2.15. 再び
ログインした直後に目を開くと…太陽の光が眩しい。前回と同様に、深夜の「海が見える丘」に出現させられるのだと思っていたが、どうも違うらしい。
その代わりに、オレは貫頭衣を身につけ、1人で丸木舟に乗って広大な水面に浮かんでいた。潮の香りがする。それに、丸木舟を弄ぶ荒い波。多分、ここは海だ。
ムーコ…この世界ではミュウだったか…の姿を探したが、オレの視界にはいない。多分、ミュウはオレと違う場所に出現しているのだろう。探さなければ。せっかくパーティーを組んでくれると言ってくれたのに、一緒に行動出来なければ意味が無い。
遠くに陸地が見える。そして、その反対側には入道雲が、モクモクと湧き立っていた。入道雲の下は真っ暗だ。きっと、雨が強く降っているのだろう。雲の方向から、時折強くて冷たい風が吹いてくる。
入道雲が近づかないうちに、陸地に辿り着きたい。オレは丸木舟に積まれていた櫂を使って、陸に向かって漕ぎ始めた。
陸地に近い海には、離岸流という、陸から海への速い流れがあると聞いたことがある。この流れに乗ってしまうと、オレがどれだけ頑張って漕いでも、もっと沖へ流されてしまうかも知れない。そんな心配もしたが、どうやら杞憂だったようだ。まあ、ゲーム上の設定なのかも知れない。最初から離岸流に流されて、陸に近づけないまま体力が無くなれば、何もしないうちにゲームオーバーだ。それでは無理ゲーになってしまう。
少し陸地に近付くと、何か建築物が見えてきた。小学校の遠足で何処かの遺跡に行った時に、あんな物を見たことがある。確か、高床式倉庫とか神殿とかの再現建築物だった。見えている建物が高床式倉庫や神殿だとすると、その周辺には人が住んでいるのだろう。
前回は、ログイン早々に、矢で射殺されたのだった。だから、今回は油断するまい。そう思って警戒していると、前方から丸木舟が5隻、接近して来た。よく見ると1隻あたり2人ずつ乗っていて、1人は漕ぎ手、もう1人は短い槍を構えている。その長さは、彼等の身長位だろうか。
友好的に接触出来ればと期待したが、叫び声が聞こえた後、槍が次々と投げつけられて来た。少し残念に思いながらも、修行の成果が活かせると思ったオレは、楽しくなって来た。最初に飛んで来た槍を掴み取ると、他の槍を全て叩き落とした。
やがて、彼らの投げる槍が尽きたのか、槍が飛んで来なくなった。オレは警戒しつつ、彼らの方へ舟を進めた。
だが次の瞬間、いきなり何かに下から突き上げられ、オレの体は宙を舞った。慌てて槍を握りしめながら海へ落ち、そのまま海中へと沈んでいった。だが、ここからなら陸まで泳げると思っていたオレには、この時点では心の余裕があった。
しかし、再び水面まで浮上したオレの目に映ったものは、巨大なクジラだった。クジラは丸木舟の一団を蹴散らすと、こちらに戻ってきた。
これはやばい。さすがに、クジラには勝ち目が無い。オレもパニックになった。必死に泳いで逃げようとしたが、あっという間に追いつかれ…そして結局は呑み込まれた。
しばらく気を失っていたのだろうか? 目を開くと、真っ暗で何も見えない。またゲーム内で死んで、強制ログアウトされたのか?いつもの、コンソールしか無い真っ暗な空間に来たと思ったが、コンソールがどこにも見当たらない。それに、背中が生暖かく湿った感じがする。何か大きな生き物の上で、仰向けに寝ているような感じがする。
そのままの姿勢で、右手の人差し指を突き出して小さく円を描く…「神々の記憶」のゲームシステムへのアクセス方法だ。システムが反応して、オレのステータスと所持品が表示された。オレはどうやら、まだ「神々の記憶」の世界で生きているようだ。
ついでに内容を確認すると、オレのステータスはレベル1、所持品のリストに槍がある。それに「槍の使い手」のスキル。レベルが低いのに、もう武器を扱うスキルがあるというのは不思議だ。事前にネット上で得た情報では、レベルがかなり上がらないと、武器を扱うスキルは習得出来ないとされていたのだが…。
もしかすると、「神々の記憶」ではレベルが上がるとスキルが身につくのでは無く、本人のスキルがシステムに認められると表示されるのではないか? オレは、丸木舟の一団から襲撃された時に槍を使ったから、このスキルが表示されるようになったのではないだろうか?
オレが槍を持って立ち上がると、それを待っていたかのように、あちこちに設置されていたらしい松明に突然炎が灯り、広い通路のような空間が仄かに照らし出された。どうやら、ダンジョンのようだ。
ようやく、ゲームらしくなって来た。
それにしても、修行の成果が無ければ、丸木舟の集団に襲われた時に死んでいた。このゲーム、難易度高すぎるだろう。人によっては、糞ゲーと思うかも知れない。オレは少し苦笑した。こんなに難易度の高いゲームなら、この先も容易にクリア出来るはずがない。
オレの悪い予感は的中した。
10歩も進まないうちに、暗闇の向こうから何かが現れた。生臭い匂いをまとって現れたそいつは、サメの形をしたモンスターだった。「サメ」と言えないのは、サメならば水中を泳ぐが、そいつは空中を泳いでいたからだ。
その空中を「泳ぐ」サメが、大口を開けて襲って来た。その歯は既に血で赤く染まっていた。オレより先に巨大なクジラに飲み込まれた奴が、コイツに食われたのだろうか?
こんなモンスターと槍で戦っても、勝てる気がしない。そんな時は弱点を突いて、モンスターが怯んだ隙に逃げるしか無い。サメの弱点は…昔テレビで見た豆知識を必死に思い出そうとした。そうだ、鼻柱だ。そこにめがけて、槍を突き出した。
ところが、その瞬間に足元が大きく揺らいで、オレは倒れた。やばい。しかし、動いたのは足元だけではなかった。ダンジョン全体が動いたのだ。猛スピードで空中を「泳いで」いたサメのモンスターは、ダンジョンの壁に激突して動かなくなった。
何が起こったのだろう? そうか。このダンジョンは多分あの巨大なクジラの中に存在するから、クジラが動くとダンジョンも動く。クジラはサメのモンスターの意志とは関係無く動くから、モンスターが自爆したのだろうか…?
モンスターは消滅していないから、また復活して襲って来るかもしれない。そう思ったオレは、モンスターに槍を突き刺してトドメをさした。すると、モンスターは一瞬光った後、跡形もなく消えた。
再び右手の人差し指を突き出して小さく円を描くと、オレのレベルは一気に10まで上がり、直接手にした記憶の無いてサメの歯と骨、それに皮が所持品に追加されていた。
所持品のプロパティを開くと、「右手」、「左手」、「周囲1m以内」、「アイテムボックス」のいずれかが選択出来るようだ。このプロパティを変更することで、「アイテムボックス」に物を出し入れできるのだろう。
少し進むと、折れた槍や血だらけの槍が見つかった。やはり先ほどのサメの歯が赤く染まっていたのは、オレに襲いかかった奴らがサメに食われたからだろう。気持ちは悪いが、使えそうな槍はアイテムボックスに回収した。
その時、どこからか声が聞こえてきた。
「助けて…。」




