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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第3章 メメントモリ
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3.3. フォンノイマン大将

 「フォンノイマン博士の世界」からログアウトして、真っ暗でコンソールしか見えない世界に意識を転移させた。そうしておいて、「フォンノイマン博士の世界」を停止して初期化した。

 その後、フォンノイマンのAIのパラメータの内、性格を表す初期値を変更した。「フォンノイマン博士の世界」にログインしていた時に考えたように、フォンノイマンを物事に執着しない”あっさり”した性格にしたのだ。フォンノイマンのAIが、もっと早い時点でアメリカへ移住することを期待して、設定したつもりだった。

 この修正を加えた後に、再度「フォンノイマン博士の世界」を現実世界の100万倍で動作させた。これで、フォンノイマンのAIはだいたい23分で45歳位までに成長して、数学、量子力学、それにコンピュータの巨人となっているはずだ。

 さらに、ネットワーク上にある量子コンピュータや人の意識についての最新情報を彼のAIにインプットすれば、「どうすればムーコの意識が戻るのか?」というオレの疑問に答えられるようになるだろう。いや、是非そうなって欲しい。

 十分な知識と知性を持ったフォンノイマンのAIがオレの質問に答えてくれるかどうかは、「フォンノイマン博士の世界」でのオレの動きにかかってくる。

 元々はコミュ障なオレだが、これはある意味AIに指示をどう出すか、すなわちプロンプトエンジニアリングと似たような話だ。それは現代のプログラマーには最も重要な技術だ。

 それに、「劉老師の世界」でも「上泉先生の世界」でも、うまく対処できて来たオレだ。今回も何とかなるだろう。

 きっちり23分間、ネット上の情報を見て過ごすと、「フォンノイマン博士の世界」の動作速度を20万倍速に変更した。そして、オレは再度「リアライズエンジン(改)」を介して、「フォンノイマン博士の世界」に再び意識を転移した。


 今回、フォンノイマンのAIはどのような人生を選択したのだろう?オレは、自分で設定しておきながらも、最初からなんとなく不安を感じてはいた。そこで、この世界に転移してすぐに、同僚の「のっぺらぼう」の事務員に前回とほとんど同じ質問をぶつけた。

「この研究所には、フォンノイマン先生がおられると聞いたのだが、どこに居られるのだろう?」

 すると、彼の反応は前回と全く同じだった。

「フォンノイマン?誰のことですか?そんな方は存じませんが。」

オレは頭を抱えた。


 こうなったら前回と同じように、フォンノイマンと同じヒルベルト博士の弟子である、ヘルマンワイルに聞いてみるしかない。そこで、ヘルマンワイルの研究室へ行き、

「唐突な質問で申し訳ありませんが、どうかお教えください。フォンノイマン博士をご存知でしょうか?」

と尋ねた。

 するとヘルマンワイルは、不思議そうな顔をして答えてくれた。

「君は、私が知っている『フォンノイマン』のことを尋ねているのかね?」

「ええ、そうです。ヒルベルト博士のお弟子さんの一人の、フォンノイマン博士のことです。」

「確かに彼は『博士』ではあるが…今は科学者でも数学者でもない。」

そう言って、ヘルマンワイルはパイプから煙を燻らせた。

 オレはがっかりした。だがオレは、フォンノイマンのAIが、再び歴史上のフォンノイマンとは異なる人生を選択するかも知れないとも思ってはいた。だから、今回のフォンノイマンが何者になったのかを知っておきたい。

 そこで、ヘルマンワイルへの質問を続けた。

「それではフォンノイマン博士は、今は何をなさっているのでしょうか?」

「それは貴方もご存知のはずだが?」

 ヘルマンワイルの言葉は、またもやオレを驚かせた。

「申し訳ありませんが、全く思いつかないのですが…。」

「毎日ラジオから聞こえてくるだろう、『フォンノイマン大将』の名前を。日本との戦争において、南洋の戦線で活躍しているマッカーサー元帥と並んで、北太平洋戦線で活躍している『フォンノイマン大将』こそが、かつて数学者でヒルベルト先生の弟子だったフォンノイマンさ。」

オレは絶句した。「フォンノイマン大将」だと?


 その後、ヘルマンワイルが語ってくれた話によると、クルトゲーデルが不完全性定理を発表した後、フォンノイマンは学問の世界から足を洗ってアメリカへ移住したらしい。その後、「軍人」になって頭角を表したとのことだった。

 ヘルマンワイルは最後に、

「彼が科学者であり続ければ、何か世界を変えるような発見や発明をしたと思うのだが…残念だ。」

と、独り言のように語った。


 それにしても、現実に起こった歴史を知るオレとしては、フォンノイマンの選択とそれによって変わった歴史に皮肉を感じる。極めて有能なフォンノイマンが、「科学者」として「原子爆弾」開発に関わったからこそ、日本人は恐ろしい体験をすることになったのだ。

 この世界のフォンノイマンは、有能な「軍人」になることを選択し、日本軍は彼に苦しめられてはいる。だが、それ故に、この世界のアメリカ軍は「原子爆弾」を開発していないらしい。軍事的には、「軍人フォンノイマン」よりも「科学者フォンノイマン」の方が、戦況に影響を与える存在だったのだ。

 いずれにしても、この世界の「フォンノイマン」には、オレの抱えている問題を解決する能力はないだろう。


 オレは、ヘルマンワイルに礼を言って研究室から退出すると、自室に戻った。その後、システムを呼び出すと、この不思議な世界からログアウトした。今度は、真っ暗でコンソールしか見えない世界からもログアウトして、AM世界に戻った。


 「睡眠学習装置(仮)」のシェルが開くと、研究室の窓から強い日差しが射して来た。時計は正午を指している。研究室には誰もいないようだ。仮眠室へ行って着替えたが、その間にムーコはピクリともしない。

 研究室に戻ったオレは、イスに腰掛けPCを起動するとそのまま脱力し、ボーッとして動けなくなった。

「もう、どうしたら良いのか判らない!」

と言うのが、その時のオレの心情だった。

 もう、「フォンノイマン博士の世界」を構築して、彼のAIに協力を求められるとは思えなくなっていた。でも、他にオレが出来ることは、「現実世界の時宮准教授からの助言」と「『神々の記憶』における、少彦名命と璃凪姫のミュウの探索結果の報告」を待つことだけだ。


 オレは無力感に打ちのめされた。


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