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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第2章 人工意識体の世界
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2.23. 救出

 少彦名命にオレの複製体を9人作ってもらい、念のため「思考加速」で思考速度を通常の5倍にした。そして、洞窟の入り口の周りに分散して潜んだ。

 少彦名命の小人達の報告で、全ての複製体が配置に着いたことを確認すると、オレの本体の合図で一斉に襲いかかった。大風命に3人、列に並んだ残りの4人に1人ずつ、そして警備の2人の男に1人ずつ。

 本体のオレも複製体達と一緒に大風命を倒したいところだったが、大風命に幻覚を見せられるリスクがある。複製体だけなら大風命のスキルで操られても、本体に統合してしまえば良い。そう、本体さえ惑わされなければ問題無いのだ。それに今回の目的は、璃凪姫の救出だ。複製体達が大風命達に襲いかかっている間に、オレと少彦名命の本体は洞窟の中に潜入した。


 洞窟の中は真っ暗で良く見えないが、あちらこちらから水が滴る音がして、ジメジメした空気に包まれている。

 少彦名命が「アイテムボックス」から松明を取り出して、火を着けた。少し明るくなったのと目が慣れて来たため、かろうじて足元の様子が見える。それと、闇が奥へ続いているのが分かった。

 松明を手にした少彦名命に先導してもらって、手探りで100m位進むと、そこで行き止まりになった。その闇の奥底に、白い何かが見えた。少彦名命は思わず松明を取り落として叫んだ。

「璃凪姫!」

泣きながら、その白い何かを抱きしめた。

 璃凪姫の意識は無く、貫頭衣を纏って、頭には遮光器土偶のような被り物を被せられていた。その両手と両足はそれぞれ縛られて、首に巻かれた縄が岩に結びつけられている。少彦名命の複製体が報告してくれた通りだった。

 早く被り物を外して両手と両足を自由にしてあげたいが、良く見えないから、誤って切ると璃凪姫を傷つけてしまうかも知れない。そこで、璃凪姫の首から岩へ続いていたを縄だけを、槍の剣身で切った。


 そこへ、オレの複製体達がやって来た。大風命のスキルに操られずに、奇襲は成功したらしい。一瞬で大風命を倒し、他の男達を気絶させたとのことだった。

 ただし、このままでは少彦名命と話し難い。そこで、思考速度を1倍に戻すと、少彦名命に頼んで複製体を統合してもらった。

 複製体を統合すると、彼らの記憶が流入してくる。オレは大風命がどんな奴なのか気になっていたが、流入して来た複製体の記憶で大体解った。

 大風命のレベルは250で、「幻惑」のスキルがあった。このスキルの詳細は判らないが、使い方によっては危険だったと思う。


 今回の作戦は、首尾良く終わったのだ。

「璃凪姫を救出出来たのだから、帰還しよう。」

少彦名命にそう告げると、彼は頷いた。彼も既に小人の複合体を本体に統合していた。

 少彦名命がシステムを呼び出して、

「空間転移。」

と呟くと、次の瞬間には「海の要塞」の制御室に戻っていた。


 「海の要塞」に戻ったオレと少彦名命は、璃凪姫の意識を回復させようと必死だった。少彦名命がシステムからベッドを出現させるとオレが璃凪姫をそこへ横たえ、少彦名命がアイテムボックスからポーションを取り出している間にオレが璃凪姫の被り物を外した。

 こうして顕になった璃凪姫の素顔は、どこか懐かしく、見覚えのある顔だった。だが、誰に似ているのか、なかなか思い出せない。美しい顔の輪郭と目鼻立ち。オレは彼女から目が離せなくなった。

 ボーっとしていたオレに、少彦名命が嘆願した。

「璃凪姫はまだ意識がありません。このままでは危険ですが、自力でポーションを飲めません。既に主人殿に捧げた璃凪姫です。どうか早く、口移しでこのポーションを飲ませてやっていただけませんか?」

 オレは一瞬躊躇したが、慌てて頷いた。急いでポーションを口に含むと、璃凪姫の顎を引いて口を覆った。


 少彦名命の時と同じ、全回復のポーションだ。璃凪姫の身体が一瞬鈍く光って消えると、同じ場所に同じ姿勢で現れた。再び現れた璃凪姫は血色も良く、ますます美しくなった。

 また璃凪姫に見惚れているうちに、ようやく思い出した。そう、彼女は上泉梨奈に良く似ている。オレ自身が何かに操られるように勝手に手が動き、璃凪姫の頬に触れてしまいそうになった。

 その時、何処からともなく音楽が鳴った。少彦名命の仕業だろう。この要塞の制御室には音響設備もあったらしい。

「パパパパーン、パパパパーン、パパパパンパパパパンパパパパンパパパパンパパパ、パーン、パーンパ、パンパンパンパン…」

金管楽器の音が鳴り響く。

 明るい感じの曲。何処かで聞いたことがある…ドラマの結婚式で新郎新婦入場の時に流れる曲だ。ずっと後になってから、クラシック音楽好きの豊島の前で口ずさんで曲名を尋ねたら、それはメンデルスゾーンの「結婚行進曲」だと言われた。

 少彦名命に何をしているのか尋ねようとした矢先、システムから緊急メッセージがあるとの通知が来た。慌ててシステムを操作すると、メッセージにはこうあった。

「璃凪姫との御結婚、おめでとうございます。」

視界のあちこちで、花火が炸裂した。

 こうなったら、少彦名命に解答を教えてもらうしかない。にやけた顔でこちらを見ている彼に、説明を求めた。

「一体何が起こったんだ?」

「システムからのメッセージをご覧になったと思いますが、その通りですよ。」

「いや、そうではなくて、いつの間にオレと璃凪姫が結婚したことになったんだ?」

「えっ、ご存知無いんですか?」

 オレが慌てているのを見て楽しむように、少彦名命は間を置いて言った。

「この世界では、人前で男女が5秒以上接吻し続けると、正式に結婚したことになるんです。」

 オレは、

「そんなことはしていない!」

と言いかけて、口をつぐんだ。少彦名命の前で、オレは口移しで璃凪姫にポーションを飲ませたのだ。数え方次第では、10秒以上は口づけを交わしていたことになる。

 すると、オレは少彦名命の娘を、その意思も聞かずに我がものにしてしまったことになる。

「娘さんの意思も聞かずに結婚してしまって、申し訳ない。」

オレは少彦名命に頭を下げたが、彼は首を横に振った。

「とんでもない。娘を救い出せたのは主人殿のおかげですし、救い出せたら主人殿に捧げると約束しましたから。むしろ、娘の父親としては、正式な妻としていただけて安心した次第でして…。」

 そういえば、口移しでポーションを飲ませろと言ったのは少彦名命本人だった。とすると、オレは少彦名命の策略に嵌められたのだろうか?しかし、結婚が父の少彦名命の策略だったとしても、璃凪姫本人は目覚めた後にどう思うだろう?それに、オレはムーコと遊ぶつもりでこの「神々の記憶」にログインしたのだ。ムーコにヘソを曲げられるのも不本意だ。

 そんなことをぼんやり考えて、オレは逡巡しつつ答えた。

「そうなのか…。」

すると、少彦名命は残念そうに言った。

「お気に召しませんか?それなら、残念ですが離婚なさいますか?」

 そこで、さらに考えた。もう結婚してしまったのだ。離婚しても、璃凪姫を傷つけたことには違いないし、ムーコがヘソを曲げるのも変わらないだろう。だがそれ以上に、どうにもオレにとって璃凪姫のような女性がタイプらしい。ゲームの中とは言え、離婚するなんて嫌だ。

 オレは、素直に自分の意思を表明した。

「こんな美しい女性と離婚するなんて、オレには考えられない。」

オレの言葉を聞いた少彦名命は、ホッとした表情で静かに言った。

「それでは、末永く娘をお願いします。主人殿、…いや婿殿。」

そして、少彦名命は頭を下げた。


 その直後、後ろから女性の声がした。

「ううっ…。」

璃凪姫が目覚めたようだ。慌てて後ろを振り返ると、ベッドから上半身を起こした璃凪姫がいた。両手と両足を縛られて、着衣は貫頭衣一枚のみで身体のラインが露わな彼女の艶めかしい姿に、息を呑んだ。


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