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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第3章 メメントモリ
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3.1. AM世界のムーコを救う方法

 結局、一夜をムーコと仮眠室で過ごしてしまったが、あの決意表明を実現するためにはこのままではダメだ。気分転換のため、自宅に戻ってシャワーを浴びた。どうすればムーコの意識を取り戻せるのか、これまでのAM世界での出来事や時宮准教授の言葉を振り返った。


 「神々の記憶」のサーバーと現実世界の「睡眠学習装置(仮)」は、通信していなかった。AM世界の時宮准教授も、

「ムーコの意識の喪失と『神々の記憶』とは関係しないかも知れない。」

と言っていた。きっと、時宮准教授は正しいのだろう。

 でも、ムーコの意識の喪失が「神々の記憶」と関係する可能性が僅かでもあるのなら、「神々の記憶」でのミュウの探索は続けるべきだ。いや、そうせずにはいられない。今も、あの小さな少彦名命達、璃凪姫達は、頑張ってミュウを探し続けてくれているのだろう。明後日には、彼等は海の要塞に帰って来るはずだ。その時に合わせて、「神々の記憶」にログインしよう。


 一方、AM世界の時宮准教授の予想通りムーコの意識の喪失が「神々の記憶」と関係無いなら、一体何故ムーコの意識が喪失したのだろうか?どこに行ってもオレの側らに現れる「リナ」の存在、「神々の記憶」で「時間がループ」したことなど、AM世界には他にも不思議な現象が発生している。これらの現象は、ムーコの意識の喪失と何か関係があるのだろうか?


 ムーコの意識を取り戻すために、オレ自身も頑張って調査し続けるが、それだけでは心許ない。このAM世界の時宮准教授は、彼自身には解決出来そうもなく、フォンノイマン博士の頭脳が欲しいと言っていた。

 時宮准教授の話を聞いた時には、そんなことは不可能だと思ったが、冷静に考えるとオレには出来るかも知れない。「劉老師の世界」や「上泉先生の世界」を作って八極拳と新陰流を修行した時のように、「フォンノイマン博士」の世界を作ってそこにログインすれば良いのだ。

 ただし、「劉老師の世界」と「上泉先生の世界」を構築した時には、「武道家達の宴」のデータベースが利用できた。今のAIは、性格、知覚、感性、言語等々、非常に多くのデータベースを用いて構築される。だが、「フォンノイマン博士」の世界を構築しようとしても、元になるデータベースは無い。それをゼロから作り上げるには相当な時間がかかってしまう。

 それでも、ネット上のデータをかき集めればどうだろう?足りなければ、紙の情報を加えれば何とかなるのではないか?特に、フォンノイマンは無数の論文を書いているのだ。彼の論文を学習させれば、少なくとも言語データベースはかなりフォンノイマンの思考に適ったものになるハズだ。

 かつて、言語データベースがAIに組み込まれるようになったことで、AIが飛躍的に進歩したそうだ。だから、言語データベースの最適化は、きっとフォンノイマンのAIを本物に近づけてくれるだろう。そこで、電子ファイル化されているフォンノイマンの論文や、その引用文献をネットからかき集めることにした。電子ファイル化されていない論文も、可能な限り電子ファイル化して送ってもらえるように、現実世界のオレにメールで頼んでおこう。

 そして、論文の電子ファイルが集まるまでに、劉老師と上泉先生の世界を構築したAIを改良しておきたい。だが、これ以上どうすれば良いのだろう?「多次元環境データベース」のデータを少しでも集めるか?パラメータやプロンプトの最適化を進めるか?AI自体のアルゴリズムを改良するか?…いずれにしても、なかなか大変だ。出来ることをやってみよう。


 他に、少しでもムーコの意識を取り戻すための、助けになりそうなことは何だろう?フォンノイマンは稀代の天才だ。だが、本当に彼ほどの頭脳をAIで再現出来るだろうか?

 それに、自身が作り上げた初期のコンピュータを、自分よりも計算能力が低いと言い切った御仁だ。コンピュータ上の計算で彼自身の思考が再現されたことに気付けば、自分の存在を許せないなんて言い出しかねない。やはり、「フォンノイマン博士」の世界を構築して彼の頭脳を模したAIに依存するのは、とても不安だ。

 少し…いやかなり落ちるかも知れないが、たった今確実に存在する頭脳の中では、現実世界の時宮准教授以上の存在は思いつかない。AM世界の時宮准教授も、

「現実世界の私なら、この状況を理解できればわかるかもしれないが…。」

と言っていたし。仕方ないので、現実世界の時宮准教授にも相談に乗ってもらおう。

 しかし、何と言って相談に乗ってもらえば良いのだろう?AM世界のムーコの意識が無くなったり、ゲーム内で時間がループしたり、同じ名前の人物に別な世界で出くわしたりした理由が知りたいとメールを書いて送るか?でも、どの現象も、

「桜井君のAM世界の中だからなあ。」

などとして、片付けられてしまうのでは無いだろうか?


 アレコレと考えてみたが、考えがまとまらない。煮詰まったオレは、散歩に出かけた。外を歩けば、顔の輪郭がはっきりしない「のっぺらぼう」達とすれ違う。いつものことだ。もう慣れてしまったが。

 ん?オレはつい心の中の言葉を、声を出して復唱してしまった。

「『のっぺらぼう』とすれ違うことに、慣れてしまっただと?」

「のっぺらぼう」とは、現実世界の存在であった時にも夢の中ですれ違ったかも知れないが、意識したことは無かった。そう、夢の中では、「のっぺらぼう」を見たことはないのだ。

 「のっぺらぼう」をAM世界で見ることができるのは、オレが覚醒した状態で、自分の意識の中にAM世界を構築しているからだろう。この話から、一つ一つ丁寧に説明すれば、時宮准教授に一笑に付されることは無いのではないか?そんな気がしてきた。


 オレは自室に戻るとPCを起動して、2通のメールを書いた。


 1通目は、現実世界のオレ宛だ。そこには、「神々の記憶」にAM世界のムーコと一緒にログインして遊ぼうとしたが、ムーコの意識が戻らないこと。ムーコの意識を取り戻すために、「フォンノイマン博士の世界」を構築して、フォンノイマンのAIの力を借りようと考えていること。そのために、電子化されていないフォンノイマンの論文を電子ファイルにして送って欲しい旨を、書き送った。


 2通目は、現実世界の時宮准教授宛だ。以前にもAM世界のことは伝えていた。今回はより詳細に、AM世界を構築した時のことから記していった。

 時宮准教授を含めて数人だけ、顔が明瞭だが、他の人たちは不明瞭な「のっぺらぼう」であること。ゲームのデータなどを用いて、故人のAIをその世界を含めて構築したこと。AM世界で時間がループしたり、何故か「リナ」と言う名の女性と出会うこと。

 それに、現実世界のオレにも伝えた、「AM世界のムーコと一緒に、MMORPGにログインして遊ぼうとしたがムーコの意識が戻らないこと」と「ムーコの意識を取り戻すために、『フォンノイマン博士の世界』を構築して、フォンノイマンのAIの力を借りようと考えていること」を詳細に伝えた。

 そして、「何としてもAM世界で同居しているムーコの意識を取り戻したいので、助けて欲しい」と結んだ。


 何か良い考えや情報が来ると良いのだが。そう思いつつ、今のオレにできること、「フォンノイマン博士の世界」構築に向けたAIの改良を開始した。


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