2.8. AI師匠
夕食後、早くも現実世界のオレから返信が来ていた。このAMのオレによる「リアライズエンジン(改)」が、現実世界のオレにとって参考になったらしい。そのおかげで、AMのオレのこんな遊びにも協力的だ。現実世界のオレが頭脳工房創界の三笠さんと加賀さんに掛けあって、「武道家達の宴」の劉文老師と上泉真先生のデータを、オレのディレクトリにアップロードしてくれたそうだ。そこで、早速、データを確認した。
当然のことだが、アップロードされたデータは、身体の動作と攻撃・防御の数値だけだ。このデータだけでAIを作っても、戦う「マシーン」にしかならず、オレに戦い方を教えてくれる師匠にはならない。師匠なら師匠らしい人格、戦う方法だけでなく弟子を鍛える能力、そして戦う技術を教える能力も持ち合わせていなければならない。
さらに問題なのは、頑張って「師匠」を作っても、それはAI。どうやって、修行をつけてもらえば良いのだろうか? どうにかして、AIをオレにとってリアルな存在にできると良いのだが。もちろん、このAM世界での話ではあるが。AIをリアルな存在にするのは、たとえAM世界でも難問だ。どうしたら良いのか、最初はオレにも全く考えつかなかった。そこで、先ずは「AI師匠」の開発を優先させた。
「AI師匠」の開発方法として思いついたのは、NPC用に現実世界で作成していたAIをベースとして、あとは自己成長させるというものだ。「NPC」の人格に劉文老師の技を組み合わせて、攻撃力と防御力を弱めた子供の劉老師を作る。その「お子様劉老師」に、李書文(中国拳法の中で最強と謳われた「八極拳」の天才)の人生を追体験させる。上泉真先生についても、「お子様上泉先生」を作って、上泉伊勢守信綱(有名な「柳生新陰流」のオリジナルである、「新陰流」の開祖)の人生を追体験させるのだ。
そこで、2人の「お子様師匠」が成長し存在するための世界を構築しなければならない。しかし、それはかなり大変だ。2人の経歴や人間関係をネットで収集して、不足分はオレの人生経験の情報でカバーする。その世界を実現するための人々や環境も作らなければならない。自分でやるのは面倒なので、AIを作って全部やらせた。
それでも、「お子様師匠」達を普通に成長させるには、とても時間がかかってしまう。短時間で「AI師匠」まで成長させるため、それぞれの「AI師匠」の「世界」が現実世界の20万倍のスピードで動作する様にした。
李書文の経歴から考えて、劉老師が師匠になってくれそうなのは40歳位だろう。上泉先生は、上泉伊勢守信綱の経歴から63歳とした。師匠の年齢に達した後、100万分の1倍速モードにする。師匠達の世界の時間をほとんど停止させるのだ。このように動くスクリプトを作って、早速走らせた。
こうして、2人の最強の師匠が、まもなく誕生する。劉老師と上泉先生。いずれも波乱の時代に「最強」を引っ提げて駆け抜けた、「李書文」と「上泉伊勢守信綱」の経験で鍛え上げられた師匠達だ。
だが、八極拳の天才である李書文は、かなり気性が激しいとも噂される。そんな李書文の経歴をコピーした劉老師は、オレを弟子として受け入れてくれるだろうか?
劉老師の世界で殺されたとしても、ゲームで殺された時と同じように、AMのオレ自身は元の世界に戻るだけではある。だけど、「ゲート」のもたらす、あのリアル感。あんなに痛くて辛い目にあうのは、もう嫌だ。
それに、上泉信綱はあの高名な柳生石舟斎を弟子とする条件として、「無刀取り」というとんでもなく高度な技を改良するよう指示したと言われている。そんな御仁が、オレみたいな素人を弟子にしてくれるだろうか?
残された問題は、AI師匠にどうやって武道を教えてもらうのか?だと思っていた。しかし、この問題に取り組もうと改めて検討してみると、何もする必要が無いことに気づいた。そう、勝手に解決していた。何故なら、2人のAI師匠はそれぞれの世界にいるのだ。だから、そこへ「ゲート」を使って入れば良い。
AI師匠を育む世界を作り師匠達を成長させている間に、「ゲート」のパラメータを調整した。
ここまでやって、ふと時計を見ると夜中の3時を過ぎていた。隣のムーコの部屋からは、物音一つしない。少し頑張り過ぎたかもしれない。この夜は、もう寝ることにした。
翌日、目が覚めると、ムーコの顔が目の前にあった。近い。目が閉じられていて、眠っているように見える。オレを誘っているのだろうか?心臓がバクバクして来た。このムーコの顔もオレの記憶に基づいているはずだが、こんなにムーコに近づいたことがあっただろうか?そうだ、「ビーンストーク@ベイ」でキスされた時だ。
あの時も今も、ムーコのイタズラに翻弄されている…のか?ムーコはきっと、オレがドキドキすると分かっていて、それを楽しんでいるに違いない。今にきっと…と思っていたら、やはり。ムーコの眼が突然パチっと開いた。
「桜井先輩、目が覚めちゃったんですか。残念。」
「残念って、何かするつもりだったのかよ?」
「えへ。でも、花の女子大生と同棲してるんですから、もう少し構ってくれても良いんじゃないですか?」
「また、現実世界のムーコからの指令か?」
「いいえ、コレはこの世界の私の気持ち。多分、桜井先輩が隠し持った願望です。」
オレは黙ってしまった。ムーコを可愛いと思う気持ちは、オレ自身の心の中にある。実際のところ、まだ心臓のドキドキは収まっていなかった。けれど、オレを手のひらの上で踊らせようとする、現実世界のムーコへの恐怖感が拭えないのだ。
それはさておき、オレが目覚めた時には、午前11時を過ぎていた。腹は減ったし、昨日創った2人の武道家達に早速戦い方を教えてもらいたい。そこで、ムーコと大学の学食で昼ごはんを食べると、時宮研に一緒に来てもらって「睡眠学習装置(仮)」のオペレーションを頼んだ。




