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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第2章 人工意識体の世界
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2.14. AM世界のムーコとは?

 ムーコと「神々の記憶」のサーバー間のインターフェースを設計するには、この世界のムーコ自身がどんな情報を外とやり取りしているのかを知らなければならない。しかし、それを考え始めて愕然とした。今更ながら、このAM世界のムーコがどのような存在なのか、考えたことも無かったのだ。


 この世界のムーコはAIでは無い。もちろん、オレと同じAMでも無い。恐らく基本的には、現実世界にいた頃にオレの夢の中に出てきたムーコと、ほとんど同じような存在なのだろう。

 夢に現れたムーコの考え方と行動は、オレが現実世界で生活していた時の経験でオレの心の中に作られた「ムーコモデル」で制御されると仮定しよう。「ムーコモデル」による言動の全体像は、オレから見た「ムーコの人格」として捉えられる。

 「ムーコモデル」は、ムーコにこうすればこう反応するだろうとオレが心の中で予測する、言わばシミュレータのようなものだ。オレの持つムーコに関する記憶をデータとし、オレが考える人間のあり様が一種のプログラムのように動作して、ムーコの言動が決定される。

 それなら、夢の中のムーコはオレが考える通りに動きそうだが、実際にはそうはならない。恐らく、「ムーコモデル」にはオレの表層意識の情報だけで無く、オレの深層意識やオレの心の奥底にあって容易に思い出せない情報も入力される。だから、夢の中のムーコは、時にオレの表層意識での予測とは全く違った行動をするのだろう。

 同じように、オレ自身の考えかたと行動を制御する「オレモデル」が、オレの心の中にあるのかも知れない。そして、それがもたらす言動の全体像が「オレの人格」としてオレ自身の心に書き込まれているとしたら、どうだろう?

 人は良く「自分自身のこともよく分からない」と悩み、本人自身がこうありたいという姿と、実際の言動が違ってしまうことがある。これも、深層意識や心の奥底にあって容易に思い出せない情報が、言動に影響してしまうためかも知れない。

 結局、オレの心には、「オレの人格」「ムーコの人格」「木田の人格」「高木さんの人格」など、いくつもの「人格」や「モデル」が書き込まれているのだろう。さらに、「オレの人格」と「オレのモデル」が、オレの心の中に複数存在したら?それが、「多重人格」と呼ばれるものなのだろうか?

 多重人格とは、一人の人間に複数の「自己」の人格が存在して、その時々に異なる人格が表層に現れる、とされる。それぞれの人格で情報が完結され、他の人格には基本的には伝わらないと、昔読んだ本に書かれていた。

 同じように、「オレの人格」「ムーコの人格」「木田の人格」「高木さんの人格」はそれぞれ独立していて、基本的にはお互いに情報が伝わらないのだろう。

 こんな風に考えると、現実世界のオレの心の中にあった「ムーコモデル」は、結構複雑な存在なのだろう。しかし、AM世界のムーコはさらに複雑だ。「ムーコモデル」がAM世界で学習したり、「睡眠学習装置(仮)」を介してネットワークから得た情報をも統合して、元々の「ムーコモデル」がさらに進化した存在なのだから。


 しかしそれなら、このAM世界のムーコに、どんな入出力を設定すれば、リアルなゲーム体験をしたと感じてもらえるのだろうか?

 以前に、AM世界の木田が言っていたことを思い出した。

「感覚が曖昧かどうか、わからない。」

 しかし、AM世界で木田はオレを目で見て認識し、会話も成立していた。ムーコと高木さんも同様だ。だから、視覚、聴覚ははっきりしていると考えて良さそうだ。それに、普通に物を持ち歩けるようなので、触覚もはっきりしているのだろう。だが、他の感覚は曖昧なのかも知れない。

 だとすると、視覚、聴覚それに触覚だけをリアルに伝えるインターフェースを作成できれば良いのだろうか?それなら、話は簡単だ。「ゲート」なんかいらない。「リアライズエンジン(改)」にヘッドセットを接続すれば良いだけだ。

 ヘッドセットがリアルなビジュアルとサウンドを提供してくれる。それに、触覚もプレイヤーをコントロールするための情報として、脳波を介して伝えてくれるはずだからだ。後で、一応確認してみよう。


 いや、もう一つ。ムーコと一緒に「神々の記憶」にログインするのなら、ムーコに「睡眠学習装置(仮)」のオペレーションを頼めない。高木さんに毎回頼むのも面倒なので、オペレーションを自動化しよう。


 ここまで考えると、いてもたってもいられず、ムーコと2人で時宮研へ向かった。時宮研には「睡眠学習装置(仮)」だけでなく、サーバー上で動作する「リアライズエンジン(改)」に接続出来るヘッドセットがいくつも転がっていたはずだ。

 時宮研に着くと高木さんがいて、オレとムーコに紅茶とお菓子を出してくれた。高木さんに、「睡眠学習装置(仮)」の自動オペレーション化の許可とヘッドセットの調達を依頼すると、

「もちろん、OKよ。」

と即答してくれた。少し心配になって、

「時宮准教授の許可は要りませんか?」

と一応尋ねたら、

「時宮准教授自身が、『桜井君の好きなようにさせてやって』と言ってたから。」

とのことだった。それにしても、高木さんが時宮准教授の言い方を真似した所では、ムーコと2人で爆笑した。


 「睡眠学習装置(仮)」の自動オペレーション化は、スクリプトだけで簡単に実現出来てしまった。それに、ムーコにヘッドセットを装着してもらって入出力を見ると、ゲームのコントロールが可能なことが確認できた。


 一方、ヘッドセットを「リアライズエンジン(改)」に接続した状態では、実質的にAM世界での意識が無いのと同じだ。そこで、ムーコには、研究室の仮眠室で内鍵をかけて、仮眠室のベッドで「神々の記憶」にログインしてもらうことにした。

 ログインする前に、お互いのキャラクターネームと性別、それに年齢をムーコと話し合った。オレはキャラクターネームを「ショウ」、男性で20歳。ムーコはキャラクターネームを「ミュウ」、女性で19歳とした。民族は、共に神話時代の倭人。これを一致させないと、はるか遠い場所に出現して、容易に出会えなくなってしまうだろう。

 キャラクターの容姿は、プレイヤーの写真をベースにお好みに編集出来るシステムだ。オレは前回同様、ほぼリアルのオレのままにしたが、ムーコは色々遊んでいた。でも、最後に見せてくれたのは、ほとんど素のムーコだった。このムーコは、結局オレの心が作り出したものだから、オレ自身が素のムーコのままが良いと思っているからなのかもしれない。


 このように取り決めたら、あとはログインするだけだ。仮眠室へ向かうムーコに手を振ると、「睡眠学習装置(仮)」の置かれた実験室へ向かった。いつものようにつなぎに着替えて、ヘッドギア、グローブを着用すると、「睡眠学習装置(仮)」の自動オペレーションシーケンスを起動させた。その後、睡眠導入剤を飲みシェル内のベッドに横になると、シェルが閉じられて「ゲート」が自動的に起動した。

 間も無く、オレの意識は「真っ暗でコンソールしか無い空間」に転移した。ここから「神々の記憶」にログインすれば、オレの意識はさらに「神々の記憶」の世界に転移して行く。


 いよいよ再チャレンジ、いやリベンジだ。今度こそ、瞬殺されずに「神々の記憶」を楽しみたい。


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