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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第2章 人工意識体の世界
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2.18. 小人と巨人

 仄暗い通路の途中に、巨大な扉があった。雰囲気としては、ボス部屋の入り口といった趣きだ。

 だが、少彦名命が不思議な言葉を呟いた。

「主人殿よ、私はこの扉を知っているような気がします。ここに来たことは無いと思うのですが…。」

 人では無く「神」がそう言うのだ。その言葉には、何か重大な意味が隠されているに違いない。


 それでも、扉を開けないと前には進めない。でも、どうすればこの巨大な扉が開くのか? 押しても引いてもびくともしない。

 ふと、扉に手形があることに気付いた。そうか、ここに手を重ねれば良いのか。そう思って手形の上に両手を載せてみたが、変化は無い。どうしたら良いのだろう?そこで、神である少彦名命の言葉を思い出した。

「この扉を知っているような気がします。」

彼なら、この扉を開けられるかも知れない。

 そこで、少彦名命に両手を手形の上に載せるように命じた。彼の手が手形に重なると、音も無くゆっくり扉が開いた。そこには、仄暗い通路に慣れたオレの目には眩しい、明るくて広大な空間が広がっていた。


 だが、またしてもフライングシャークの群れがオレ達の方へ向かって来た。まだ目が慣れないが、是非も無い。襲われるのを覚悟して身構えたが、フライングシャークはオレ達をスルーして、開いた扉から出て行った。

 オレは一瞬気が抜けたが、嫌な予感がした。何かがおかしい。そこで、少彦名命の能力を使って、オレと少彦名命の複製体をそれぞれ10人出現させて警戒した。


 すると次の瞬間、悲鳴と血飛沫が飛んで来た。オレと少彦名命の複製体が、攻撃されたようだ。

 オレも少彦名命も、今のところは本体は無事だ。しかし、敵が何者なのか?どんな攻撃を受けているのか?そんなことさえ全く解らない。何も出来ないまま、一方的に複製体が次々と血祭りにあげられていく。オレの本体、すなわちオレ自身が襲われるのも、時間の問題だろう。

 このまま死んで、また強制ログアウトされてしまうのだろうか?今回はムーコも一緒にログインして、ミュウとして「神々の記憶」の何処かにいるはずなのだ。オレだけ強制ログアウトなんて、絶対に嫌だ。何か方法があるあるはずだ。考えろ、オレ。


 必死に活路を模索しているうちに、何故か、あの真っ暗な空間にあったコンソールを思い出した。あそこで、

‘set quantumcomputertime 50’

と入力できれば、現実の時間の50倍でオレが思考するように、神経回路に相当する量子コンピュータが動作する。

 今ここで思考を加速できれば、良い考えが浮かぶかも知れない。だが、ここにはあのコンソールは無い。心の中に浮かんだコンソールのイメージを打ち消そうとした。

 ところが、心の中に浮かんだコンソールのイメージに、

「permission denied (権限がありません)」

と応答があった。これはもしかすると、「睡眠学習装置(仮)」を制御するコンピュータからの応答なのか?

 オレの心の中への問いかけは、現実世界の「睡眠学習装置(仮)」の中に記録された量子状態から、仮想的に構築された神経回路で処理されている。それは、「睡眠学習装置(仮)」をコントロールするコンピュータにより制御されているが、逆にオレの心はそのコンピュータに干渉できるハズだ。それが、「睡眠学習装置(仮)」のシステムで決められたコンソールからでは無くてもだ。

 こうしている間にも、なすすべ無く、周囲にいる複製体が血まみれになって行く。「睡眠学習装置(仮)」を制御するコンピュータからの応答が感じられたことに一縷の望みをかけて、動作速度の設定を20倍、10倍と下げて行く。その度に、システムから

「permission denied (権限がありません)」

と応答されたイメージがあるが、何も変化は起こらない。

 ついに目の前にいる少彦名命本体の頬から血が流れた時、オレの心の中での入力

‘set quantumcomputertime 5’

に対して、エラーメッセージは返って来なかった。

 

 すると突然、猛スピードで飛び回る虫のようなものが、たくさん飛んでいるのが見えた。それらが、オレ達を攻撃していたのだ。そこで、槍を構えると、六合大槍の技で打ち払おうとした。

 しかし、オレ自身の動きが、とても遅く感じられる。「睡眠学習装置(仮)」のシステムで高速化出来るのは、オレの思考速度だ。オレの動作には、「神々の記憶」のシステムでリミッターがかけられているのだろう。それでも、修行で身につけた効率的な動作のおかげで、「虫」を叩いたり斬ったりすることは出来た。

 オレの複製体達も、同じように「虫」が見えるようになったらしい。彼らも「虫」を攻撃し始めると、その数は徐々に減り始めた。

 少し余裕の出来たオレは、撃ち落として消滅する前の「虫」を手にとって見た。しかし、それは虫では無かった。身長10cmに満たない小人だ。そして小人は、何と、少彦名命と同じ顔をしていた。少彦名命の小人は、間も無く淡い光を発して消滅した。

 ギョッとしたオレは、少彦名命の顔を再確認しようと辺りを見回した。すると、少し離れた所に人影が見えた。眼を凝らしてその人物を見ると、それは壮年の男だった。そしてその顔は、少彦名命に良く似ていた…いや、少彦名命そのものだったのだ。


 しばらく、呆気にとられて彼を見ているうちに、彼もこちらを見た。彼はオレの視線に気づくと、とてもゆっくりオレに語りかけた。いや、オレの思考が5倍速になっているから、彼の話す速度を遅く感じたのだろう。

「気付かれてしまったようだな。儂が少彦名命じゃ。」

 彼の言うことは奇妙だ。オレの近くにいる少彦名命は、主従契約をしてシステムから名前を確認した、正真正銘の少彦名命だ。オレを混乱させるために、何かのスキルを使って少彦名命に容姿を似せて、成りすましているのだろうか?

 そう思ったオレは、一文字ずつ絞り出すようにゆっくり話して、彼に答えた。

「でも、少彦名命はココに居るし、彼はオレの従者だ。」

すると、彼はオレの言葉を理解出来たらしい。

「なるほど。まだ分からないようじゃな。では、これならどうじや?」

 彼の言葉が聞こえた直後、彼とオレたちの間に、身長4m位近い巨人が20人位現れた。彼らの顔は、皆、少彦名命だった。巨人達は出現と同時に、オレと少彦名の複製体達を攻撃し始めた。

 彼らが出現した直後の攻撃で、少彦名命の複製体が2人消滅した。殺されてしまったのだろう。しかし、巨人達は力はあるようだが、少彦名命の複製体と比べても圧倒的にスピードが遅い。

 すぐさま、巨人は少彦名命の複製体に逆襲された。やがて、1人、2人と倒されて、少彦名命によく似た男の方へジリジリ後退していく。すると、小人が巨人を救うために少彦名命の複製体達を血まみれにする。そこに、オレの複製体が小人に襲いかかり、少彦名命の複製体を救出するという展開になった。


 少彦名命に良く似た男のスキルは、単に複製するのではなく大きさも変えられるようだ。それ自体は、オレの従者になった少彦名命の上位互換に思えて、素晴らしい能力だ。しかしこの展開になると、あまり戦いには役立たないのでは、と思い始めた。

 「神々の記憶」は、現実の物理現象を比較的忠実に反映している。頭脳工房創界でリアライズエンジンを開発した際にテスト対象としたのは、そのためだった。しかし、それは時にファンタジーをぶち壊してしまうのかも知れないと思った。敵である小人と巨人を見ていて、大学の工学基礎の授業で聞いた、譬え話を思い出したのだ。

 身長が常人の2倍ある巨人がいるとすれば、体重は8倍になる。骨や筋肉の断面積は4倍となるから、じっとしていても同じ断面積に対して2倍の力が加わる。そして、見た目に同じ速さで動くためには、速度は2倍必要だ。その動作で身体を動かすと、同じ断面積の骨や筋肉に4倍の力がかかってしまうと言うのだ。

 だから、筋肉や骨が常人と同じ素材、構造ならば、巨人は少し動いただけで大怪我することに成りかねない。結局、巨人の力は強いが、動きはとても遅くなる。

 その反対に、小人は速く動ける。しかし、小人が与えられる打撃力は小さい。だから、急所や毒物を使った攻撃以外は、重いダメージを受け難い。

 そう言えば、小人には複製体が血まみれにされたが、消滅した者はいない。小人の正体がわかって対応出来る今となっては、それほど怖く無い。


 この膠着した展開に、オレも少彦名命に良く似た男も焦れた。そして、彼も巨人と小人の戦闘能力に疑問を感じたのだろう。オレがオレの複製体を20人作らせたのと、少彦名命に良く似た男が彼の普通サイズの複製体を50人作らせたのは、ほぼ同時だった。

 しかしそうなると、複製体の戦闘能力が優劣を決める。実質的に8年間武術の修行をしたオレの複製体は、2倍以上の彼の複製体を圧倒した。彼の複製体はあっという間に、消滅した。彼の小人と巨人が全滅したのも、ほぼ同時だった。


 オレ自身は、少彦名命に良く似た男と少し話しをして見たかった。だが、複製体達にそれを伝える前に、結局、彼は倒されて消滅してしまっていた。


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