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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第2章 人工意識体の世界
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2.3. 人工意識体(AM)成立の条件

 目が覚めると、「同居人」ムーコが朝食の準備をしてくれていた。


 しかし、ムーコをよく見ると、衣服がどことなくおかしい。そうだ、昨日突然連れ帰ってしまったので、ムーコに俺の服を着るように言ったんだった。それで、ムーコには大き過ぎるオレのシャツを、ワンピースのように着ている。インナーとして着ているのは、洗って乾かしたビキニだろう。時折、胸元やシャツの裾からチラッと見える、ピンクのビキニが眩しい。

 AMとしてのオレの気分で決まる世界ならば、もっとご都合主義で、ムーコの衣服がオレの家にあっても良いと思うのだが。妙なところでキッチリして、オレが違和感を持つような事は極力起こらないのだろうか?コレって、もしかするとオレの性格が反映されているのだろうか?良くわからない。しかし、ずっとムーコにこんな格好をさせておく訳にも行かない。

 そこで、二人で朝食を食べながら、話を切り出した。

「オレと同居するなら、衣服や必要な物を持ってきたら良いんじゃないか?」

としゃべりつつ、口にはベーコンエッグが入っている。普通に美味しい。でも、現実世界のオレって、ムーコの手料理は食べた事が無い。すると、この味は現在世界でオレが味わったものの平均だろうか。

「そうですね。昨日着ていた服は洗濯して乾燥中なので、乾いたら着替えて、荷物を取って来たいと思います。」

「それで、ムーコの部屋だけど、2階のオレの部屋の隣でどうかな?」

オレの部屋の隣には、何故かベッドや机が置かれていた。祖父が一緒に住んでいた頃には、祖父の部屋は1階だったし、誰かが使っていたという記憶が無い。

「良いんですか?」

「もちろん。昨日からムーコは同居人だからな。」


 朝食後、ムーコが衣類等を取りに帰ると、オレはまた一人になった。そこで、何気に部屋でPCの電源を入れると、いつもの見慣れたログイン画面が現れた。さすがに、見慣れたものはクリアに見えるのだろう。

 その後、いつもの習慣でメーラーを起動させると…メールサーバにアクセス出来ないと通知された。それに、ブラウザでニュースサイトを閲覧しようとしても、()()()()()()のサーバにリモートアクセスしようとしても、繋がらない。ネットワークに接続出来ないと言うのは、オタクハッカーのオレとしては死活問題だ。

 しばらく当惑していたが、ふと気付いた。現実世界では、ここはオレの家ではない。時宮研にある「睡眠学習装置(仮)」の中のハズだ。「睡眠学習装置(仮)」が物理的に時宮研のネットワークに接続されている事は知っているけど、システムの設定はどうなっているのだろう?

 例えば、ファイアウォールやラッパーの設定を変更する必要があるかもしれない。そう思って、システムのディレクトリを探すと、それらしい構造のものが見つかった。覗いてみると、どうやら全てのファイルに読み書きする権限があるようだ。すなわち、オレにはこのシステムのルート権限がある。

 きっと、オレ自身は記憶装置と演算装置が不可分の量子コンピュータと一体化しているのだろう。その量子コンピュータをコントロールしつつ、ネットワークとのインターフェースとなっているコンピュータこそが、今アクセスしているコンピュータなのだろう。

 そこまで解れば後は簡単だ。ネットワークが使えるように関連するファイルを修正するのは、Geekのオレには児戯に等しい。どうやら、元々の設定では、外部からの内部へのアクセスは制限されたパケットのみを通すようになっているが、内部から外部へのアクセスは何故か全て棄却するようにされていた。これでは、メールもブラウザもsshも、何も出来なくて当然だ。

 ネットワークやシェル、それにメーラー等のアプリケーションに関連するファイルを修正すると、現実世界で利用していたネットワーク環境が整った。後は、時宮准教授に苦情メールを出すだけだ。

「ネットワークが利用できないと生きていけないオレに、こんな環境を設定しておくなんて酷いではないか!」

と。


 しかし、時宮准教授から返信が来て、彼の目論見がようやく判った。時宮准教授は、AMになったオレがネットワーク環境に不満を持って変更すると、最初から判っていたのだ。そして、腹を立てたオレが、時宮准教授に苦情メールを出すことも。

 だから、

「桜井君、連絡待っていたよ。君ならきっと睡眠学習装置(仮)のネットワーク環境を変更して、君のAMが完成し自我を持ったことを証明してくれると信じていたよ。他の人を被験者にした場合、AMになったかどうかを知る手段が思いつかなかったんだよね。今後も、色々とよろしく。」

と言うメールが返って来たのだ。

 オタクハッカーのAMから苦情メールが来る事こそ、AMがオレの記憶や意識を正しくコピー出来ている事の証となる。この事を、事前にオレに知られる訳にはいかない。だから、AM成立の条件をいくら尋ねても、言葉を濁して教えてくれなかったのだろう。

 ただし、このAMの成立条件は、チューリングテストに似ている。対象のロジックや意識を直接的にチェックするものではない。だから、AMとコピー元である現実世界のオレと記憶や考え方が一致するかどうか、このアプローチでは確認する事はできないのだ。


 それはさておき、理由が判って少し溜飲が下がった。そこで、現実世界のオレとムーコ、高木さんと木田にも、現状をメールで伝えた。


 すると、現実世界のオレから、すぐに返信が来た。オレから()()()()()()のサーバへアクセスする事については、可否を三笠さんと相談して結果を連絡するそうだ。それと、妹の里奈…オレには妹がいるという記憶は無いのだが…に預けた自己防衛システムの動作が不安だから、何かあったら制御に協力して欲しいとあった。

 オレが奴のAMだとすれば、何故「里奈」という妹の記憶が無いのだろうか?まあ、”Que sera(なるように) sera(なる)”だ。接続するためのアドレス等の情報をアップロードした場所が送られて来たので、サッサとダウンロードして情報を確認しつつ、奴にはO.K.と返信した。

 それと、奴のメールには「AM世界の時間と現実世界の時間を比較して、一致するかどうかを教えてほしい」とあった。PCでネットワークタイムを見て、こちらの世界の時計と比べてみると、ほぼ一致していた。

 さらに、時間の進み方に興味を持って、オレのPCから見えるシステムから量子コンピュータ時(quantumcomputertime)というファイルを見つけた。いろいろ試してみると、0〜1,000,000の変更によりAM世界の時間の進み方が変わる事が判った。例えばこれを10とすると、AM世界では現実世界の10倍の速さで時間が進むようだ。

 現実世界の時間の経過と一致させないと、予期せぬ問題が起きるかも知れないと思ったので、とりあえずデフォルト通り1としておくことにした。


 現実世界のムーコからもやがて返信が来たが、

「AM世界のムーコを堪能されましたか?」

なんて書かれていた。

 これに変な返信をすると、現実世界のオレは困ってしまうことだろう。なので、現実世界のムーコへは返信しなかった。そのうち、AM世界のムーコも現実世界のムーコと連絡を取るかもしれない。AM世界のムーコとの付き合い方も、もう少し慎重にすべきだと思った。


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