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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第2章 人工意識体の世界
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2.7. あっけなく

 期待に胸躍らせて、コンソールから「神々の記憶」にアクセスした。すると、ログインするのか、新規にアカウントを作成するのかを聞いて来る。答えはもちろん、新規アカウント作成だ。

 キャラクターネームは「shotam」。オレの名前「shota」に人工意識体の略称「AM」をくっつけた、そのままオレを意味するものにした。他にも色々聞かれたが適当に答えると、アカウントが作成され、ログインできた。


 ログインした直後、オレは月夜の中、海が見える丘の上に立っていた。「ゲート」は想像した通り、いやそれ以上に、リアルな感覚をもたらした。強い風が吹き付け、一面に広がるススキのような草が、穂を横にたなびかせている。

 夜空を見上げると、空の星々までキチンと再現されていて、星座が確認できた。ゲーム本来の描画がここまで精緻なのか、「リアライズエンジン(改)」が頑張ったのかはわからない。

 でも、星座を構成する主要な星以外の、オレにわからない星々まで見える。だから、どこかから必要なデータを集めて処理し、その出力が視覚化されているのだろう。

 そのおかげで、北極星を見つけることができて、方角がわかった。それに、満月が西に傾いているので、明け方が迫っているのだろう。


 強風のせいか、やや肌寒い。


 月の光で自分の姿を眺めてみる。おぼろに見えるオレ自身は、何かの毛皮でできた貫頭衣をまとっているらしい。昔、どこかの博物館で見たことがあるような服装だ。そう、オレは神話時代の倭人を、自分のキャラクターとして選んだのだ。

 他にも神話時代の、エジプト人、ギリシア人、アステカ人、ケルト人、中国人等々、様々な民族の神話時代の人間を選ぶことができた。それに、年齢と性別、容姿も自由に選べる。

 多分、オレが現実世界の存在なら、自分自身とかけ離れたキャラクターを選んだと思う。でも、AMとなった今は、何故か自分自身の「存在」を主張したい気分なのだ。


 右手の人差し指を突き出して、小さく円を描く…「神々の記憶」のゲームシステムへのアクセス方法だ。システムにアクセスすると、プレイヤーのレベルや所持品を確認し、セーブやログアウトも可能だ。

 レベルは0なので、戦いになれば素手で応戦するしかない。このゲーム世界のチート能力である「奇跡の力」はもちろん、今は武器も使えない。こんな時は、目立たないように過ごすしか無い。

 身体パラメータは、気力と体力はほぼフルスケール。だから、空腹も疲労も感じない。だが、レベル0だ。とは言え、これが上がってもあまり攻撃力と防御力は上がらないと、ネット上で噂されている。理にかなった攻撃と防御をしないとダメらしい。だから、武道経験者でないと、なかなか生き残れないと言われる。

 オレはもちろん、武道の経験なんて無い。だけど、目立たないように過ごして、こっそりレベルを上げれば「奇跡の力」が使えるようになる。それが、オレの戦略だった。

 そう言う意味で、ゲームを開始したばかりのオレは、その瞬間こそ大ピンチだったのだ。最低のレベルなのに、深夜に1人で人里離れた屋外でボーッと立っていて、存在が目立ちまくりだった。

 魔物や敵となるNPC、それにレベル上げしたいプレイヤーにとって、その時のオレは格好の獲物だった。だが、当時のオレは、知識としてはわかっていたものの、経験も実感も無かった。


 月あかりの中ぼんやり空を見上げていると、突然胸に鋭い痛みを感じた。痛みの源を見ると、矢が刺さっている。焼かれるような痛みに耐えて矢を引き抜くと、血の池が出来た。

 やがて、呼吸が出来なくなって、苦しみにのたうちまわった。気管に何かが詰まっている。必死に、その何かを吐き出すと、地の池が血の湖に変わった。

 辺りを見回すが、何も見えない。ただ、その場所から逃げないと殺される…と思ったが、もう遅かった。異様な寒さを感じた直後、もう身体が動かなくなった。


 オレは死んでしまった。なんとも、あっけない。


 「神々の記憶」で死んだオレは、自動的にログアウトされて、真っ暗な空間に戻っていた。まだ、「死」の感覚は残っている。

 こんなことまでリアルに感じてしまう「ゲート」に、少し恐ろしさを感じた。軽い気持ちで「遊ぶ」のなら、ここまで「リアル」にすべきではなかったのかも知れない。

 それにしても、今回「殺された」のは、完全にオレの油断が原因だ。しかし、「神々の記憶」へすぐにログインする気にはなれなかった。


 そこで気分転換に、経験のある「武道家達の宴」をプレイすることにした。ただし、現実世界のオレのアカウントを使うのでは無く、AMのオレ専用のアカウントを取得してログインした。

 このゲームは、トレーニングモードとバトルモードがある。トレーニングモードでは素手、武器の各コースを選択する。いずれでも、ザコキャラを倒して行くとボスキャラが現れ、そいつを倒すと、ボスキャラの師匠が技を伝授してくれる。まあ、一種のチュートリアルなのだろう。

 現実世界のオレは、レスリングマスターのアレキサンダー、カポエラマスターのサンドロ、それに空手家の大川先生から免許皆伝だった。しかも、バトルモードでNPCとして登場した先生達に完勝している。だから、素手コースは楽勝だと思っていた。

 ところが、最初に出てくるレスリング初心者で中学生設定のアキレウス君には何とか勝てたが、次の高校生設定のアッティラ嬢には一方的にやられた。

 頭から落とされて頸が折れたような音がした所までは意識があった。が、やはりゲーム内で死んだらしく、またもや強制ログアウトとなった。

 真っ暗な空間でコンソールを前にして、オレはすっかりやる気を失った。オレには戦うセンスが無いから、コントローラーではなくリアルに戦うと、ダメダメなのだ。


 オレが「ゲート」からログアウトし、シェルの内壁をノックすると、ムーコがシェルを開けてくれた。すると、ムーコの隣りに高木さんがいて、無邪気に感想を聞いて来た。

「桜井君、どうだった?」

「あっけなかったです。」

オレは、少しつまらなさそうな顔で答えたらしい。

 高木さんは完全に勘違いしていた。

「さすが、ゲーマーね。」

でも、その後ろにいた木田は、ほぼ正確に理解していた。

「おおかた、あっけなく殺されて、強制ログアウトじゃないの?」

そこに、ムーコも乗って来た。

「先輩、高校生の頃から、喧嘩はダメでしたもんね。リアルな実戦なら、勝てないでしょう?」

 腹は立つが、コイツらの言う通りだ。それに、対応策はコイツらにも考えさせよう。そのためには、ありのままに答えるしか無い。

「お前らの言う通り、オレはリアルな戦いには勝ったこと無いし、今日は散々だったよ!『神々の記憶』でも『武道家達の宴』でも、ほとんど瞬殺されたし…。」


 すると、木田の後ろから川辺と女子大生3人組が出てきた。どうやら、レポートを高木さんに教わりに来ていたらしい。

 川辺は珍しく、オレに同情してくれた。

「せっかく、そんな凄いモノを開発したのに、楽しく遊べないのは気の毒だねえ。誰か桜井に武道を教えられる人はいないのかな?」

だけど、皆首を振るばかり。ただ一人、新庄由紀(しんじょうゆき)を除いて。

 新庄由紀は、オレと違う意味でゲームオタクだ。彼女はゲーム裏情報が大好きで、存在自体がデータベースそのものだ。

 新庄は言った。

「『武道家達の宴』に出てくる劉文老師と上泉真先生は本物。劉老師は本物の八極拳、上泉先生は新陰流の技とその動きを、再現出来る。だから、その二人を先生にして教われば、桜井君でもきっと強くなれるハズ。」

このぶっ飛んだ意見に、川辺が応じた。

「だけど、どっちもゲームのキャラだろう?どうやって教わるんだよ?」

でも、オレは閃いた。

「そっか。劉老師と上泉先生のAIを作って、2人に教われば良いんだ!」


 唖然とした皆を残して、ムーコの手を引き急いで帰宅した。「武道家達の宴」のトレーニングモードは頭脳工房創界で作ったから、新庄の言ったことはオレも知っていたし、現実世界のオレに頼めばデータもアクセス出来るハズだ。

 急いで現実世界のオレにメールした後、ムーコが準備してくれた夕食に舌鼓を打った。


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