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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第1章 プロローグ
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1.4. 初めての実験

 「睡眠学習装置(仮)」にオレの記憶と意識を書き込むためには、何度か装置を装着して眠る必要があるそうだ。その最初の実験の日、約束通り午後11時に時宮研究室を訪れると、時宮准教授と高木さん、それに校医の二階堂先生が待っていた。オレの後ろからついて来たのは約二名。妹の里奈と後輩の平山美夢だ。

 結局、里奈は自身も実験に立ち会うという条件で、オレが被験者になる事を許してくれた。しかし、実験はいつも深夜から始まるし、そんな時間に里奈を大学から帰宅せるのは危険だ。そこで時宮准教授に相談すると、高木さん専用の仮眠室として確保した実験室の隣の鍵付きの部屋で、里奈が高木さんと一緒に寝泊まりする事を許可してくれた。だから、今日はお泊まりセットも持ってきている。

 平山美夢は大学では一年後輩だが、同じ()()()()()()で働くアルバイトの同僚でもある。


 三月末日の二年生への進級直前に、特待生継続の申請書を教務係に提出すると、顔見知りの大学職員から声をかけられた。

「来週の新入生のオリエンテーションで、サポートしてくれる学生を探しているんだよね。」

「はあ。」

「君なら二年生で新入生とは歳も近いし、良いと思うんだけど?」

「でも、オレはバイトで生活費を稼がないと…。」

「知ってるよ。妹さんの学費もだよね。でも、これはボランティアじゃ無くてアルバイトだよ。」

「時給はいくらですか?」

「そこそこだけど、特待生継続にもアピールするし、新入生に可愛い娘がいれば声かけ放題だしさ。」

 そこに別な職員が出てきて、話をしていた職員の頭を書類の束で軽く叩き、少し怒って言った。

「真面目な学生にそういう事を言わないの。」

そしてオレに向き直ってジッと顔を見ると、紙とボールペンを差し向けた。

「君は、この書類に記入する。」

成り行きで、新入生のオリエンテーションに先輩サポーターとして参加する事になってしまった。見知らぬ人達と交流するのは苦手なのだが。


 オリエンテーションは、最初に講義室で学科長の三島教授からシラバスや履修のやり方等の説明があり、その後、キャンパス内の主要施設を案内する流れで進行された。サポーターの仕事は、資料配布と施設案内時の新入生の誘導だ。これなら問題無いと、胸を撫で下ろした。最後に、新入生を満開の桜の下に並ばせて、集合写真を撮った。春の暖かい陽射しの中、時折少し強い風が吹いて淡いピンクの花びらが舞う。

 すっかりリラックスしていると、そのまま新入生とサポーターの交流会をする事になった。嫌な展開になったと思ったオレは、サポーターの群に埋没してやり過ごそうとした。しかし、他のサポーター達は新入生の輪に次々と入って行き、ポツンと取り残されてしまった。居心地が悪い。

 ぼんやりと彼等を眺めていると、新入生の一群から少し距離をおいて、居心地悪そうに見える娘がいた。

「オレと同じか…」

と独り言ちしたが、やがて彼女は真っ直ぐにこちらに向かって来た。ヤバイ、心拍数が上昇してきた。かなり近くまで来て止まった。話しかけないでくれと内心叫ぶが、遂に沈黙は破られた。

「桜井祥太先輩ですよね。私は平山美夢と申します。ムーコと呼んでください。」

 その意外な言葉に対する驚きが、ピークに達した緊張感を粉々に打ち砕いた。オレはこんな娘は知らないぞ。

「なんでオレの名前を知ってるの?」

「私も五峯高校の出身ですので。先輩が陸上部だった事も、高校生の頃からプロのプログラマーだった事も、もちろん知ってます。あっ、これダジャレじゃありませんので。」

笑顔で返された。

「プロだなんて。良いバイト先に恵まれて、色々教えてもらえただけだよ。」

「そこでです。私も情報工学科の学生になったので、学んだ事を実践できる良いバイト先を紹介してもらえたら嬉しいです。」

 そこで、オレが働いているのは()()()()()()で、他では働いた事がないので良く分からないと言うと、彼女もそこで働きたいと言う。そこで、オレの上司で当時はプロジェクトリーダーになっていた加賀さんに相談すると、ムーコを連れてくる様に言われた。 

 そして、気付くと同じプロジェクトのメンバーに加わっていた。ただし、何故かプログラマーではなく、デザイナーのメンバーとしてではあったが。当時のオレはコミュ障で特に女性との会話が苦手だったが、同じプロジェクトで一緒に働いているうちに、夏休み前には友人として普通に色々な話ができる様になっていた。


 今日も大学の講義終了後に()()()()()()へ行くと、ムーコも来ていた。休憩中の雑談で、時宮研究室の実験について話したら、是非見学したいと言って来たのだった。まさか、こんな遅い時間に本当に来るとは思わなかった。しかし、実験後のもっと遅い時間に一人でムーコを帰宅させるのは不安だ。彼女も里奈と一緒に泊めてもらえるように、時宮準教授と高木さんに頼み込んで、了解してもらった。


 里奈とムーコに自己紹介をさせた後、時宮准教授の実験室に案内された。初めて目にする「睡眠学習装置(仮)」は意外に大きく、配線や配管が剥き出しで手作り感満載の実験装置だった。

 時宮准教授の説明によると、外部からの電磁波を遮断するためのシェルの中に被験者が寝るベッドが設置され、微弱電磁波、赤外線、磁化ベクトルなどの解析装置、人体内の情報伝達系を模擬した量子アニーリング/イジング回路、制御/情報処理するコンピュータークラスターなんかで構成されているらしい。見た目はサイバーパンクな怪しげな装置に見えるが、時宮准教授の説明の通りなら凄い装置なのだろう。


 里奈とムーコが離れて見守る中、時宮准教授の指示で高木さんが操作していく。オレは指示通り、別室で睡眠学習装置専用の全身を覆う()()()に着替えて、ヘッドギア、グローブを着用後、二階堂先生から受け取った睡眠導入剤を飲み、シェル内のベッドに横になった。少しひんやりして、残暑の中を歩いて来たためまだ火照った身体に気持ち良い。

 高木さんが最終チェックのためオレの顔に近づくと、シャンプーの良い香りがした。その香りの中、里奈の不安そうな顔が視界の片隅に残ったまま意識が無くなった。脳波の波形でオレが眠った事を確認した後、シェルを閉じて、実験が開始されたはずだ。

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