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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第1章 プロローグ
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1.3. なるようになる

 オレの両親は、小学六年生の時に飛行機事故で還らぬ人になった。優しかった両親の想い出は、うだるような暑さの中、深い山中にある事故現場に御参りに行った記憶でピリオドを打たれた。両親の遺体が発見されたその日、小学三年生の里奈は声も立てずに哭き続けた。オレは、自身も泣きたかったが何故か泣けなかった。悲しみと無力感に打ちのめされたが、兄として里奈を守らなければならない。泣いている訳にはいかない、という気持が勝ったのだ。


 オレと里奈は、両親の旅行中に預けられていた祖父の倉橋量(くらはしはかる)に引き取られる事になった。躾には厳しい祖父だったが、何故か発売前のゲームを何処からか持って来て、よく遊ばせてくれた。RPG、バトルもの、アドベンチャー、シミュレーションゲーム等。どのゲームも遊ぶ事自体は楽しかったが、未完成なのか、しばしば途中で止まったり画像がおかしくなったりした。

 そんな時、祖父がプログラムに手を加えると再び動き始めるのを目の当たりにして、魔法でもかけているのではないかと驚嘆したものだ。やがて、ゲームで遊ぶ事よりもゲームの仕組みや作り方に興味が向かった。祖父の指導の下、オレは特にプログラミングやオンラインゲームのネットワークテクノロジーに、里奈はデザインに熱中していった。


 オレが五峯高校(ごほうこうこう)に入学した直後、その祖父が大腸癌と診断された。その翌年には転移が見つかり、祖父は死期が近い事を覚悟した。高校二年の初夏、オレは祖父の指示で頭脳工房(ずのうこうぼう)創界(そうかい)というソフトウェア開発会社でアルバイトをする事になった。まだ子供で収入の無いオレたち兄妹の先行きを、不安に思っての事だろう。ようやく友人が出来た陸上部を退部するのは心残りだったが、祖父の気持ちも良く分かっていたので仕方がなかった。

 オレは人見知りするので、アルバイトを始めるのはとても不安だった。しかし、以前から興味があったゲームのプログラミングに関われる事になり、プログラミングチーフの加賀さんや三笠さんにいろいろ教わりながら仕事をするのは楽しかった。それに、少しずつ職場の人達ともうち解けていった。その年の冬には、祖父と里奈に自分で稼いだお金でクリスマスプレゼントを贈る事も出来て、仕事を続ける自信もついた。


 しかしその翌年、高校三年の夏休みに、祖父は息を引き取った。


 亡くなる一週間前、祖父の病室へ見舞いに行くと、里奈はまだ来ていなかった。祖父は、抗ガン剤の副作用で浮腫んだ身体をどうにか動かして、オレの方を向いて語りかけた。

「お前は、もしかしたら知っているんじゃ無いか?」

「改まって、何の事?」

「お前が幼稚園児だった頃の事だ。」

「…いや、何の事かわからないけど。」

「お前の父親はお前を連れて、里奈の母親と再婚したんだ。」

そう言われても、思い出せない。オレが幼稚園児だったら、その時の里奈はまだ赤ん坊だったはずだ…。

 祖父は話を続けた。

「お前の父親は、お前には母親が必要だと言っていた。そして、里奈の母親は里奈の父親のDVで離婚した直後だったが、里奈にも父親が必要だった。」

そこまで言われても、オレは何の事か分からなかった。ポカンとしていると、さらに祖父は続けた。

「だから、お前と里奈は血が繋がっていない。そして、オレも里奈の母親の父だから、お前と血は繋がっていない。それでも、お前はオレの大事な孫だ。そして、…オレが死んだ後も里奈を頼む。」

 祖父は少し俯いた。その祖父に、オレは応えて言った。

「血が繋がってなくても、里奈はオレの大切な妹だ。頼まれなくても、オレはアイツを守るさ。」

「ありがとう。だけど、お前と里奈に血の繋がりが無い事は、里奈には内緒にして欲しい。里奈がその事を知れば、オレが死んだ後、独りぼっちになったと思うだろうから。」

オレはうなづいた。

  祖父はさらに話を続けた。

「それと、オレが死んだら、ここに連絡してくれ。」

と言って、メモを渡して来た。

「これは、オレのもう一人の娘で、お前たちの母の妹でもある、倉橋香(くらはしかおり)の連絡先だ。」

「何故、今連絡しないの?」

「アイツを勘当したのさ。でも、オレが死んだ後に後始末くらいはして貰わないとな。」

「よくわからないけど、分かった。」

「アイツには子供はいないから、お前たちに従兄弟は居ないはずだ。」

言うべき事を言い切った祖父は、その後、あまり話さなくなった。


 祖父が亡くなると直ぐ、倉橋香に連絡した。すると、彼女は病院に駆けつけて葬儀を取り仕切ったが、彼女が自身の父の死をどう感じていたのか。病院に駆けつけてきた直後は、泣きはらしたような赤い目をしていたが、その後、表情を見せる事は無かった。


 祖父の葬式の後、叔母から三人で一緒に暮らさないかと提案された。一方、祖父の死に直面して大泣きする事は無かった里奈だったが、精神的なショックで突然反抗期に入ったかの如く、時折オレを避けたりオレに反発する様になった。それでも里奈は、オレと二人で生活し続けたいと言って、叔母の提案を拒絶した。

 この頃から、”Que() sera(セラ) sera(セラ)”すなわち「なるようになる」と言うのが、オレの口癖になっていた。人生は波乱に満ちている。楽天的でなければやって行けない。今にして思えば、なげやりになってきたのかもしれない。この楽天的な信条と、里奈が望むようにしてあげたいという思いから、結局、叔母の申し出を断った。しかし、里奈は知らないはずだが、子供のいない叔母にとって、里奈は唯一の血族でもあるのだ。だから、一緒には住まないが月に一度くらい三人で顔を合わせるという事にして、里奈と叔母に納得してもらった。


 こうなったからには、今まで以上に稼がなければならない。生きるための努力と元々の興味が一致したためなのか、オレのプログラミングとシステム構築の能力は成長を続け、遂には()()()()()()でエースプログラマーと目される様になった。さらに、この能力が家から通える先駆科学大学(せんくかがくだいがく)のAO入試でも認められて、学費無料で特待生として進学できる事になった。こうして、里奈との二人分の生活費と学費を稼ぎつつ、大学へ通う日々を送る様になった。

 大学進学後も、コンピュータシステムのセキュリティにも興味を持ち色々調べていく内に、他大学のコンピュータシステムにセキュリティホールを見つけた。これを大学のセキュリティー担当者に通報してあげた事をきっかけに、警察のサイバーポリスにも知り合いが出来たりもした。ハッキングは楽しいが、里奈との生活を守るためにも、あくまでホワイトハッカーとして振る舞わなければならない。

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