2.17. 無限複製
影が近づき、かすかに実体が見えてきた。さっきと同じ「空飛ぶサメ」だ。今度は距離が離れているうちに見つけられたので、システムで相手のステータスを見る余裕があった。名前は…「フライングシャーク」か。…そのまんまじゃないか。芸がない。
今度こそ、サメの鼻柱に槍を突き立ててやろう。そう思ったのだが、フライングシャークは1匹だけではなかった。仄暗い闇の奥から次々と現れ、群れて襲いかかって来た。
マジでやばい。そう思ったが、まだ時間はある。
少彦名命は、この世界では神の1柱か、少なくとも神の候補者だろう。だが、彼と彼の仲間達はフライングシャーク1匹に倒されたのだ。だから、彼はフライングシャークの群れと戦う戦力としては、あまり役に立たないだろう。
しかし、彼はきっと「奇跡の力」を使えるはずだ。システムから彼の持つスキルを覗いて必死になって探すと…やはりあった。「無限複製」。どうやら、対象とする人や物を、一時的に好きなだけ複製出来るスキルのようだ。
だが、彼に「無限複製」を使ってどう戦うかを説明したり指示する時間は無い。主従契約を使って、彼の能力でオレと槍を増やす。そして、迎撃だ。
15匹のフライングシャークに対して、45人のオレと90本の槍。フライングシャークの群れが雪崩れ込んで来た時こそ押し負けた感じだったが、オレ3人対フライングシャーク1匹に分散して展開すると、すぐに個別に圧倒した。
フライングシャークが1人のオレに襲いかかると、後ろから別の1人が追い立てて、側面についた1人が槍を突き立てる。それを気にしたフライングシャークが振り向くと、前面のオレがサメの急所である鼻に槍を突き刺す。フライングシャークは次々と血まみれになり、3分経たない内に全滅した。
45人のオレは少彦名命に頼んで、元の1人に戻してもらった。複製されて、また1人に戻されるのは、不思議な感じだ。
どうやら、複製されると本体と複製体ができるが、基本的には本体の意識が継続するようだ。しかし、1人に戻ると複製体の記憶も混在するので、混乱する。本来の「神々の記憶」では、プレイヤーは本体だけを操作し、複製体はAIがコントロールするのだろう。それを、「リアライズエンジン(改)」が現実と矛盾しないように調整してくれるから、こんな不思議な感覚になるのだ。
1人に統合してもらった後、レベルを確認すると早くも145。いきなり強力なフライングシャークが群れて襲って来るという絶対絶命の展開が、却ってオレにレベルの大幅な上昇をもたらす結果になった。
少彦名命もオレが助ける前にフライングシャークと戦った時に、仲間にこのスキルを施して戦ったはずだ。それでも負けた。仲間の武術のスキルが不十分だったからだろうか?
結局、少彦名命は高レベルで仲間もいたのに、フライングシャーク1匹に負けて死にかけた。それが、この「神々の記憶」の難しさだ。リアルに戦うスキルが無いと死にやすいというのが、前回オレがログインして得た教訓だが、それを改めて認識した。
さて、この巨大クジラに飲み込まれてから雑魚モンスターはおらず、フライングシャークが次々と出口方向へ向かって来る。この状況から、このダンジョンの中心にいる強力なモンスターが圧力をかけて、弱いモンスターは中心近くの強いモンスターに圧迫されてダンジョンの外へ逃げ出したのだろうか?
フライングシャークは、たった1匹でも、仲間を率いていた少彦名命を倒したほど強い。多分、通常のダンジョンでは、ボスレベルと考えて良いだろう。それが、群れて逃げると言うことは…中心にいるモンスターは相当強いのかも知れない。しかし、それを倒さなければ生きてログアウト出来ないのなら、とにかく前へ進むだけだ。
少彦名命と連れだって先へ進んだが、その後しばらくの間は、モンスターは出現しなかった。オレは少彦名命に尋ねた。
「どうして、少彦名命ほどの者が、オレなんかの従者になったんだ?レベルもオレよりはるかに高いのに…。」
少彦名命は、少し俯いて答えた。
「私は、海辺の集落の長です。いや、でしたというべきかもしれません。今朝、見張りの者が怪しい舟が近づいてくるというので、皆で様子を見に行きました。その怪しい舟とは主人殿の舟です。後は主人殿もご存知の通り、皆この怪物に襲われて、私以外は常世の国に旅立ちました。」
少し気の毒な気もしたが、オレとしては平和的にお近づきになりたかったのに、いきなり攻撃されてがっかりしたのだ。そこで、質問した。
「何故、いきなり攻撃してきたんだ?」
すると、オレの印象とは全く違う答えが返ってきた。
「初めて見廻りに参加した者がいて、怯えた彼が半ば狂乱して槍を投げると、他の者も慌てて投げ始めてしまって…。何も指示をしないうちに、あの有様でした。本当に申し訳ありませんでした。」
統率されて一斉に槍を投げられたように感じたのに、実態は、怯えた一人に他の人が引きずられただけというお粗末な展開…。その結果、このクジラの化け物に警戒を怠り、全滅したと言うのか…。
オレは少彦名命に、慰めの言葉をかけた。
「全員が亡くなったのでは無いだろう?それに、少彦名命の集落自体に被害は無いのだろう?」
しかし、少彦名命は首を振った。
「最初に槍を投げた者というのが、私の息子でした。でも、息子はサメの化け物に食い殺されました。私の妻は既に亡く、他に娘が1人おりますが、今頃は集落で私と息子の罪を背負わされて、どうなっていることか。だから、一刻も早く集落に戻りたいのですが…。」
オレは少彦名命を気の毒に思って、言った。
「わかった。もし、ここを生きて出られたら、貴方の娘を一緒に救いに行こう。」
すると、少彦名命は
「もし娘が無事なら、主人殿に捧げます。」
と答えた。
しかし我々主従は、まだこのダンジョンの大ボスの正体を知らなかった。それなのに、「生きてここを出られたら」なんて言うのは、少し気が早かったのかもしれない。そして、そいつは万全の態勢で我々を待ち構えていたのだった。




