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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第2章 人工意識体の世界
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2.16. 少彦名命

 声がする方を振り向くと、壮年の男が倒れていた。しかし、もう虫の息だ。そう遠く無いうちに、仲間の所へ行くことになるだろう。

 そう思って立ち去ろうとすると、背後から消え入りそうな声が聞こえてきた。

「儂はポーションを持っている。これを飲めば助かるのじゃが、もう自力でポーションを飲むことが出来ん。助けてもらえんだろうか?」

 やっとそう言い終えると、一瞬の鈍い光と共に、彼の目の前にポーションが現れた。だが、彼をよく見ると両腕が無い。きっと、先程まで暴れていたサメのモンスターに、喰われてしまったのだろう。だが、右手が無くなっても、ゲームシステムにアクセスする方法があるのだろうか? 後で調べておこう。

 それにしても、ゲームとは言え、さっきまでオレを殺そうとした奴だ。今さら助けてくれとは、都合が良すぎる。…とは思ったが、こんな死にかけた奴を放置するのも気分が悪い。それがたとえNPCかも知れないとしてもだ。

 オレはため息をつくと、ポーションの瓶を開けて、彼に飲ませてやった。すると、彼の身体が一瞬鈍く光って消えたと思ったら、同じ場所に同じ姿勢で現れた。ゲームシステムが彼の身体のデータを、バックアップデータに置き換えたのだろうか? 彼の貫頭衣は破れて血だらけのままなのに、彼の身体は傷一つ無さそうだ。

 このゲームでは、こんな設定のポーションがあるのか。オレは、この世界で生きて行くための情報を、一つ手に入れたような気がした。

 彼の身体は元通りになったし、これ以上は用が無い。そもそも、オレと彼は敵同士なのだ。もし、元気になった彼に殺されてしまったら、オレはアホだろう。一応、武士の情けで、槍を1本残してやることにした。ついでに言葉も残した。

「ここがどうなっているのかは分からんが、運が良ければ出られるかも知れんよ。もうオレを攻撃しないでくれよ。それじゃ。」


 すると、彼は答えた。

「命の恩人を襲うなんて滅相もない。今後は貴方の命に従っていきたいのだが、いかがだろうか?」

どう言うイベントだろう? でも、今はなるべく早くミュウを見つけたいし、面倒な関わりはゴメンだ。

「オレは、死にかけている奴を放っておくと目覚めが悪いから、助けただけだ。気にするな。」

 しかし、男はさらに食い下がって言った。

「いや、それでは私の気が済まない。どうか、貴方の従者にしてくれ。」

彼の言うことに反論するのも、面倒になった。それに、彼を従えていれば、彼の仲間から攻撃されないかもしれない。それに、向こうから勝手に従者になると言うのなら、使い捨てでも文句はあるまい。


 そんな考えを巡らせて、返答した。

「そこまで言うなら、良いだろう。だけど、それなら主従契約を結んでもらうが、それでも良いか?」

 「神々の記憶」において主従契約をすると、主人から従者のキャラクター名、レベル、スキル、所持品、それに他の主従契約が丸見えになる。それに、主人は従者にスキルを強制的に使わせることが出来る。

 また、従者から主人を攻撃するとヒットポイントが半分、主人から従者を攻撃すると倍になるという、従者が主人を裏切り難い仕組みになっている。

 それでも、彼は了承した。そこで、右手の人差し指を突き出して小さく円を描くと、メニューから「主従契約」を選び、彼を指差す。すると、彼のシステムが起動して彼がそれを承認し、契約は完了した。


 その後、オレのシステムの「主従関係」メニューから「従者」を選んで、彼の名前をクリックすると情報が見えるはずだ。

 だが、「従者」として表示された情報を見て驚いた。レベルが350。とんでもなく高い。いや、それよりも名前だ。「少彦名命(すくなひこなのみこと)」だと? 日本の神話に出てくる、神の一柱と同じ名前ではないか。確か、大国主命(おおくにぬしのみこと)と一緒に国造りをしたとされる神だ。

 そう言えば、少彦名命には、水に関する逸話が多い。きっと、海の民を率いていた「神」だったのだろう。そして、伝説では粟の茎に弾かれて、海の果ての常世(とこよ)の国へ行ってしまう。すなわち、亡くなったと言う意味だ。巨大なクジラに丸木舟をひっくり返され、食べられてしまったこの男も、もう少しで常世の国へ行ってしまうところだったのだが。

 「神々の記憶」でも、そのような設定なのだろうか? もしそうであるなら、蘇って従者になった少彦名命と共にダンジョンから出ることができれば、海の民と敵対せずに済む。上手く行けば、彼らを支配できるかもしれない。それは、他のプレイヤーに対して大きなアドバンテージになりえるし、ミュウも探しやすくなる。


 あれっ?ミュウを探すなら、一度ログアウトして、AM世界でムーコに直接聞いてみれば良いんじゃないか。突然、そんな考えが閃いた。しかし、システムを呼び出しても、メニューにログアウトが表示されない。オレは、「神々の記憶」のシステムについて、理解が不足しているようだ。

 神話の少彦名命はその知識と知恵で、大国主命の国造りに貢献したとされている。すると、この少彦名命も、豊かな知識と知恵を持っているのではないか?

 そう思ったおれは、彼に尋ねてみた。

「少彦名命、ここらで一度ログアウトしたいんだけど出来ない。どうしたら良いか分かるか?」

すると、彼は従者になったせいか、口調が変わった。

「安全な場所でなければログアウト出来無いのですが、このダンジョンには安全な場所が有りません。だから、攻略するか死んでしまわない限り、ログアウトできないのです。是非、主人殿(あるじどの)の力で攻略してくだされ。」

なるほど、そうだったのか。


 そんな話をしているうちに、オレはまだ彼に名乗ってなかったことに気付いた。

「オレはショウと言う。少彦名命、宜しく頼む。」

そう言って、握手を交わした。

 仲間、いや従者になった少彦名命に、オレは「神々の記憶」のことをいろいろ尋ねた。

 両手を失った少彦名命がシステムを起動してポーションをアイテムボックスから出せたのは、実際に右手で円を描かなくてもイメージすれば良いからだそうだ。それに、あのポーションはオレが予想した通り、単に身体の傷を回復させるのでは無く、無傷で体力と気力が充実した状態に戻すものだったそうだ。


 まだまだ尋ねたいことは沢山あった。だが、そんな話をしているうちに、灯火に照らされて仄暗く浮かび上がる通路の向こうから黒い影が近づいて来た。


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