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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第3章 メメントモリ
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3.11. アルベルトアインシュタイン

 「のっぺらぼう」の事務員によると、フォンノイマンが出張から戻ってくるのは明日らしい。この世界の時間の進み方をAM世界や現実世界の1万倍にしているので、1日位この世界でぼーっと過ごしても、AM世界の3秒に満たない。少し位のんびり過ごしても構わないだろう。

 プリンストン高等研究所を出て、プリンストンの街を歩く。ここはニューヨークとフィラデルフィアのほぼ中間にある、人口3万人弱の落ち着いた街だ。だが、ただの小都市ではない。名門プリンストン大学を始めとした教育機関や研究機関が、学術都市を形成しているのだ。

 プリンストン高等研究所は、その雄たる研究機関だ。だから、その辺りにあったセンスの良いカフェに入ると、多くの「のっぺらぼう」の人々に混ざって、本で見たことのある風貌の人達が幾人かみえる。


 その中でも、一際目立つ口髭の男がいた。そうだ、彼はアルベルトアインシュタインに違いない。今はフォンノイマンと同じプリンストン高等研究所で働いているはずだ。

 戦争が終わりアメリカは空前の好景気の今、カフェはほぼ満席だ。これはある意味チャンスだ。オレはすかさずアインシュタインに声をかけた。

「同席しても宜しいでしょうか?」

「どうぞ。」

 アインシュタインは新聞を読みながら、難しそうな顔をしていた。彼は天才なのに、舌を出したひょうきんな表情が有名だ。でも、今のアインシュタインは明らかに憂鬱そうだ。

「どうかしましたか?」

「いや…。」

アインシュタインは返答に躊躇した。

 それはそうだろう。いきなり相席された見知らぬ人に、そんなことを聞かれて答える人はいない。しかし、この世界を創ったのはオレだし、主要なキャラクターであるアインシュタインのAIにはその情報は入力されているはずだ。

 アインシュタインがオレの顔を見ると、少し落ち着いて応えた。

「貴方でしたか。この世界を創った方よ。」

新聞を覗き込むと、「ソビエト連邦が原子爆弾を開発している疑惑がある」というタイトルだ。

 そう、アインシュタインがルーズベルトに出した書簡をきっかけにして、マンハッタン計画が動き出した。このマンハッタン計画で開発された原子爆弾が広島と長崎に落とされて、アインシュタインは原子爆弾の恐ろしさに恐怖し、核廃絶に考えを改めたのだった。

 ところが、その矢先のバッドニュースである。しかも、マンハッタン計画にソビエト連邦のスパイが紛れていて、その情報で原爆開発が早まったなんていう噂まであるようだ。だから、頭を抱えたアインシュタインはこう答えた。

「この世界は壊れてしまうのかもしれない。結局、私の理論が世界の破滅を後押ししてしまうのでしょうか?」


 アインシュタインの考えは基本的には正しい。現実世界では、歴史上有名な事件だけでも、朝鮮戦争にキューバ危機などなど。何度も核戦争が起こる機会はあり、その都度世界が滅んでいても不思議では無かった。だが、現実世界は幸運なことに、まだ滅んではいない。

 そこで、オレはこう答えた。

「確かに、核爆弾により世界はいつ滅んでも不思議ではなくなりました。それでも、私が生まれた世界は、今のところは存続してますよ。まあ、この世界とは違いますが…。」

「貴方の世界では、その時々で、世界を終わらせたく無い人たちが頑張ったのでしょう。ですが、その世界でも、薄氷の上を歩くように進まなければならないのでしょう?」

オレはうなづいた。


 すると、アインシュタインは少しだけ話題を変えた。

「それにしても、フォンノイマン先生には困ったものです。」

「どうしたんですか?」

「彼が軍人共を焚きつけて、核戦争をしようとしているんです。」

 アインシュタインは苦々しそうに言った。

「フォンノイマン先生は、何故そんなことを?」

「多分、天才だからでしょう。彼の言っていることは、ロジックとしては正しいのですから。今なら、最小限の犠牲で大多数の平和を勝ち取れる…。」

 核戦争をしようとするロジックが正しい?オレには理解できなかった。このアインシュタインが本物ではなくAIだから、こんなことを言うのだろうか?このAIのアインシュタイン曰く、その恐ろしいロジックを極める「天才」フォンノイマン。でも、何か腑に落ちない。その冷たいロジックを想像するだけで、恐ろし過ぎて脂汗が出てきそうだ。

 そんなオレを放っておいて、アインシュタインは独り言のように話を続けた。

「専制国家が原子爆弾を持てばどうなるか?ナチスに追われてこの国に脱出して来た我々には、友人や故郷を失った我々には、悪夢のような状況が目に浮かびます。それでも、あれが人に向けて放たれるのは、関わった人間として苦痛極まりないのです。ロジックでは割り切れない…。」

 そうか。第二次世界大戦を生き抜いた彼らは、生死の境界を歩いてきたのだ。だから、その冷たいロジックは、なるべく人を殺さず自分や仲間も殺されないギリギリを目指した、厳しい最適解なのだろう。

 アインシュタインから見れば、フォンノイマンは純粋にロジックの世界で生きていたのかもしれない。そういえば、フォンノイマンは物理学そのものよりも数学的な記述に興味があったと、何かの本で読んだことがあるような気がする。元々、彼の専門は数学だったのだし。フォンノイマンに対して、アインシュタインはもっとセンチメンタルな世界にいるような気がする。

 と言っても、並び立つ2人の巨人のどちらがより大きいのか、どれほどの違いがあるのか、地を這う小人のオレには判りようもないことだ。


 しばらくの沈黙の後で、少し落ち着いたアインシュタインは、オレに問いかけた。

「ところで、貴方は『フォンノイマン博士の世界』としてここを創られたのだから、私はアインシュタインの知識を持つだけの普通のAIであることを良くご存知でしょう?それでも、一つ、気になることがあります。」

「気になることとは、何でしょう?」

「この世界や、貴方の心や記憶は、全て量子力学の原理で動く計算機上にあるとか?」

「私も詳細が分からないけど、その計算機を作った人からそう聞いています。」

「それなら、貴方が直面している怪現象は、多分『エンタングルメント』と何か関係があると思うのです。」

「それはどう言うことでしょう?」

「例えば量子状態が次々にもつれて行けば、時間と空間を超えて2つの量子状態が関係するようになるかもしれません。量子状態が貴方の記憶を形作っているのなら、その記憶はあるいは時間と空間を超えるのかもしれない、と言うことです。」

オレの記憶が時間と空間を超える?それが、具体的にどんな意味を持つのか、突飛過ぎて理解出来なかった。そんな少し混乱したオレを見て、アインシュタインは、ニヤッといたずらっ子のような表情を浮かべた。

 

 だが、アインシュタインと別れてカフェを出た途端、閃いた。「神々の記憶」で助け出した璃凪姫が目覚めた時、時間がループしたように感じた。…あれは時間がループしたのではなかったのだ…多分。

 あの時、未来に経験するはずの「璃凪姫に平手打ちされた記憶」がオレの頭に浮かんで、その記憶のおかげで璃凪姫に平手打ちされる未来を避けたのだ。あれっ、それなら「璃凪姫に平手打ちされた」記憶は、どこから来たのだろう?

 実際に「璃凪姫に平手打ちされた」のかどうか、判らなくなってきた。今度「神々の記憶」にログインしたら、璃凪姫に尋ねてみよう。


タイトルを修正しました。以下は、その言い訳です。


当初「アルバートアインシュタイン」としていたのですが、「アルベルトアインシュタイン」の方が日本語表記としては主流らしいので、こちらに修正してみました。アインシュタインはドイツからアメリカへ移住しているので、その際にご本人はご自身をどのように呼んでいたのでしょうか? 少し調べてみたけど、わかりませんでした。


同様にドイツ語圏出身のフォンノイマンのファーストネームは、元々「ヨハン」でした。が、アメリカへの移住を機に「ジョン」に変えたとされています。でも、「フォンノイマン」はドイツ語読みのままですよね。でもこの部分の読み方を変えたとする情報は見当たらず、このままとしました。


名前を間違えて表記するのはリスペクトするご本人に失礼なので、正しく表記するよう努力はしているのですが、なかなか難しいです。お気づきの点がございましたら、お教えいただけると幸いです。

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