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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第2章 人工意識体の世界
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2.26. ムーコの想い

 もう1通は、現実世界のムーコからのメールだった。そこには、ムーコの想いが綴られていて、オレのムーコに対するイメージを根底から覆すものだった。それは、こんな話だった。


 現実世界の桜井先輩には内緒にして欲しいんですが、私の両親はあるベンチャー企業を経営しているんです。

 母は、私たち姉妹が子供の頃から、良く言ってました。

「貴女達は、自分自身の『生き抜く力』を高めなければならないの。そして、どうしてもそれが出来ないなら、そんな『生き抜く力』を持ったパートナーを選びなさい。私のように。」

 母の父、すなわち私の祖父は、ある企業の経営者でしたが経営に失敗し、その心労で若くして亡くなったそうです。そのせいで、母は異常なまでのリアリストになり、そのメガネにかなった父と結婚したのでした。

 そういう考え方なので、私たち姉妹には常に互いに競争させるように仕向けて来ました。だから、小さい頃には仲が良かった姉とも、今は微妙な隔たりがあります。

 私が高校生になった頃には、優秀な姉との差は大きいと感じ始めました。それに、姉は両親の会社で優秀とされる男性と付き合っていると、噂で聞きました。


 もう、自力で母のメガネにかなうような「生き抜く力」は得られない。自分はいらない子供だ。そう感じて、自暴自棄になっていました。

 そんな時です。同じ高校の桜井先輩が、プログラマーとして働き始めたという噂を聞いたのは。最初は、ご両親やお祖父様を亡くされた、気の毒な方だという認識だけでした。しかし、やがてそのプログラマーとしての能力で先駆科学大学に推薦合格されたと聞き、桜井先輩のことをもっと良く知りたいと思ったのです。

 不思議な偶然もあって。予想以上に順調に後輩として近づくことが出来ました。最初は「力」を持つ先輩に協力してもらえる素地を作りたかっただけなので、「後輩」という立ち位置で良かったのです。

 ですが、次第に「後輩」では満足できず、もっと近くにいたいと思うようになってしまいました。何故そう思うようになったのか、私にも分かりません。先輩といると気が楽で、楽しくなるから?素晴らしい能力があるのに、いつもそれを気にもかけないから?

 だからアレコレと策を巡らせて、先輩にとんでもないことをしてしまったかもしれません。今後も、きっと色々なことをしてしまうでしょう。

 でも、どうかお側に居させて欲しい。それが、私の願いなのです。


追伸

先輩のAM世界では、私の情報が不十分だと、そちらの世界の私から聞きました。そこで、私のデータをお送りします。


 ムーコに対して「いつもオレを振り回してばかりの策略家」というイメージで警戒していたが、現実世界のムーコからのメールで彼女の気持ちを吐露されて、警戒心が消えていくのを感じた。素のムーコは、可愛い親切な乙女なのだ。本音を言えば、オレはムーコに好意を持っている。そうでなければ、オレが誰にも気兼ね無く暮らせるこのAM世界で、同居なんてしない。

 しかし、ムーコの情報が不十分って、どう言うことだ?「私のデータ」とは何だろう?現在AM世界のムーコが「神々の記憶」の何処にいるのかを示すデータとか?まさかね。現実世界のムーコが、AM世界のムーコの意識が戻らないことを知っているハズは無いとは思うが…。

 全ての謎は、耐量子暗号で保護された添付ファイルを開けば解決するのだ。


 だが、解凍して現れたファイルの中身は、ムーコの自撮り写真と動画だった。全体像と躰のパーツ画像…産まれたままの姿で。間違いなく「私のデータ」ではあるのだが。ここら辺が、やっぱりムーコだ。ムーコの「私のデータ」は、オレにとって魅力的で目が離せないのだが…。でも、何だか頭が痛くなってきた。

 時計は既に午前3時を回っていた。慌ててPCをシャットダウンしてベッドに潜り込んだが、寝られない。寝られる訳が無い。明日は、ムーコのために朝10時までに大学へ行かなければならないのに。

 現実世界のムーコが、この状況を知っているハズは無いのだが、わかっててやっているように思えてしまう。ムーコがテヘペロしている姿を想いながら、必死に眼を閉じた。


 目が覚めると、既に9時を過ぎていた。慌てて跳び起きると、朝食もそこそこにして、大学へ向かった。いつものように時宮研に入ると、コーヒーの香りがした。ソファーには高木さんの他に、珍しく時宮准教授がいた。


 2人に挨拶すると、時宮准教授に着席を勧められて、高木さんからコーヒーを淹れてもらった。コーヒーを一口啜ると、時宮准教授が話しかけてきた。

「平山さんのことは、高木さんから聞いたよ。」

「ムーコは今も仮眠室にいるんですよね?」

「多分ね。それをこれから3人で確認しにいくんだろう?」

「時宮准教授も、仮眠室に来るんですか?」

「ここは桜井君のAM世界だから、この件で私に責任を問われることはないだろうが、私は何にでも首を突っ込む好奇心の塊だ。そう君は思っているのだろう?」

 さすがはオレのAM世界の時宮准教授だ。この反応は、オレ自身の時宮准教授に対する認識を反映しているのだろう。そこで素直に、

「まあおっしゃる通りです。否定できません。」

と応じた。

 すると、時宮准教授はさらに鋭い質問を投げかけて来た。

「それで、桜井君は平山さんが仮眠室にいないかもしれないと思っているの?」

「オレのAM世界からムーコが消えるとは思えないけど、不安はあります。ヘッドセットを装着したムーコの意識が戻らなかったら…とか。」

「何でそう思うの?」

いつも軽い感じの時宮准教授の表情が不意に変わり、本気モードになったような気がした。

 オレはぼんやりだが、この時宮准教授の質問が何か重要な意味を持つような気がした。でも、具体的にそれがどんな意味を持つのか判らないまま、時宮准教授の質問に答えようとした。

「ムーコが言ってましたが、オレのAM世界では視覚と聴覚以外の感覚はぼんやりしているそうですね。」

時宮准教授が

「私もそうだな。高木さんもそうだろう?」

と言うと、高木さんも頷く。

 そこで、オレは話を続けた。

「すると、ヘッドセットを装着したムーコの感覚は、ログイン後には全て『神々の記憶』と直結されたことになります。だから、接続されたものを唐突に外してしまうと、ムーコの意識に問題が起こったりしないのでしょうか?」

 すると、時宮准教授は自身の考えを絞り出すような口調で、ゆっくり答えた。

「桜井君のAM世界にいるこの私にはわからない。現実世界の私なら、この状況を理解できればわかるかもしれないが…。」

時宮准教授は、少しため息をつくと、話を続けた。

「だけど…、まあいい。悩んでいても仕方ない。実際に我々の目で確かめてみよう。」

「そうですね。」

他の代替案が思いつかなかったオレも、時宮准教授の意見に同意した。


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