2.24. ループしたかも
やがて、彼女はオレに向かって、
「大風命にそそのかされて、貴方が私の貞操を奪ったのですか!」
と叫んだ。ひどい誤解だと、少しムカついた。
だけど、顔を真っ赤にして怒りながら泣きじゃくっている璃凪姫は、まだ手も足も縛られ首にもまだ巻かれた縄が残ったままだった。そして、恐らく彼女のシステムにも、オレと結婚したと表示されたに違いない。彼女を助け出した時の状況から考えれば、オレが貞操を奪ったと誤解されても仕方がない。
オレは璃凪姫が気の毒だと思った。とにかく縄を外して、後は好きにさせてやろう。この娘も大変な目にあったのだし、成り行きとは言え、少なくとも今はオレの「嫁」だ。幸せを願うのは当然のことだ。
抵抗する璃凪姫の手を掴んで縄を外してやると、自由になった彼女の手がオレに向かって来て…
パシッ
頬に平手打ちを食らった。
…思わず目をつぶって再び開くと、目の前の璃凪姫の両手はまだ縛られたままだ。頬に痛みも無い。
やがて、璃凪姫に罵られた。
「大風命にそそのかされて、貴方が私の貞操を奪ったのですか!」
何が起こったのだろう?時間が2分くらい前に巻き戻されたようだ。そんな話を小説で読んだことがある。確か…時間がループするとかって言う話だった。ループする時間に閉じ込められたのなら、オレは一体どうしたら良いのだろう?
両手両足を縛られたまま泣きじゃくる璃凪姫を前にして、途方に暮れた。だが、やはり早く縄を解いてあげなければなるまい。そう思って、一回目の「ループ」と同じように、抵抗する璃凪姫の手を掴んで縄を外してやった。すると、やはり頬に平手打ちが飛んで来た。
体験済みの展開だったので、オレは思わず平手打ちを外した。その後、璃凪姫の罵る声が…、あれっ、なかなか聞こえてこない。平手打ちを避けたことによって時間の「ループ」から脱して、新しい「未来」を選択したのか?呆気なくて、なんだか気が抜けた。
一方、璃凪姫も自分の平手打ちが何故か避けられて、呆気にとられたのか静かになった。
オレと璃凪姫は、お互いに呆けた顔を相手に晒した。オレは彼女のボーっとした表情を見ているうちに心の何処からか笑いがこみ上げてきて、ついに爆笑してしまった。璃凪姫がオレを指差して爆笑したのも、ほとんど同時だった。
爆笑がおさまって、初めてまともにオレの顔を見た璃凪姫は、見る間に表情が変わった。今度は驚いたような表情をうかべると、震える声でオレに囁いた。
「お兄様?」
そこでオレは、
「オレはショウと言う。貴女の兄のことは知らない。」
と言ったのだが、璃凪姫はオレをマジマジと見ると、
「嘘。どう見てもお兄様よ。その優しいお声も。」
と言って、開放された両手で抱きついてきた。
「嫁」に抱きつかれて悪い気はしないのだが、誤解されたままでは困る。そこで、少し離れていた少彦名命に目で訴えた。
すると、少彦名命がようやく真面目な顔に戻り、近づいてきた。璃凪姫は歩んで来る父親の姿に気づいて、オレから離れて少彦名命に向き直った。
「お父様、ご健在だったのですね。良かった。」
と言うと、また涙を流した。
父は娘に、この数時間に起こった出来事を説明した。璃凪姫の表情は、話を聞きながらクルクル変化した。
「彼女の父は少彦名命の複製体で、本体がこの『海の要塞』の持ち主だった。」と聞くと、驚きを隠さず、口をあんぐり開けたままになった。「警戒のため仲間と共に海に出た彼女の兄が、大風命に幻惑されて『海の要塞』を攻撃し、その反撃により彼女の父と大風命以外は全滅した。」と聞くと、泣き出した。
最後に「彼女の父がオレに命を救われてその従者となり、共に少彦名命の本体を倒して自分が本体になった。」ことと、「彼女の父がオレに彼女を捧げると約束し、共に大風命を倒して彼女を救出した。」ことを説明されると、オレの方へ向き直って頭を下げた。
少彦名命は経緯を説明した後に、璃凪姫に尋ねた。
「お前のことを勝手に決めてしまったのは、申し訳ない。じゃが、放っておけば、お前はあのまま大風命の慰み者にされるか、命を落とすかしか無かった。」
娘は父にはっきり答えた。
「お兄様の仇である大風命のことは、そうと知る前から、姿を見るのも嫌でした。お兄様の仇を討って頂いたショウ様に、我が身を捧げたいと思います。」
だが、その後に少し言いにくそうに話を続けた。
「ですが、お兄様は本当に亡くなられたのですか?ショウ様は本当にお兄様では無いのでしょうか?その…あまりにお姿が似ているので。」
少彦名命は答えた。
「我が息子、小速波命は残念だが目の前で息絶えた。そして、その直後にショウ殿に救われたのだ。儂も初めてお会いした時には、小速波命が蘇ったのかと思ったが…。」
璃凪姫は、しばらく両手で顔を覆って嗚咽した。
やがて、璃凪姫はまだ縛られたままの両足を床に下ろして、オレの前に座った。そして、
「既に父から捧げられたこの身ですが、どうか末永くお仕えさせて下さい。」
と言って、三つ指をついて頭を下げた。
そこでオレも、
「こちらこそ宜しく。ただし、オレはこの世界の結婚の儀式を知らないまま、一方的に貴女を嫁にしてしまった。どうか謝らせて欲しい。」
と言って頭を下げた。
そして、話を続けた。
「貴女は魅力的な女性だけど、貴女にポーションを口移しで飲ませただけで、結婚したとシステムに判定されてしまった。だから、貴女が希望するなら、夫婦関係を解消しても良い。」
すると、何故か一瞬だけ、彼女が拗ねたような表情を見せたような気がした。彼女の同意無しに嫁にしてしまったのに、璃凪姫はオレとの夫婦関係を解消するのは嫌なのだろうか?それとも、それはオレの願望か?
この展開で、オレは夫らしく振る舞えば良いのだろうか?それとも、兄として接するべきなのだろうか?
しかし、幼くして両親を失ったオレにとって、「夫婦」という関係は空想のものだ。改めて考えると、AM世界やゲームの世界よりも、はるかにリアリティが無い。それに、「兄妹」ってどんな関係なんだろう?オレも現実世界では妹がいるらしいが、顔も名前も覚えていない。
今オレに分かっていることは、オレが璃凪姫を幸せにしてあげたいと思っていることだけだ。彼女がAIだろうが、プレイヤーだろうが、それは関係無い。彼女を幸せにするには、先ずは目の前の現実から…両足と首に巻かれた縄を外すことだ
そこで、彼女に何も言わずに抱き上げると、
「お兄様、いやショウ様。一体何をされるのですか?」
と顔を赤らめて言った。可愛い。
そのままベッドに降ろすと、璃凪姫は眼を閉じた。首の縄を解くために、首の周りや上半身に触れたが、今度は先程とは違ってオレにされるがままだった。両足を縛る縄を解くため足に触れると、一瞬緊張したのかビクッと強張らせたが、やはり抵抗されなかった。
こうして璃凪姫の首と足の縄を解くと、彼女は恥ずかしそうに、
「ありがとうございました。」
と小声で言った。




