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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第2章 人工意識体の世界
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2.12. 修行の日々

 その日から3年間、オレは上泉先生の内弟子として上泉先生の邸宅で寝起きし家事をこなす、修行の日々を送った。だが、修行は新陰流の技だけでは無かった。


 それは、上泉先生の邸宅で過ごした最初の夜のことだった。夜中にふと目がさめると、オレの布団に梨奈が潜り込んで、オレに抱きついて寝ていた。薄い寝巻きがめくれてやわ肌が露わなこの美少女は、まだ子供ではあるがとても目の毒だった。

 いや、現代の日本を生きてきたオレにとっては子供だが、この世界ではそろそろ結婚してもおかしくないお年頃なのだ。あの悪漢だって、梨奈を子供じゃなくて、大人の女性として襲っていたようだし。…余計なことを考えて、さらに眠れなくなった。仕方なく、朝になるまで寝たふりをして耐えた。

 だがしかし、翌朝も目覚めると、やはりオレの布団に就寝中の梨奈の姿があった。そして、その翌日も翌々日も…。まだ幼い梨奈のこと、梨奈を救出したオレの近くにいると安心するのかも知れない…と思うことにした。大人になれば、変わるのだと…。

 しかし、それは上泉邸で起居する間続き、梨奈はさらに魅力的な女性に成長していく。その梨奈が、妻であるかのように日々同衾して来るが、上泉先生から手を出さないよう厳命されているオレは「忍」の一字。

 忍者は、成長の早い竹の上を日々飛び越えて、跳躍力を鍛えたと言う。オレの自制心も、成長する梨奈の「夜這い」によって、著しく鍛えられた…のか?


 そんなある日、上泉先生にお使いを頼まれた。その帰り道、物陰に潜んでいた4人ののっぺらぼうに、突然囲まれた。その時オレは刀を持ち歩いておらず、いきなり斬りつけられて、絶対絶命のピンチに追い込まれた。

 何しろ、相手も新陰流の使い手だ。なかなか隙を見せずに、ジリジリと迫って来る。この大ピンチに冷や汗をかいたが、教わったばかりの無刀取りを思い出した。相手の初撃をかわしつつ、素手の間合いに踏み込むのだ。

 4人の内の1人に対して素手の間合いに踏み込んだら、同士討ちを恐れたのか、他の3人から切り付けられることは無かった。この戦い方を繰り返し、その後は常に一対一の戦いになった。

 そしてこの間合いなら、オレには最強の八極拳がある。負けるはずが無い。無刀取りと八極拳を組み合わせた反撃で、今度はオレが有利な展開になった。こうなると、彼らは格好の練習台だ。

 余裕が出来たオレは、梨奈の許婚の手下がその中にいるかもしれないと想像した。正当防衛だし気に入らないが、なるべく怪我をさせないようにしないと、上泉先生が困ってしまうかも知れない。そこで、襲って来たのっぺらぼう達に大怪我はさせないように、注意深くボコボコにした。

 しかし性懲りも無く、その後も毎日しつこく襲われた。それも、次第に腕の立つのっぺらぼうが襲って来るようになって来た。オレも刀を持ち歩くようになったが、相手はいつも複数だし、恐らくみな兄弟子だ。最初の頃は苦戦して、死を覚悟したことも多々あった。

 しかし、日々、道場での練習以外に、この命を賭けた真剣の修行だ。オレ自身が驚くほどのスピードで、新陰流を会得しつつあると実感した。

 やがて、個々ののっぺらぼう達の力量も把握して、この修行にも飽きて来た頃、最大の8人に囲まれた。だが、もう余裕だった。次々と峰打ちにすると、傷がつかないように注意深く裸に剥いて、1人ずつ木に括り付けて差し上げた。

 オレの知ったことでは無いが、彼らは心理的に回復不能なダメージを受けたのかも知れない。その後は、のっぺらぼう達に襲われなくなった。


 そんな修行の日々も、終わりを告げる時が来た。今日は上泉先生から印可を頂く日だ。劉先生との修行よりも短期間で済んだのは、新陰流の修行を開始する前に、既に武術の基本が身に付いていたからだろう。

 いつもの道場の上座に、上泉先生を中心に高弟達が列座している。その中には、梨奈の許婚やオレを襲ったヤツがいるハズなのだが、皆のっぺらぼうなのでオレには良く分からない。その中を進み出て、先生の前で正座して頭を下げると、印可状が高弟を介して渡された。

 そして、上泉先生から御言葉を頂いた。

「お前はとても筋が良かった。それでも、この3年間よくぞここまで頑張ったな。」

「ありがとうございました。」

「今後も、さらに道を極めていくように。」

「お言葉、忘れません。」


 その場がお開きになって道場を出ると、梨奈が待っていた。この3年の間に、梨奈は美少女から美しい大人の女性に羽化していた。梨奈はオレに問いかけた。

「これから、どうなさるんですか?」

「一度、故郷に帰ります。この3年間、何の便りもせず放ったらかして来ましたので。」

「故郷」とは、オレのAM世界のことだ。

「私のことは…?」

静かだが、真っ直ぐオレを見て真剣に尋ねる梨奈に、ドキドキしつつ気おされた。

 オレは喉がカラカラになったが、なんとか答えた。

「もちろん、3年前の約束は忘れていません。」

3年前の梨奈の姿が頭をよぎった。こんな素晴らしい女性にあんなことを言われて、忘れられる訳が無い。

 しかし、上泉先生との約束もある。そこで、梨奈に言った。

「しかし、3年前に上泉先生に言われたのです。貴女の許婚との約束を破るようなことをされると、上泉家が困ると。」

 すると、梨奈は笑いながら答えた。

「3年前なら、確かに祖父はそう言ったかも知れません。でも、3年前の私の誓いは、祖父にも許婚にも伝えております。祥太様に救われなければ、私は既にこの世にいないということを、この3年の間に説得しました。修行を終えた祥太様が、約束通り私を連れて行くことを、阻める者はおりません。」

「わかりました。ひと月の内には、貴女を攫いに参ります。」

「祥太様が私を連れ去ってくれるのを、心待ちにしております。」

莉奈はそう言って、オレの胸に頭を埋めた。


 梨奈に見送られて上泉村を出ると、のっぺらぼうの8人が待ち構えていた。だが、誰も打ちかかって来ず、ただオレを遠巻きにするだけだった。

 そのうち、集団から1人の男が歩み寄って来た。

「儂は堀三太夫(ほりさんだゆう)と申す。上泉梨奈の許婚だ。桜井殿にはいろいろと失礼した。誠に勝手だが、どうかお許し頂けないだろうか?」

「こちらも修行になったし、まあ良いです。」

「そこで、梨奈のことだ。儂も努力はしたが、梨奈は貴殿しか見ていない。婚約者とは言え、梨奈の意にそぐわないまま純潔を奪ったりすれば、貴殿に殺されそうだ。ならば、1年間、私は梨奈に手を出さない。その間に貴殿が梨奈を連れ去って夫婦になっても、貴殿らと上泉家に対して、問題を起こさないことを誓う。そういうことで、いかがだろうか?」

 そうか、梨奈は先ほど話してくれたように、上泉先生と婚約者に対して話をつけたのだ。オレが梨奈を簒奪して逃げたことにすれば、両家の体面はそれほど傷付くまい。婚約者の方も、あれだけ酷い目にあったから、話がわかるようになったのかも知れないが…。

「良いでしょう。私はまた戻って来ますよ。」

「次回は、酒でも酌み交わせると良いのう。お主はめちゃ強いし。」

いや、酔ったところを滅多刺しか?オレはまだ、この男を信用できない。

 そう思っていることは表情に出さないように、

「それでは、ご健勝で。」

と答えておいた。


 彼らの姿が見えなくなると、3年間過ごした上泉先生の世界からログアウトして、コンソールしかない真っ暗な世界に戻って来た。急いで「上泉先生の世界」を100万分の1の速度に変更すると、上泉先生の世界での出来事を反芻した。目的であった新陰流を習得できたのは大きな成果だが、それ以上に、上泉先生や梨奈、あの世界ののっぺらぼうの人達のことが記憶に残った。

 いつか再び、オレはあの世界に戻るだろう。だが今は、元のAMの世界に戻らなければと思った。


 真っ暗な世界からログアウトして、シェルの内壁をノックすると、ムーコがシェルを開けてくれた。

 ムーコの顔を見て、梨奈を思い出した。もしかしたら、

「梨奈の姿は昔のムーコを反映したのでは?」

とも思ったのだが、やはり全然似てない。

 ムーコをまじまじと見ていると、顔を赤らめたムーコに、

「桜井先輩、なんか変ですよ。」

と、怪訝そうに言われてしまった。


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