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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第3章 メメントモリ
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3.18. 危機到来?

 夕食をおごってくれるといっても、学食だ。ちょっとしょぼい気もするが、まあいいか。

 めいめい勝手に料理を選ぶと、支払いは時宮准教授にまかせた。本当は、オレにとっては明日になれば支払ったお金が財布の中に戻るのだけど。オレのAM世界のことだから…。


 着席すると、早速、時宮准教授からの質問が飛んできた。

「君が創ったフォンノイマン博士のAIに会えた?それに、どんな方だった?」

 オレは素直に「フォンノイマン博士の世界」で体験したことを話した。

「彼は、プリンストン高等研究所のオッペンハイマー所長から逃げ回って、ビールを飲みながら量子力学の問題を解いてましたよ。それに、予算の倍額を使っても平然として、さらに新しい予算を獲得しようとしてましたし…。」

 話しながらも笑みがこぼれた。桁違いの天才のせいか、あまり「天才」とは感じられなかった。むしろ、「とんでもない人」とか「面白い人」という印象の方が強かった。

 それを聞いた時宮准教授も、オレと同じような感想を持ったらしい。

「それは面白そうな人だなあ。」

 そして話を続けた。

「でも、そのフォンノイマン博士のAIは、歴史上のフォンノイマン博士と同じ人生を歩むようにして人格形成したって聞いたよ。ってことは、本物と同じように、昔の知識しか持っていないのかな?」

「そうではありませんが、なんでそんなことを仰るんですか?」

「いや、だって、フォンノイマン博士のAIがいくら賢くても、量子コンピュータも人工知能も知らなければ、平山さんの意識を回復させる方法なんて思いつかないと思ったんだがね?」

 それは、「フォンノイマン博士の世界」を創った時に、オレも考えたことだ。だから、その辺りの情報は、「フォンノイマン博士の世界」の情報とは別に、AIに入力したのだ。

 そこで、時宮准教授に言った。

「もちろんそうです。だから、AIに直接新しい科学情報をインプットしたハズなんですが…。彼が、何をどう理解しているのか、よくわかりませんでした。『ゲーム機』を遊具とは理解していたみたいですが、コンピュータ技術を応用したものだと理解しているようには見えなかったし…。多分、彼が産み出すコンピュータが将来の社会でどう応用されるかについては、本物のフォンノイマン博士と同程度しか理解してないようでした。」

「同程度って?」

「例えば、現在ではコンピュータは情報処理装置になったり、気象情報を予測したり、いろんなことに応用されていますよね。そういうことについて、彼から見た未来…すなわち現在の状況を知っているようには見えませんでした。」

 そう、歴史上のフォンノイマン博士が生きていた世界から見て未来の情報も入力したのに、数学や物理学の理論以外については「知っていた」ようには見えなかった。コンピュータの計算が天気予報に使われることも、彼は「夢」で見たと言っていた。

 「フォンノイマン博士の世界」にログインしていた時には、フォンノイマンが見た「予知夢」は全て彼の人生を歴史通りに進めるための矯正力だと思っていた。だが、改めて振り返ると、それだけでは無かったことに気がついた。

 そんな風に考えをまとめて、時宮准教授に説明した。

「多分、フォンノイマンのAIは、入力された『未来』のビジョンを理解していたのでは無さそうです。何故か、『彼が見た夢』と言う限られた情報に落とし込まれて、そこからAI自身が創造したようです。どういう訳か、数学や物理学については、最新の理論をそのまま理解していたようですが。」

 すると、時宮准教授は不思議そうに首を傾げてつぶやいた。

「『AI』のフォンノイマン博士が『予知夢』を見るとかって、不思議な取り合わせだな。」

 そう言われて、フォンノイマン博士のAIが「予知夢」を見る可能性を、真剣に議論していたことを思い出した。ビール片手に…ではあったが。

 そこで、時宮准教授に説明した。

「いや、そうでもないみたいですよ。『予知夢』は科学的に実現しうるものだと証明できたと言って、大騒ぎしていましたから。それで、ムーコの意識が戻らないのも、一種の予知夢なのではないかと言ってました。」

「私の目の前にいる桜井君はAMだし…。ってことはつまり、現実世界の未来をAM世界で再現したって言いたいのかな?」

「フォンノイマン博士のAIは、そう言ってました。」

「とすると、そのうち現実世界の平山さんに何か問題が起こるって、フォンノイマン博士のAIは言いたいのだろうか?」

 さすが、時宮准教授だ。核心を突いてきた。その結論は、オレにはイマイチ受け入れ難いのだが…。

「そういうことになります。」

「それで、現実世界の平山さんは無事なのか?」

「つい先ほどのことですが、授業中に居眠りしていたようです。」

「それは平和なことだな。でも、それなら一応、注意はしておくことだね。」


 夕食を終えて外に出ると、まだ空は微かに紫色に光っていた。少し遅い時間になってしまったが、時宮准教授と一緒に研究室へ行くと、高木さんがいた。少し前まで、木田と小鳥遊もいたそうだが、もう帰ったらしい。

 早速、高木さんがコーヒーとお菓子を出してくれた。このAM世界では、高木さんのお菓子も尽きることが無さそうだ。いや、現実世界でも高木さんのお菓子が尽きたのを見たことが無いのだが。

 コーヒーを頂きながら、高木さんに現実世界のムーコの所業を愚痴った。

「現実世界のムーコは、鳥羽先生の講義で爆睡していたようです。あれでは、必修の単位を落として留年するかも。」

少し盛って言うと、時宮准教授がニヤニヤ笑って、オレの方を見た。

 すると、高木さんから予想外のツッコミが来た。

「桜井君こそ、随分と講義をサボっているみたいですね。木田君から聞いてますよ。このままでは、留年ですね。どうするんですか?」

 痛い。高木さんにそのように認定されてしまうと、本当に留年してしまうかも知れない。AM世界特有の「オレに都合の良い状況変更」が、この件では起こらないかも知れない。

 少し蒼くなっていると、時宮准教授が、

「AM世界の平山さんも欠席が続いているし、2人で仲良く留年すれば?」

と、のたまった。


 まあ、それもありかな? と、少し諦観し始めたその時、気持ちの悪いアラーム音が大音量で鳴った。オレの携帯端末からだ。

 この音が鳴るのは、現実世界のムーコか里奈のドローンが異常を検知した時だけだ。時宮准教授と高木さんに断ると、オレは慌てて研究室のPCを起動した。


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