全く予想していなかったオレは思わず聞き返した。

「誘拐?」

「そうだ。」


 時宮准教授は、言葉を継いで言った。

「それと、桜井君はあの大型ドローンの制御を奪えないだろうか?」

「おそらく、ムーコの所持品の何かに現実世界のオレがドローンのコントローラを仕込んでいます。今、そこにアクセスしてムーコを監視するドローンから信号を受け取り、コントロールしています。大型ドローンを制御する電波の周波数帯が同じなら、コントローラーのチャンネルを切り替えて制御できるかもしれません。」

「今、君にできることはそれだけだ。やってみるべきだろう。」

「わかりました。」


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