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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第2章 人工意識体の世界
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2.21. 盟神探湯(くがたち)

 少彦名命は「空間転移(限定)」のスキルについて、説明を始めた。

「『空間転移』は名前の通り、ある場所から別の場所へ瞬間的に移動するスキルです。ですが、私の空間転移能力には制約があります。」

そう言い終えると、システムを操作し始める。

 やがて、地図上のクジラのキャラクターの周りに青の円が、その外側に赤の円が示された。

「このスキルは、この『海の要塞』と密接な関係があります。ここへは、どこからでも瞬間移動で戻って来れます。ですが、ここから行けるのは、この赤と青の同心円の間の領域の内の中だけです。」

今、赤の円内には陸地は無い。すると、ここから少彦名命の「空間転移(限定)」で行けるのは海の中だけ、っていうことか…。

 そこで、オレは少彦名命に尋ねた。

「今、このクジラはどこへ向かっているんだ?」

すると少彦名命はニンマリして答えた。

「私が海の要塞をコントロール出来るようになってから、私の集落へ向かって移動させ続けています。以前の本体は、慎重を期して、私の集落から離れるように移動させていたようですが…。」

 そう言えば、最初にフライングシャークに襲われた時、突然通路が大きく動いてフライングシャークが自爆したことを思い出した。多分あの時、クジラの進行方向が大きく変えられたのだろう。それに、陸地から離れていたから、少彦名命の本体は追い詰められても「空間転移(限定)」のスキルで逃げられなかったのだろう。

 そうすると、少彦名命の考えはわかった。このクジラを陸に近づけて、空間転移で上陸するつもりなのだろう。だとすれば、気になることがある。オレは少彦名命に尋ねた。

「そうすると、あとどれ位の時間で上陸できるんだ?それと、オレと少彦名命が上陸している間、このクジラはどうする?」

「この海の要塞は高速なので、あと10分位すると空間転移で上陸可能になります。私達が上陸している間は、要塞に陸から離れて回遊するように、自動設定しておくつもりです。」

「あと10分か。コーヒーを飲み終えるには丁度良い時間だ。」


 その短い時間に、オレは少彦名命の娘について尋ねた。

「貴方の娘さんは、どんな女性なんだ?」

「名前は璃凪姫(りなひめ)です。海が凪いで煌めく星を映すような、美しい娘になって欲しいと思って名付けました。」

「それで年齢は?」

「17歳です。今回亡くなった息子が兄で、その妹です。」

「オレの責任では無いが、息子さんのことは残念だったな。」

「その言葉は、ありがたく頂きます。ところで、主人殿のご年齢は?」

 オレは少し首を傾げた。神々の記憶に、プレイヤーの年齢設定なんてあっただろうか?システムの設定を探すと、あった。オレは実年齢そのまんま、20歳の設定だった。その辺は適当に設定したから、すっかり忘れていた。

 そこで、オレの年齢を告げると、少彦名命は泣き出した。どうしたのか尋ねると、

「亡くなった息子と同じ歳なので…。」

ということだった。


 そんな話をしている内に、地図の赤い円内に陸地が入ってきた。オレがコーヒーカップとケーキ皿を片付けるように少彦名命に告げると、ソファーテーブルごと消滅した。そう言えば、先程鰻丼が入っていた重箱も、ダイニングセットと共に、既に消えていた。


 さあ、出撃だ。事情はともかく、まだ見ぬ少彦名命の集落や娘、それにこれから始まる冒険に胸が高なった。少彦名命に、

「いつでも転移して良い。」

と告げると、彼はシステムを呼び出し小声で呟いた。

「空間転移。」


 オレと少彦名命は、密林の中にいた。でも、波の音が近い。海からそう離れていないのだろう。それと、ポツポツ、冷たい水が上から落ちてくる。雨だ。きっと、クジラに飲み込まれる前に見えた雲の塊が、丁度頭上に来ているのだろう。

「さて、これからどうする?」

オレが少彦名命に尋ねると、

「先ずは、娘がどうなっているのか知りたいです。私の家に行きましょう。」

 少彦名命は密林を敏捷に駆ける。あの海の要塞の中とは大違いだ。オレも遅れないように、後を追った。やがて、木々の間から集落が見えて来た。20軒ほど見えるほとんどの家は、竪穴式住居だ。

 少彦名命の足が止まった。そして、オレの方を向いて、真剣な顔で訴えた。

「ここからは慎重に行きましょう。それと、お願いがあります。ここから先は集落の者と鉢合わせになったり、攻撃されることもあるかもしれませんが、なるべく殺さないで欲しいのです。娘が害されていたとしても、悪いのは私なのですから。」

オレは、少彦名命の心情を思うと気の毒に感じたので、訴えを認めて頷いた。

 そこからは、音を立てないようにゆっくり進んだ。どこへ向かって進んでいるのかオレには分からないが、少彦名命の後ろを付いて行く。


 すると、突然、何かが上から襲いかかってきた。少彦名命が危ない。オレは少彦名命を、襲いかかってきた何かから離れるように突き飛ばすと、攻撃して来た何かに対して構えた。

 それは、槍を抱えた3人の男達だった。彼らは何かの毛皮を被っていたため、最初は動物ともモンスターとも、見分けがつかなかったのだ。相手が人間だと厄介だ。対応を誤ると、仲間を呼ばれてしまうかも知れない。そうなったら、集落の人達に、少彦名命が潜入しようとしていることがバレてしまう。

 オレは無刀取りの技で2人の男を気絶させ、残りの1人に奪った槍を突き付けて言った。

「静かにしないと殺す。」

 その後ろで、少彦名命が彼等の持っていた縄で、彼等を縛りあげた。その姿を見た男が、低く唸るように言った。

「村長、お前のせいで、多くの仲間たちが死んだんだぞ!唯一戻って来た大風命(おおかぜのみこと)が言ってたぞ。お前は生き残っていやがったのか。」

 それを聞いた少彦名命は、一瞬、悲しそうな表情を見せた。しかし、直ぐに何事も無かったかのように、平然とした表情で彼に答えた。

「私の責任であることは免れないだろう。だが、集落のために良かれと思って行動して来た。それに私も息子を失った。責任を全うしたい気持ちはあるが、少なくとも娘には罪は無い。」

 そして少彦名命は、今の彼にとって一番重要なことを、男に尋ねた。

藻原彦(もばらひこ)よ、私の娘『璃凪姫』はどうなっている?」

「村長、こんな時どうなるか、あんたが一番良く知っているだろう。あんたら親子が集落の男達に害をもたらしたのだろうと問い詰めたら、あの娘は否定したんだ。だから、盟神探湯(くがたち)をした。」

 盟神探湯とは、熱湯に手を突っ込ませて、火傷をすれば邪、火傷をしなければ正とする、神明裁判(しんめいさいばん)のことだ。当たり前だが、普通は被疑者が火傷を負って、邪とされることになる。

 少彦名命は先を促した。

「もちろん、あの娘は手を大火傷して牢獄に入った。あの娘に罪があると神に認められたのだから、陽が落ちたら誰でも好きに罰を与えて良いことになっている。そうしたい男どもが、もう牢獄の前で列を成して待っているぞ。」

藻原彦と呼ばれた男は下卑た笑いを浮かべ、少彦名命をからかうように話を続けた。

「その列を崩してはいけないことは、掟で決められている。そして、明日の朝日が昇ると、罪人が崖から突き落とされるのも掟だ。村長はよくご存知だろうが?」


 少彦名命の顔が怒りで歪んだ。


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