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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第3章 メメントモリ
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3.7. ヨハン君

 まだお茶会は続いていたが、高木さん達に挨拶をすると、まだ日が高いうちに帰宅した。明日「神々の記憶」にログインする前に、「フォンノイマン博士の世界」の再構築作業を終えたい。


 お茶会で宣言したように、フォンノイマンのAIの経歴が史実から外れないように、「フォンノイマン博士の世界」を制御するAIに制限を加えた。それに、フォンノイマンのAI自体も、構成を変更してインターフェースやデータのフィルターも修正した。

 アレコレと修正して学習させ直してから、会話をしてみる。ただし、この時点の設定は「6歳児」なので、あまり難しい話はできない。史実に合わせて、この歳で既にマルチリンガルの設定だが、言語は「フォンノイマンの世界」では自動的に翻訳されるのであまり意味は無い。今回、性格をチューニングしたが、その辺りはどうなっただろうか?


「ヨハン君、こんにちは。」(注 ジョン=フォンノイマンはハンガリー出身で、母国語読みでは「ジョン」ではなく「ヨハン」です。)

「やあ。」

「君は今、どんなことに興味を持っているの?」

「算数の計算方法かな?掛け算って面白いよね。」

「他には?」

「歴史だね。過去を生きた人達の物語だよ。時々、夜中にこっそり起きて、朝まで歴史の本を読んでいるんだ。」

「ピアノも練習しているって聞いたけど?」

「まあね。でも、つまらないかな。だから、楽譜の間に算数の本をかくしているのさ。でも、ピアノの先生には内緒だよ。」

「音楽は嫌いなの?」

「いいや、音楽は好きだよ。でもピアノの練習は面倒かも。それに、どうせ僕には才能無いし。」

 自分の興味に固執し、6歳児とは思えないほど没頭する。その一方で、「うまくいかない」と見極めるとあっさり諦める。史実上のフォンノイマンの振る舞いから想像した彼の性格に、かなり近い気がする。どうやら、うまくAIのチューニングが出来たのではないだろうか?


 気が付くと、もう日付けが変わっている。フォンノイマンのAIに「さよなら」を告げると、彼が45歳まで成長してそこで時間が止まるように、「フォンノイマン博士の世界」を設定し実行した。それから、ビールを飲みながら現実世界のドローンに異常が無いことを確認すると、シャワーを浴びて寝た。


 目覚めると、既に11時過ぎだ。顔を洗って、大学へ向かった。

 学食でランチを食べていると、木田がトレーに日替わりランチを載せてやって来た。

「よう、桜井。久しぶりだな。」

「おう。学校には毎日通っているんだけど、授業にはあまり顔を出してなくってさ。だから、後でノート見せてくれよ?」

現実世界の木田の授業ノートにはお世話になったこともあるが、AM世界の木田のノートには期待は出来ないだろう。オレの知っていること以外は、曖昧な世界だからだ。

 木田は頷きつつ、話題を変えた。

「希から聞いたんだけど…。」

(のぞみ)は木田の彼女である高木さんの名前だ。

「平山ちゃんの意識が戻らないんだって?」

 木田は現実世界で初対面の頃から、ムーコを「平山ちゃん」と呼ぶ。だから、木田のこの問いは、正に今オレが大学に来た理由そのものだ。木田には、ムーコの意識が戻らないことを言って無かったらしい。

 そこで、その経緯から話し始めた。

「そうなんだ。ゴーグル付きのヘッドセットを付けたムーコと『睡眠学習装置(仮)』を付けたオレが、別々に『神々の記憶』って言うVRMMOにログインして、ゲームの中で合流して一緒に遊ぶつもりだったんだ。だけどゲーム内でムーコのキャラクターを見つけられず、ログアウトしてみれば、ムーコが接続したPCからゲームのサーバへパケットが出ていない。それなのに、ムーコは眠ったままで、意識が戻って来ない…。」

 すると木田は、

「ここは、お前の心が創り出した世界だろう?何とかならないのか?」

「このAM世界の時宮准教授にも、似たようなことを言われたよ。だけど、オレのAM世界は、必ずしもオレが希望する通りに動いてくれないのかも知れない。現実世界の時宮准教授は、『放っておいても、いずれ平山さんの意識は戻るだろう』とは言ってくれたが…。」

「どうして、そんなことになるんだ?」

「現実世界の時宮准教授は、『人間の脳と同じように、オレのAMが動作している量子コンピュータが働くから』と言っていたが、オレには良く分からん。詳細は教えてくれなかったし…。」

「そうか。で、桜井はどうするんだ?」

「一応、『放っておく』以外の手も考えてはいる。その一つは、『神々の記憶』でもっと念入りにムーコのキャラクターを探すことだな。他には、『フォンノイマンのAI」』を創って相談してみようと思っているよ。どうなるかは、分からないけど。」

「『フォンノイマンのAI』か。確かに、そんなものが出来たら、何とかする方法を教えてくれるかもな。相変わらず凄いことを考える。希もそうだけど、俺だって出来ることがあれば協力するぜ。」

「ありがとう。」

 それからランチを食べている間中、ずっと高木さんのノロケ話を聞かされたような気がするが、よく覚えていない。


 昼食後、木田と別れて時宮研究室に来たが、誰も居なかった。


 先ずは「神々の記憶」へのログインだ。つなぎに着替えてシェル内のベッドに横たわると、「睡眠学習装置(仮)」の自動オペレーションシーケンスを起動させた。間も無く、オレの意識は「真っ暗でコンソールしか無い空間」に転移し、さらに「神々の記憶」にログインして「神々の記憶」の世界に転移して行った。


 オレが目を覚ましたのは、「海の要塞」の制御室の中にある、ベッドの上だった。だが、毛布の中で何か暖かくて柔らかいものを掴んでいた…?

 驚いて目を開くと、そこにはどこか懐かしく美しい女性の顔があった。

「璃凪姫?」

触れていたのは、彼女の手だった。

 璃凪姫は、オレの眠っていたベッドの毛布に潜り込んで、オレの腕を抱きしめて眠っていたのだ。可愛い。彼女の顔を覗き込んでいるうちに、吸い込まれそうになる。

 その時だ。

「主人殿。戻られましたか?」

野太い声が、背後から聞こえて来た。璃凪姫の父。「神々の記憶」の世界では、オレにとって舅である少彦名命だ。

「今、ログインした所だ。」

「それでは、璃凪姫も起こしてください。ご不在中の経緯を説明しましょう。」


 この世界でのムーコのキャラクター、ミュウが見つかった可能性は低いかも知れない。だが、彼ら彼女らにミュウの捜索を依頼した主人のオレとしては、少彦名命と璃凪姫の複製体達がどんな冒険をしたのかしっかり聞かなければならない。


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