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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第3章 メメントモリ
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3.4. 時宮准教授からの返信

 どのくらい、時宮研究室のイスに腰掛けたままボーッとしていただろうか?習慣で目の前のPCの電源を入れたものの、オレの眼はそのディスプレイを見てはいなかった。いや、無力感に浸っていたオレは、何も見ていなかった。

 そんなオレを蘇らせるように、携帯端末からメール着信の通知音が鳴った…何も見ていなかったオレも、聴いてはいたらしい。現実世界の時宮准教授からの返信メールだった。早速、内容を確認する。そこには時宮准教授らしく、突き放したような、それでいて今のオレが知りたかったことが簡潔に書かれていた。


 桜井君、君からのメールを拝見したよ。メールに書かれていた通りならば、AMになった君は健全だね。桜井君なら、AMになっても楽しく過ごして行けると信じていたよ。

 それで、君のAM世界で平山さんの意識が戻らないんだって?それと、時間がループしたり、同じ名前の女の娘と次々仲良くなったんだっだかな?後半の話は「問題」というより、コミュ障の君らしくも無く、「うまいことやっている」と言う印象を受けたんだがね。


 さて、先ずは君のAM世界の平山さんの意識が戻らない問題だ。これは、多分だけど放っておいて良いし、いつかは意識が戻るだろう。理由は、今は言えないが、時間がループしたことと関係があると思う。君が量子コンピュータで再現されたAMであるからこそ、現実世界の人間の頭脳でも起こりえる現象が、より明瞭に起こっているのだろう。まあ、今のところは気にしないで。


 次に、君と仲良くなった娘さん達は、皆「リナ」という名前だったと言うことだね。「リナ」というのは、桜井君の妹さんの名前と同じ名前だ。あんなに兄妹仲が良かった桜井君が、そのことに気が付かないなんて、ちょっと信じられないが。

 多分何らかの理由で、君のAMから妹さんである「里奈」さんの記憶が、表面的には削除されてしまっているのだろう。ところが、深層意識には記憶が残っていて、君の他の記憶と整合出来る状態になると浮かび上がって来る。それが、次々に桜井君と仲良くなる「リナ」さんの正体なのだろう。「睡眠学習装置(仮)」で複製された桜井君のAMと通常のAIとの、記憶の構造の違いを説明するのに、とても興味深い事例だ。


 最後に、フォンノイマン博士のAIを創ろうとしているのだって?正直に言って驚いたよ。それに、君が思い付いた方法にも感心した。

 普通にAIの言語モデルやそのパラメータをチューニングすれば、フォンノイマンと似た反応をするAIが、もっと簡単に出来るだろう。しかし、それはフォンノイマンの考え方に近いAIとはならない。

 だから、そのAIに「AM世界の平山さんに意識を回復させる方法」を問いかけても、まともな答えは帰って来ないだろう。それは、機械学習で与えたデータから、最も質問に近い答えを内挿して出力して来るだけだからだ。

 そこに、量子コンピュータや最新の認知についての知識を加えても、結果は同じだ。君が初めてのAM世界を創り出したので、人類にその知見が無い。もちろん、そうやって創ったAIにも、その知見が無いので適切な答えは出せまい。

 それに対して、君の方法は、フォンノイマンの考え方をコピーした存在を作り出そうとしているように思える。後で、結果を教えて欲しい。

 ただし、フォンノイマンの伝記を改めて読んでみて、懸念も感じた。それは、フォンノイマン博士は優れた頭脳を持っているだけでなく、数奇な運命を背負っているということだ。だから、桜井君のやり方では、フォンノイマン博士のAIは、歴史とは全く違った人生を送ってしまうのではないだろうか?

 それと、フォンノイマンは、表面的な性格と内面が大きく異なる人物に思える。

 いかにフォンノイマン博士が大天才だったとは言え、科学者として成功したからには、内面はあきらめの悪い性格だったはずだ。

 その一方で、彼の人生は決断と変化の連続だったようだ。だから、外面的には切り替えの早い人物として分析されるだろう。邪推すれば、内面と外面の違いに、フォンノイマン自身苦しんだかもしれない。


 それに、家庭生活も平坦では無かったようだ。最初の奥さんとは離婚したが、2度目の奥さんとは終生仲が良かったと言われている。プライベートでも、即断即決の性格と粘着質の性格が混在していたのかも知れない。

 フォンノイマンが、死後時間が経ってから開けて良いとした箱の中には、娘さんの写真や、2度目の奥さんの前の夫の情報が入っていたそうだ。きっと、家族想いで嫉妬深い夫だったのでは無いかと、私は思う。その情報を添付したから、フォンノイマンのAIを創る時に入力してみてはどうだろう?


 ではまた。近々、こちらの世界で会おう。


 根拠は無いが、「ムーコの意識はその内戻る」と言う時宮准教授の見解にはホッとさせられた。時宮准教授がそう言ってくれるなら、多分大丈夫なのだろう。

 ただ、「ムーコの意識が戻らない問題」と時間がループしたことに関係があるとは、どういうことだろうか?それに、量子コンピュータ上のAMや現実世界の人間では起こりえる現象とは、一体何だろう?

 それと、時宮準教授の推測では、「リナ」と言う名前の女性とどの世界に行っても出会うこととムーコの意識が戻らない問題とは、全く関係がないようだ。

 それにしても、「リナ」が現実世界のオレの妹の名前だって?言われてみれば、以前に現実世界のオレから来たメールに、その名前があったような気がする。どの世界の「リナ」もそっくりで、オレの好みだ。きっと、「リナ」達のモデルは妹なのだろう。そして、どの「リナ」もオレと結婚することになる。って、オレはどれほどシスコンだったんだろうか?


 一方、フォンノイマンのAIは史実と異なる選択をしてしまい、既に時宮准教授の指摘通りになってしまっていた。彼の「数奇な運命」の影響を受けないで、彼のAIに歴史と同じ選択を選ばせるには、どう設定すれば良いのか?何らかの強制力をかけるしかないだろうか?

 また、時宮准教授の助言から、彼の性格については外面と内面を分けて学習させることにした。もちろん、時宮准教授が送ってくれた「フォンノイマンの箱」の情報も、彼の内面を学習させる際に用いる入力データに加えた。


 時宮准教授からのメールの最後の一言「近々、こちらの世界で会おう。」は、受け取った時点ではまともに読んでいなかった。しかし、後になって振り返ると、恐しい言葉だった。

 「こちらの世界」とは、現実世界のことだろう。オレは自身のAM世界に存在するAMだ。普通なら、AMであるオレが現実世界に現れて、現実世界の時宮准教授と会えるハズが無いのだ。

 だが、現実世界の時宮准教授は、この時点で解っていたのだろう。現実世界のオレとムーコのその後の運命を…。そして、さらに恐しいことに、AMであるオレ自身も現実世界のムーコの運命を感じてはいたのだ。残念ながら、当時のオレは「感じている」ことを理解出来なかった…いや、心が拒否していたのかも知れない。

 たとえ「感じている」ことを受け入れて理解できていたとしても、ムーコの運命を変えることは出来なかったのではあるが…。

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