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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第2章 人工意識体の世界
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2.4. AM世界の「睡眠学習装置(仮)」

 ムーコが帰って来ない内に、他にも確認したことがある。冷蔵庫の食材は一夜明けて目が覚めると、元通りになった。財布の中のお金も同様だ。ココはやっぱりオレの世界だ。オレにとって都合の良いことが、御都合主義的に起こるのだ。状況が少し理解できて、やや気分が落ち着いてきた。

 では何故、ムーコの服はオレの家に湧いて出て来なかったのか?オレの心が、ムーコの服を具体的に描けなかったからなのか?それとも、オレの本心(すけべごころ)がムーコのあられもない姿を見たかったからなのか?オレ自身、オレの心を全て理解できる訳では無いから、いくら考えても答えは得られない。


 お昼が過ぎてもムーコは帰って来なかったので、昼食を食べに学食へ行った。もちろん、現実世界とあまり変わらないこの世界で、大学がどうなっているのか気になったからでもある。そこで、授業にも出てみたのだが、後悔した。本は読めないし、授業は意味不明。…想像通りではあったが。

 それ以上にガッカリしたのは、「のっぺらぼう」じゃないクラスメートが5人しかいなかった事。木田、川辺、それに豊島、小鳥遊、新庄の女子3人組。結局、他の奴らの事は、顔も覚えられないくらい関心が無かったのだ。

 判ってはいたが、それを目に見せつけられたのは衝撃的だった。これまでの生き方を、少しだけ反省した。


 少し寂しくなったオレは、時宮研へ向かった。時宮研に行けば、高木さんに会えると思ったからだ。ついでに時宮准教授にも会えるかもしれないが、この世界の時宮准教授はきっと役立たずだ。現実世界では知識の巨人だが、ココではオレの知っていること以上は知らないハズだ。

 時宮研の扉を開けると、いつものコーヒーの香りがした。ということは…やはり居た。時宮准教授と高木さん。現実世界の時宮研でいつもそうしているように、お茶していた。

「おお、桜井君か。」

と、時宮准教授。

「お邪魔します。」

今度は、高木さんからいつものように、尋ねられた。

「桜井君もコーヒー飲むよね?」

「高木さん、ありがとうございます。」

高木さんの出してくれるコーヒーは、こちらの世界でも美味い。まあ、現実世界を反映しているのだから、当然ではある。

 お菓子を食べていると、時宮准教授が話しかけてきた。

「ところで桜井君、この世界の状況は解ってきたかな?」

「ええ、まあ。ここは、現実世界のオレをコピーした、AMのオレが創りあげた世界です。だから、現実世界のオレが知っていたことが全てで、知らないモノを見ると視界にモザイクがかかったり…」

「モザイクか。それはエロいイベントでもあったかな?桜井君は『睡眠学習装置(仮)』の最後の刺激反応調査でエロ動画を見せられて、記憶にモザイクが焼き付けられていたから、それが視覚化されたのだろう。そうだな…平山さんと何かあったの?」

遠慮なく突っ込んで来る時宮准教授の話を聞いていた高木さんの顔は、リンゴのように真っ赤になった。そうだ、この世界の時宮准教授は知識はオレと同レベルでも、無駄に頭が良いのだろう。

 答えに窮したオレは、苦し紛れに話題を変えた。

「そう言えば、この世界でも『睡眠学習装置(仮)』って存在するんですか?」

「もちろん。」

と、時宮准教授。そして、すこし寂しそうに話を続けた。

「だけど、今のところは存在するだけなんだ。」

「どうしてですか?」

「桜井君が役割を与えてくれないからさ。」

「役割?」

「そうさ。ココは桜井君の世界だから、『睡眠学習装置(仮)』をどんな装置とし、外部とのインターフェースをどう設定するかは、全て君次第なんだよ。」

 オレは、自室のPCが現実世界の「睡眠学習装置(仮)」の制御コンピュータのコンソールとなっていたことを思い出した。おそらく、制御コンピュータにはオレのイメージだけで接続できるが、その先は現実世界のインターネットの世界だ。通信を適切に設定しプログラムを組めば、望む入出力が得られる。

 そこで、確認のために時宮准教授に尋ねた。

「そうすると、『睡眠学習装置(仮)』も外部へのインターフェースになるんですか?」

「もちろん。桜井君がそう願って設定し、さらにプログラムを組めばね。」

 この時宮准教授は、オレの記憶を反映している。だから、この回答も現実世界のオレの理解を超えていないハズだ。そう思って考えこんでいると、時宮准教授がスマホを取り出して、オレに見せた。それは、現実世界の時宮准教授から来たメールで、今オレが説明された内容が書かれていた。

 思わず時宮准教授の顔を見上げると、

「まあ、そう言うことだから、『睡眠学習装置(仮)』の有効活用を考えてみたら?私はもちろん手伝うし、高木さんもきっと手伝ってくれるさ。」

と言われた。オレは思わずうなずいた。

 

 家に帰ると、ムーコが夕食を作ってオレを待っていてくれた。

「おかえりなさい、桜井先輩。」

家事をこなすために髪を髪留めで固定したその姿は、新鮮で可愛かった。それに、現実世界のムーコと違って、危険を感じずにリラックスして話せるような気がする。この世界のムーコは、良い同居人になりそうだ。

 夕食を一緒に食べながら、ムーコと別れてから帰宅するまでのことを、腹蔵なく素直に話して聞かせた。するとムーコも、両親と少し揉めて出てきたことや、現実世界のムーコとメールで連絡したことも話してくれた。

 

 やがて夜も更けて、ムーコにおやすみを言って自室に戻ると、現実世界のオレからメールが来ていた。

「頭脳工房創界のコンピュータに、アクセスして良いことになった。だけど、ファイルを変更した場合は、お前用に作ったディレクトリ内に新規保存して。」

とのことだ。これで、バイトに行けば仕事も出来る。いや、仕事というよりは趣味だな。何しろ、お金を稼ぐ必要も無いんだし。

 そう言えば、頭脳工房創界には「リアライズエンジン」があったのを思い出した。「睡眠学習装置(仮)」をAMのオレ自身と「リアライズエンジン」のインターフェースとして、「リアライズエンジン」をうまく改良出来れば、誰も味わったことが無い凄いゲーム体験が出来るかもしれない。ワクワクして来たが、今は眠ることにした。


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