表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第3章 メメントモリ
61/186

3.14. 人工意識体は現実世界の予知夢を見る

 目の前の酒の入った赤ら顔の男「フォンノイマン」は、本当にオレが彼に尋ねたいことを理解出来ているのだろうか?オレのAMに存在するムーコの意識の有無が、数学の問題になるとは思えないのだが…。

 オレがうろたえてアインシュタインの方をチラッと見た。すると、彼は笑顔でフォンノイマンへ問いかけるよう、無言で促しているように感じた。


 そこでオレは意を決して、フォンノイマンに問いかけた。

「人工意識体であるオレが作り出した世界の中で、オレの同居人であるムーコの意識を回復させる方法はあるのでしょうか?」

フォンノイマンは深刻そうな表情で答えた。

「君の世界で意識を失っている女の子は、放っておいてもやがて意識を取り戻すだろう。何の問題も無い…。」

 その結論は、現実世界の時宮准教授の回答と、ほとんど同じだ。時宮准教授はいつも軽そうに見えるから、彼が真剣に考えて導き出した回答だとは思っていなかった。まさか、ようやくたどり着いたフォンノイマンのAIから、同じ回答を聞くことになるとは。

 だが、オレはフォンノイマンの表情と回答に著しいアンバランスを感じて不安になった。フォンノイマンもその先を告げるのを躊躇しているような気がするが…。

 そこで、オレの方から切り出した。

「お話は、それで終わりでは無いのでしょうか?」

すると、フォンノイマンは頷いて、話を続けた。

「アインシュタイン博士や、ここにはいないクルトゲーデル博士とも議論してみた。まず君の存在についてだが、計算素子の量子状態を、オリジナルの君の脳や身体をコピーするように構成した、人工意識体だとか?」

オレは頷いた。

 すると、アインシュタイン博士が言った。

「昨日、君と話した時には自信が持てなかったのだが、計算機システムの理論に詳しいフォンノイマン博士とクルトゲーデル博士と話し合って確信した。少なくとも君が人工意識体になった時点では、オリジナルの君自身と人工意識体である君の意識は概ね『エンタングルメントされた状態』だったのだろう。」

 すると、フォンノイマンが話を引き継いだ。

「問題は、エンタングルメントが継続するかどうかだった。それが宿題として残っていたのだが、対称性の伝播を仮定すれば、エンタングルメントが連鎖して継続しうると結論したのだ。」

 オレには2人が何を言いたいのかさっぱり分からない。そこで、

「もう少し、分かりやすく説明いただけないでしょうか?」

と言うと、2人の天才は顔を見合わせた。

 アインシュタインの目配せで、フォンノイマンが説明を続けた。

「2つの量子状態がエンタングルメントしていれば、一方の状態が分かれば他方も分かる。これはご存じかな?」

オレはエンタングルメントの話は、聞いたことがある位で「分かる」とは言えないレベルだが、一応頷いた。

「仮に、今の君の意識を決定する量子状態と、未来の意識を決定する量子状態がエンタングルメントしていれば、どうなると思う?」

「未来の自分自身に起こることが分かる…のでしょうか?」

「まあ、可能性の話だ。恐らくその信号レベルは小さいから、覚醒していれば気がつくまい。しかし、眠っていれば、もしかするとその影響を受けるかも知れん。」

 そうか。予知夢というやつか。オレは体験したことは無いが、古くは神話の世界に良く出てくるし、今でも小説のネタとして良く使われる。

 フォンノイマンは続ける。

「君の意識を形成する量子計算機と未来の君自身の一部がエンタングルメントされていれば、人工意識体の君は現実世界の君の予知夢を見るかもしれない。すなわち、君の人工意識体が作り出す『夢の世界』は、現実世界の君が将来体験する出来事の影響を受けていると考えられるのだ。」


 オレはフォンノイマンの言葉を何度も咀嚼したが、まだ良く分からない。困ってしまって、優しそうなアインシュタインの顔を見てしまった。アインシュタインは厳しい顔で、オレの無言の問いに応えた。

「君の『同居人』さんは、近い未来に現実世界の君の目の前で、意識を失う可能性がある。そう言うことだと思いますよ。」

 現実世界のオレの目の前で、ムーコの意識が戻らない?今のムーコのような状況が現実世界で起こる…。何かの事故で昏睡状態になるのだろうか?アインシュタインの直裁な言葉はオレにも理解できたが、実感が持てない…。いや、そんな実感は持ちたくない。

 そこで、2人に尋ねた。

「これが予知夢のようなものだとして、人工意識体の世界で経験した、現実世界の未来は変えられないんでしょうか?」

 すると、フォンノイマンが答えた。

「人工意識体である君の意識が存在する量子計算機の素子と、現実世界の君の身体の量子状態が、完全にエンタングルメントしていれば、人工意識体が作り出した『夢の世界』は現実世界の君の未来を完全に反映したものとなろう。だが、それはあり得ない。対称性の伝播で伝わっている情報もあるだろうし、そこには歪みも存在する。それに、君の記憶や意識が、不足している情報については適当に辻褄を合わせているはずだ。」

「だったら、私の人工意識体が作った『夢の世界』は、現実世界の私の完全な予知夢にはならないと考えて良いのでしょうか?」

「そうだな。そもそも、君の恋人が大学の仮眠室でゲーム機のヘッドセットをつけたまま意識が戻らなくなるなんて、現実の世界ではあり得ないだろう?」

「それもそうですね。」

 オレは少しホッとした。が、この世界のフォンノイマンは「ゲーム機」も理解しているのだろうか?目的は「計算機」とは全く変わってしまったが、「ゲーム機」も彼が開発しているコンピュータの子孫なのだが。

 アインシュタインが、フォンノイマンの話を補足した。

「それに、フォンノイマン博士の仮定では、エンタングルメントがIUT理論から予想されている対称性の伝搬により連鎖するとしています。これは、まだ観測で証明された理論では無いですよね。」

 すると、

「それはそうだ。だけど、『予知夢』が現実に起こることを前提にするなら、そう考えるしかないでしょう?」

とフォンノイマンが答える。

「『予知夢』ですか。確かにこの戦争で『予知夢』を見て助かったという話はよく聞きましたね。」

とアインシュタインも同意した。


 結局、「予知夢」というのは、未来を確定するものでは無いのだろうか?この「謎」に対しては、この2人の大天才ですら、まだはっきりとした答えを導き出せるわけでは無さそうだ。だが、オレは「神々の記憶」で璃凪姫に平手打ちされた『予知夢』を見て、平手打ちを回避したことを思い出した。恐らく、フォンノイマンが出した結論は正しいのだろうと思った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ