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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第2章 人工意識体の世界
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2.22. 大風命

 オレは集落の人間では無いが、もうこれ以上、藻原彦の話を聞いていたくない。彼らの会話に口を挟んだ。

「お前ら集落の奴らの決まりごとなど、オレには関係無いが、お前らのやっていることは凄えムカつく。」

藻原彦は馬鹿にしたように、オレを睨みつけて言った。

「お前は村長の奴隷だろ。黙っていろ。」

 オレは怒りがこみ上げてきたが、オレの感情が沸騰する前に、少彦名命が冷静に言い放った。

「主人殿は私よりもはるかに強い。それに、娘は既に主人殿に捧げた。それに手を出すとは。…お前達はどうなるのか分かっているのだろうな?」

 すると、藻原彦は青ざめて言った。

「神である村長よりもはるかに強い?村長の主人だと?…いや確かに。村長と副村長以外では最強の我々ですら、3人掛かりで手も足も出なかった。我らの村はこの2人の不興をかって、滅ぼされてしまうのか?村長が娘の仕返しに来ても、何とかするって副村長の大風命は言っていたが、この男までいたら集落全員でも絶対勝てないだろう…。」

もうこれ以上、藻原彦と話すことはない。彼に一撃を加えて気を失わせると、少彦名命と共に3人の男を別々の木に括り付けた。

 そして、少彦名命を振り返って、

「オレ達が出会った時に貴方が飲んだポーションは、まだあるのか?」

と尋ねると、少彦名命は、

「まだ、3本あります。」

と答えた。そこでオレは、少彦名命に

「念のため、無限複製のスキルで10本に増やしておいてくれ。」

と頼むと、彼は頷きシステムを操作した。それを見て、

「時間が無さそうだ。牢獄へ急ごう。」

と促した。


 走りながら、オレは少彦名命に尋ねた。

「さっきは、オレは貴方よりはるかに強いだなんて藻原彦に言ってたけど、本当にそう思っているのか?」

「もちろん、そうです。」

「でも、無限複製を使って『無限』に増えれば、オレよりもずっと強いのでは?」

「ハハハ。そんなに増えることが出来れば、主人殿に勝てるかも知れませんね。でも、それは無理です。」

「『無限複製』なのに?」

「材料が必要なんですよ。ポーションを増やすならポーションの材料が、人を増やすなら人の材料が。」

「ポーションの材料ならイメージ出来るけど、人の材料って何だ?」

「生き物の体ですね。人でも獣でも魚でも。特に魚は『海の要塞』が補給してくれるので、調達しやすいんです。それをアイテムボックスに蓄えて『無限複製』で使うんですが、アイテムボックスに蓄えておける魚の量には限界があるので、一度に20人位が限界なんです。」

「でも、オレ達と戦った少彦名命本体は、最大で50人位に増えたぞ?」

「それは、彼の持ち物だった『海の要塞』の中にいたからです。『海の要塞』からの連続的な補給で、3回くらい『無限複製』を繰り返したのでしょう。」

 走りながらでも、少彦名命の息は切れない。前方に陽光が射している。もう少しで密林を出る。


 陽光の中で、少彦名命はオレに尋ねた。

「50人の私と戦って、主人殿に勝てる自信はありますか?」

オレと少彦名命では武技のレベルが違う。いくら沢山の人数に囲まれても、同時に戦うのはせいぜい数人だ。「思考加速」を使わなくても、オレの体力が尽きなければ、何人の少彦名命に囲まれても負けるとは思えない。

 そこでオレが頷くと、少彦名命は、

「私もそう思います。だから、娘の救出、頼りにしております。」

と言って頭を下げた。


 密林を抜けると、そこは海に面した崖の上だった。監獄は、眼下の岩に穿たれた洞窟の奥にあるらしい。洞窟の入り口を2人の男が警備し、さらに彼らの前に5人の男が既に並んでいた。

 雨は止んだが、時折強い風が吹いて背の高い草がたなびく。オレ達は、その草に隠れて、洞窟の入り口の様子を伺っていた。

 まだ陽が落ちるには間があるが、西の空に傾いていた。璃凪姫に次の危機が訪れるまで、残された時間は少ない。

 少彦名命は小声で、しかし強い口調で言った。

「5人の男達の先頭にいるのが大風命です。」

それは、30歳位の小太りの男だった。どう見ても、敵役のモブだ。

 オレの表情に侮蔑の色が出たのかも知れない。大風命を侮りかけたオレを、少彦名命がたしなめて言った。

「あれでも、分身体の頃の私と同じくらいのレベルで、何らかの『奇跡の力』を持っているらしいのです。」

 それでは無闇に突っ込むと、返り討ちにされるかも知れない。でも、こうしている間にも、大風命が陽が落ちるのを待たずに監獄に入ってしまうかも知れない。どうしよう?


 そこで、オレは戦略を立てた。


 まず、少彦名命に自身の小人の複製体を10人作らせて、大風命と監獄を偵察させた。15分くらいすると、小人達は首尾よく帰還した。警備の男達も大風命達も、誰一人として小人達の偵察に気付いた者はいなかったそうだ。偵察は成功だ。

 しかし、小人達は口々に怒りの声を上げた。

 璃凪姫は両手両足を縛られて、監獄の中で横たわっているらしい。無残にも、その両手は火傷で爛れ、両足も強く縛られたため変色しているそうだ。それに、盟神探湯で「邪」とされたため、頭には魔除けの被り物を被せられているらしい。

 また小人達は、大風命は幻覚を見せることが出来る、という情報も仕入れてきた。

 大風命が隣の男に、

「上手く行ったぜ。あの村長のバカ息子に、舟が大挙してやって来てこちらの船団に襲いかかる幻覚を見せたら、まんまとおかしくなってあの通りさ。」

と言うのを聞いたそうだ。それを話した小人も、それを聞いている少彦名命の本体も、怒りで顔を赤くしながら涙を流した。

 さらに別な小人が地団駄を踏みながら、少彦名命本体に向かって言った。

「あの男は、まだ悪事を働くつもりだぞ。とても許せない。」

 少彦名命本体がその先を促すと、大風命の話は、こう続いたそうだ。

「明日の朝日が昇る前に幻覚で集落の連中を欺いて、璃凪姫を死んだように見せるつもりだ。そうしておいて璃凪姫を拉致して、俺の奴隷にして可愛がってやる。美形で初心い生娘だ。それに、神の子ときている。きっと良い俺の子供を産んでくれるだろうて。」

と他の男に語っていたとのことだ。少彦名命は、最早「閻魔様」と呼ぶべき形相になっていた。

 大風命のスキルである「幻覚を見せる力」は、放置しておくのは危険だ。それに、村長の息子と娘を罠にかけるのは、集落の者としては反逆行為だろう。いや、そんな裏切り行為は人として許せない。大風命がたとえプレイヤーだったとしてもだ。オレ自身も、顔が怒りで赤くなって来るのを感じた。

 そこで、少彦名命に問いかけた。

「副村長の大風命は、村長である貴方に対して反逆していると思う。その貴方の主人であるオレとしては、大風命にはこの際消えてもらおうと思う。村長として依存はあるか?」

「閻魔様」の表情を辛うじて消した少彦名命は、オレの方を向いて答えた。

「主人殿の言われたこと、ごもっともです。依存はありません。」


 それなら、奇襲による速攻あるのみだ。オレも腹を括った。


毎週頑張って投稿しているうちに、気がつけば40話を超えていました。

そこで、きりが良いところで、後書きに登場人物を紹介するようにしたいと思います。

まずは、「プロローグ」の最終話に、そこまでの登場人物紹介を書きました。


次話もお読みいただけると幸いです。

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