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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第2章 人工意識体の世界
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2.19. 少彦名命の記憶

 広い空間に残ったのは、オレと少彦名命、それに我々の複製体だけになった。

 オレは少彦名命に複製体を本体に統合するように言ったが、少彦名命はキョトンとしている。そうだ、オレの思考速度はまだ5倍のままだ。だから、オレは今、「神々の記憶」の許す限り早口で喋ってしまったのだろう。

 このままでは、少彦名命と普通に会話出来ないので、思考速度を戻すことにした。心の中で、

‘set quantumcomputertime 1’

とイメージすると、エラーは返って来ない。

 再び、複製体を本体に統合するように頼むと、少彦名命は頷いた。そして間も無く、オレと少彦名命の本体だけが残された。

 それにしても、不思議な空間だ。高いドーム型の天井自体が発光して、空間全体の照明になっている。それに、通路ではクジラの体の中を感じさせるように揺れていたのだが、この空間の中では揺れず快適だ。


 オレが辺りを見まわしていると、少彦名命が声をかけて来た。

「主人殿、お話しがあります。」

オレは頷いて、話しを続けるように促した。しかし、少彦名命の話は、オレを驚かせた。

「主人殿は、先程、私と良く似た者を倒されました。それで分かったのですが、実は彼が私の本体で、主人殿と主従契約をしたこの私が複製体だったのです。」

 オレは思わず、少彦名命に対して身構えた。少彦名命は慌てて言葉を続けた。

「ですから、私は主人殿の従者です。ステータスをご確認ください。」

そこで少彦名命のステータスを見ると、確かに彼はオレと主従契約を結んだ従者となっている。

 しかし、そのレベルは1250。先程までとはまるで違う。

「確かに、貴方はオレの従者の少彦名命だが、凄まじくレベルが上がった。」

「そうなのです。主人殿が少彦名命の本体を倒した結果、その従者の私が本体になったようです。そして、今までの私自身の記憶に少彦名命本体の記憶が加えられ、スキルも本体のものを受け継いだようなのです。」

 オレは彼のステータスを開いたまま、「スキル」の項目を確認した。先程まで「奇跡の力」の項目には「無限複製」と表示されていたのだが、今では「無限複製(設定調整可)」に置き換えられている。さらに、「海の要塞」と「空間転移(限定)」が追加されていた。「海の要塞」って、このクジラのことなのだろうか?それに、「空間転移(限定)」ってどんなスキルなんだろう?

 そこでオレは、少彦名命に言った。

「それでは、少彦名命本体として、何が起こったのか説明してもらえるだろうか?」

すると、少彦名命は少し困惑して答えた。

「実は私も、急に本体の情報が頭に入って来て、まだ混乱しております。だから、その情報を順序立てて話してみたいと思います。」

 オレが頷くと、少彦名命は話を続けた。

「この巨大なクジラは、少彦名命本体が所有する『海の要塞』なのです。少彦名命の本体は、いつもこれに乗って、海を旅しておりました。そして、海の民の各集落に1人ずつ、複製体を統率者として配置しました。複製体だった私も、その1人だったのです」

「『海の要塞』って、『奇跡の力』のスキルの一つとしてリストにあった、あれなのか?」

「そうです。この『海の要塞』は、少彦名命本体のスキルの一つとして、実体化しているのです。」

「すると、フライングシャークが出て来たダンジョンは、一体何なのだ?」

「あれは『海の要塞』の通路で、フライングシャークはその自己防衛システムです。」

「その『海の要塞』は、貴方の…少彦名命の物では無いのか?」

「正確には、『少彦名命本体』の物なのです。以前の私、『少彦名命の複製体』の物では無いのです。だから、フライングシャークに襲われてしまったのです。」

「でも、なぜ少彦名命本体が、複製体だった貴方を襲ったりしたんだ?」

「それはですね、少彦名命本体の記憶によると、事故だったみたいです。」

「事故って?」

その後、少彦名命が話してくれたのは、無意味な同士討ちの話だった。


 2時間位前に、丸木舟が一艘、忽然と海上に現れた。…オレのことだ。そこで、少彦名命本体は丸木舟の下に海の要塞…この巨大クジラのことだが…を移動させて、警戒しつつ様子を伺っていたのだ。

 その丸木舟を見つけた海の民は、偵察隊を出したようだ。その中には、少彦名命の複製体の姿もあった。彼らは徐々に、丸木舟との距離を縮めた。少彦名命本体は、固唾を飲んで、海の中からその様子を見ていたのだ。

 やがて、海の要塞は飛来した槍で傷付けられた。しかし、槍は丸木舟からではなく、味方のハズの海の民から投げられたのだった。…実は、海の民は丸木舟に乗ったオレを攻撃したつもりだったのだが、結果的に彼らが海の要塞を攻撃したことは間違い無い。

 海の要塞のダメージはとても小さかったのだが、少彦名命本体の心理的なダメージは大きかった。本体は逆上して、海の民もオレも関係無く、海上にいた全ての者に対して無差別に反撃した。

 その結果、最初に襲われたのは少彦名命の複製体とその仲間だった。でも、複製体には本体の事情など知らない。それどころか、本体から分離した時の記憶も無く、海の民の統括者の1人として集落に据えられたのだ。

 複製体には、村長として集落の者達を守り、家族と共に暮らして来た記憶しか無い。その大切な息子と仲間を失い、自分も殺されそうになった。

 そして、このままでは1人残された娘も、父である複製体の責任を背負って集落の人達に殺されてしまう。何としても生きて帰り、娘だけでも救わなければ。複製体はそう思った。そのためなら、正体不明の男…それはオレのことだが…の従者になることも厭わない。

 一方、本体は訝しんだ。この海の要塞で攻撃したからには、生きて制御室…この明るい空間のことだ…にたどり着ける者などいるはずが無い。防衛用のフライングシャークの群れを、小人の複製体で狂乱状態にして、通路に放出したのだから。それに、制御室の扉は少彦名命以外には開けない。ところが、フライングシャークを壊滅させて制御室に現れた者がいた。それも2人。

 1人は自分の複製体だ。複製体だから扉を開くことができたのだ。その複製体が、正体不明の男の従者になっている。それも、少彦名命の「奇跡の力」である「無限複製」を使い複製体を作って、フライングシャークの群れに対抗したのだ。

 扉を開けた2人に向けて、さらにフライングシャークを差し向けたが、これも不発に終わった。それでも、本体はまだ落ち着いていた。それは、複製体には付与していない上位スキル「無限複製(設定調整可)」により、小人の複製体を作り出せるからだ。

 小人の複製体は、その素早さ故に、これまで彼が出会った誰にもその存在に気付かれることは無かった。相手が敵ならば、そのまま退けて来た。たとえ相手が「神」であってもだ。

 ところが、この正体不明の男は小人の複製体に気付いて、次々と倒し始めた。慌てている内に本体は倒され、その記憶は本体を襲った複製体…つまりオレの従者の少彦名命…のものになった。


 …と言うことだった。


 さて、この後どうするか?さしあたり、やるべきことは2つある。1つはログアウトして、ムーコに「神々の記憶」の世界のどこにいるのかを教えてもらうこと。もう1つは、少彦名命の複製体の集落へ行き、彼の娘を救うことだ。

 システムを呼び出すと、メニューに「ログアウト」があった。戦闘状態でなければ、ここでログアウト出来るということだろう。

 ついでに、オレのレベルを確認すると875。レベルの上がり方が凄まじくて驚いたが、神を倒したのだ。当然の結果なのかもしれない。

 それに、オレにもスキルに「奇跡の力」の項目ができて、「思考加速」が表示されていた。これも、プレイヤー自身が発揮した能力が「スキル」に登録されるのでは、と推測した通りだ。「思考加速」がスキルになったので、これからは「睡眠学習装置(仮)」を制御するコンピュータの助けが無くても思考速度を加速できるだろう。


 ログイン後に色々なことが起きたが、まだ2時間くらいしか経っていない。ムーコも、まだログアウトしていないのではないか?それに、少彦名命との約束もある。だから、彼の娘を先に救いに行くことにした。


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