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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第3章 メメントモリ
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3.16. 寝言でシャウト

 宿舎に帰ると、早速フォンノイマンとアインシュタインの忠告に従って、すぐにAM世界に戻ることにした。ベッドの上で横になると、システムを呼び出して、「フォンノイマン博士の世界」からログアウトした。更に、真っ暗でコンソールしか見えない世界からもすぐにログアウトして、AM世界に戻った。


 「睡眠学習装置(仮)」のシェルが開くと、研究室の窓から日差しが射して来た。時計は八時前を指している。って、「フォンノイマン博士の世界」にログインした時刻からほとんど時間が経っていない。それはそうか。「フォンノイマン博士の世界」には、時間の経過を一万倍にしたままログインしていたのだから。

 とりあえず携帯端末を確認したが、特に現実世界のオレやムーコからの連絡は無い。今の所、特に問題は起こっていないのだろう。着替えてから仮眠室へ行ったが、ベットに横たわったAM世界のムーコは、微動だにしない。

 フォンノイマンから、

「現実世界の君の彼女に何か問題が起こるか、それが回避出来れば、君の問題は解決する。つまり、人工意識体である君が創った世界で、君の彼女の意識は戻るだろう。」

と言われた言葉が、頭の中で蘇った。

 この世界のムーコに変化が無いのは、逆に言えば、現実世界のムーコが無事ということなのではないか。だから今は、意識が戻らない目の前のムーコを見て、どこかホッとしているオレがいる。

 いやいや、この世界のムーコの意識が戻ってくれないのも困る。そもそも、この仮眠室はもともと高木さん専用だったハズだし。

 そんなことを考えながら、ムーコの頭を撫でた。彼女の額は暖かい。ついでに、頬に触れるとぷにぷにして柔らかい。この世界のムーコは大丈夫だ。オレは確信した。

 だが、現実世界のムーコに降りかかるかもしれない危機を、何とか回避しなければならない。現実世界のオレと、落ち着いて意見交換をするため、一度自宅に帰ることにした。

 

 自宅に戻ると、何となくシャワーを浴びて、コーヒーを淹れる。コーヒーを啜りながらPCを起動し、現実世界のオレ宛のメールを作成する。文面は…アレコレ考えたが、まとまらない。結局、フォンノイマンの世界で経験したことと、アインシュタインとフォンノイマンのAIから告げられた忠告を、そのまま伝えた。

 結構深刻な内容だから、すぐに返信してくると思ったが、一向に来ない。だが、今は午前10時前。まだ、現実世界のオレは講義中だろう。彼はAM世界のオレと違って、授業にバイトに忙しい日々を送っているハズだ。

 AM世界のオレには、本来空腹も疲労も無いハズだ。だが、しばらく続いた意識の戻らないムーコへの不安と、慣れない「フォンノイマン博士の世界」での生活での気疲れのせいか、心で疲労を感じていたらしい。それでベッドに横たわると、そのまま寝落ちしてしまった。


 オレは夢を見ていた。


 夢の中で、オレは夜道をムーコと2人で歩いていた。そこは大学から駅へと向かう、現実世界でムーコとよく歩いた道だ。歩きながらとりとめのない話をすると、ムーコは屈託なく笑った。オレも楽しかった記憶はある。だが、夢が覚めた後、どんな話をしていたのか全く思い出せなかった。

 やがて、夢の中で歩くオレたちは、駅前商店街の一つ手前の交差点にさしかかった。すると、そいつはオレたちを待ち構えていた。あの黒いワンボックス車だ。ムーコのストーカー、八神圭伍が乗っているに違いない。ムーコが震える手で、オレの腕を強く掴んだ。


 今日こそ、決着をつけてやる。


 そう思ったオレは、ムーコを残してワンボックス車に向かって歩いた。オレも正直に言えば、八神圭伍と対峙するのは怖い。心臓の鼓動が聞こえてきた。

 だが、あと数歩でワンボックス車のドアに手をかけられる所まで近づくと、運転席側のドアが開いた音がして、男が降りてきた。予想通り…レゾナンスの八神圭伍だった。

「八神さん…。」

オレは、そのあと何て言ったら良いのか分からず、言葉に詰まった。

 すると、オレが言葉を続けられないうちに、ワンボックス車のスライドドアが開いた。他にも誰か乗っていたのか。それでも、ムーコを守らなければ。オレは夢だとわかっていながら、アドレナリンが分泌されるのを感じた。

 しかし、ドアから出てきたのは女性。それも、どこかで見たことのある女性だ。これは…?オレが記憶を辿っていると、後ろからムーコが叫んだ。

「リア子…お姉ちゃんなの?」

ようやく、記憶の中の女性と目の前の女性の姿が重なった。そうだ、これは現実世界の「ビーンストーク@ベイ」で会った、平山現咲だ。

 だが、ムーコとリア子は必ずしも仲が良いわけでは無い。もしかすると、リア子と八神圭伍はグルで、何らかの理由でムーコを攫おうとした…のか?

 だが次の瞬間に、八神圭伍は、意外な言葉を真剣な声で叫んだ。

「桜井君と美夢さん、不審に思うのもわかるけど、今は早くクルマに乗って!リア子も!」

 そこで、こちらに駆け寄りつつあったムーコの方を見ると、小さい虫のようなドローンが飛び立つのが微かに見えた。八神圭伍の声に反応して、ドローンが自動的に警戒体制をとり始めたのだろうか?

 それにしても、八神圭伍と平山現咲の行動は、八神圭伍に言われるまでも無く不審だ。オレは立ち止まって、叫んだ。

「八神さん、あなたはムーコのストーカーではないのか?オレたちを何処へ連れて行くつもりですか?」


 だが、叫んだ瞬間に目が覚めた。寝言でシャウトして、自身が発した声で起きてしまったらしい。まだ外は明るい。携帯端末を見ると、まだ午後3時だ。良かった…まだ寝ていられる。

 良かった…だと? 何故かその瞬間に、「フォンノイマン博士の世界」が現実世界やAM世界の1万倍の時間で進んでいることを思い出した。慌ててスリープしていたPCを叩き起こして、「フォンノイマンの世界」の時間設定を、この世界と同じ速さに変更した。

 だが、オレが「フォンノイマン博士の世界」からログアウトしてから既に7時間以上が経過している。「フォンノイマン博士の世界」ではその10,000倍、すなわち約8年が経過したことになる。フォンノイマンとアインシュタインは、まだ元気だろうか?気にはなるけど、今は再ログインする余裕はない。


 それよりも、現実世界のオレからどんな返信が来るのか?それが問題だった。そこで、メーラーを開くと、すでに返事は来ていた。だが内容は、

「わかった。」

…それだけ。

 現実世界のオレには危機感が無いのか?いや、そうでは無いだろう。先日も、ムーコのストーカーについて気にして、オレに監視用のドローンの運転サポートを任せてきたのは、現実世界のオレだったのではないか?


 現実世界のムーコに何か問題が起きるとすれば、ストーカーに襲われるのだろうか?先程見た夢を思い出した。黒いワンボックス車。それに乗る八神圭伍。それは夢の中だけの話では無い。オレは、現実世界にいた時に、確かにムーコのストーカーを見たのだ。

 夢には、何故かムーコの姉の平山現咲も登場した。それも、八神圭伍の乗るワンボックス車から降りてきたのだ。

 これは予知夢?それとも、オレの記憶のつぎはぎなのか?あるいは願望…オレは大人びた平山現咲の姿を見たかったのだろうか?オレのAM世界には、平山現咲が現れたことは無かったのだが…。


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