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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第1章 プロローグ
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1.5. 朝の騒動

 目が覚めると、そこは暗黒世界だった。昨晩の事を思い返すと、恐らくオレは「睡眠学習装置(仮)」の中にいるのだろうけど。睡眠導入剤を飲んで真っ暗な中で目が覚めたのだから、実験は多分終わっていると思うのだけど、何故シェルが開いていないのだろう。それなのに、ちょっと膀胱の辺りが重くなって来た気がする。緊急事態は近い。

 「誰かいますか?」

叫んでみたが、返事は無い。シェルを内側から叩いてみたが、やはり反応は無い。もう、背に腹はかえられないので、シェルを押してみると少し動いた。さらに力をかけて押すとミシミシ壊れそうな音がして来た。でも膀胱の水位も上がって来た。もう、なりふり構っていられない。緊急事態だ。


 その時、外から里奈の声が聞こえた。

「お兄ちゃん、起きているの?」

「おう、おはよう。でも、外に出られなくて困った。高木さんはいるの?」

「いるけど、寝てるよ。」

「里奈は、この装置を開けられる?」

「昨日、高木さんが操作しているのを見てたから、できると思うわ。でも、高木さんを起こしてやってもらった方が…。」

「いや、理奈に頼みたい。実は、…トイレに行きたくて緊急事態なんだ。それと、昨晩着てきた服に着替えたいから、なるべく早く持って来て欲しいんだけど、頼める?」

「やってみる。」

モーター音がして、シェルが動き始める。それと同時に、里奈がオレの服を取りに部屋を出た音が聞こえた。


 実験用のグローブやヘッドギアを付けて()()()を着たまま、トイレで用を足すのは無理だ。もう時間が無いので、シェルが開く間も惜しんでヘッドギア等を外して、()()()を脱いでパンツ一枚になった。後は、里奈が持って来てくれる服に着替えれば、危機を脱するはずだった。が、椅子のきしむ音がシェルの外から聞こえて来た。まだ、里奈が帰って来た気配は無い。

 シェルがかなり開いて、ようやく実験室の様子が見える様になった。すると、机にうつ伏せになっていた女性二人がちょうど起き上がって、パンツをもっこりさせたオレと目が合った。生理現象だから仕方ないよね、朝だし。

「キャー◯×△!」

「キャー△◯×!」

ステレオで悲鳴が聞こえた。そこに里奈が到着して、ため息をついてそっぽを向きながら服を渡してくれた。急いで服を着ると、走ってトイレに駆け込んだ。


 実験室に戻った後、女性三人からはシカトされてしまったが、朝食は研究室で一緒に頂くことができた。朝食後も会話が止まらない高木さんとムーコを残して、オレと里奈は研究室を出た。その里奈とも研究棟の入り口で分かれ、里奈は五峯高校へ、オレは同じキャンパス内の講義棟へ向かった。

 別れ際に理奈に、

「さっきはありがとう。それに、ごめんね。」

と言うと、里奈は眼を伏せながら、

「...お兄ちゃんが悪い訳じゃ無いと思うわ。」

と言ってくれた。


 今日の一限目の講義はテンソルだ。オレが講義室に入ると、既に木田仁(きだひとし)川辺亘(かわべわたる)がいた。

「よっす。」と木田。

「アザーっす。」と川辺。

 情報通の川辺が、早くも朝のトラブルを聞きつけたらしい。

「桜井、時宮研の実験で昨日学校に泊まったんだって?」

「良く知ってるな。」

「時宮研にサークルの先輩がいてさ。」

「それで?」

「今朝、実験室から女の悲鳴が聞こえたって言ってたけど、何か知ってる?」

 川辺に何か言うと、どんな情報が拡散されるかわからない。オレはとぼけた。

「さあ、何だろう? オレもずっと実験室にいたわけじゃ無いから、わからん。」

と答えると。

「そっか。桜井なら知ってると思ったんだけど。まあいい。他の奴にも聞いてみよう。」

と言って、川辺は去って行った。

 足の生えたスピーカーがいなくなってホッとしていると、木田が、

「桜井、お前本当は何かあったな。」

と言って来た。コイツにはごまかしは効かないが、信頼できる奴だ。仕方が無いので、昨夜からの事を小声で説明してやると、

「俺もその実験、見てみたかったな。」

と言った。それをオレは茶化して答えた。

「高木さんに会ってみたい、の間違いだろ?」

「それは否定しない。でも、高木さんだけじゃ無くて、平山ちゃんにもお前の妹にも興味あるな。お兄様って呼んでやろうか?」

「やめてくれ。妹に手を出したら許さん。」

「わかったわかった、シスコン兄貴。」

「実験はまだ続くから、お前が見学したがっている事は時宮先生に伝えておくよ。」

「頼むわ。で、テンソルの縮退の話だけどさ…。」

木田が前回の授業内容について、質問してきた。木田はイケメンで軽そうに見えるが、実は真面目で良い奴だ。それなのに、今のところ彼女はいない様だ。コイツなら里奈の彼氏になっても…。いや、…やっぱり想像するだけで殴りたくなる。


 それにしても、実験が終わった後も何故シェルが閉じたままだったのか、謎が残されていた。しかしその謎も、午後にはあっけなく解ける事になった。

「頭脳工房創界」でプロジェクトの打ち合わせがあり、ムーコと顔を合わせると、

「今朝はごめんなさい」

と、ムーコから謝って来た。ムーコによると、実験は午前2時頃に終了したらしい。里奈は実験が終了する前に仮眠室へ行っており、思宮准教授と二階堂先生は実験終了直後に帰宅したそうだ。「睡眠学習装置(仮)」のシェルを開ける事も含めて、後片付けは高木さんに任された。しかし、高木さんとムーコはガールズトークに花が咲き、実験室で遅い時間まで話し込んでしまったのだそうだ。その際、明るい実験室でシェルを開けると、眩しくてオレが起きてしまうと思って閉じたままにしておき、実験室を退出する時にシェルを開けるつもりだったのが、そのまま二人とも寝落ちしてしまったとの事。

 それにしても、高木さんもオレもコミュ障なのに、その二人を「籠絡」したムーコはあなどれない。それに、高木さんとムーコがどんな話をしたのか、気になる。しかし、ムーコにどんな話で盛り上がったのかを尋ねると、

「女の子同士の秘密です。」

と一蹴されてしまった。

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