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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第2章 人工意識体の世界
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2.1. レポートの依頼

 闘技場で、気合いと肉体が激しくぶつかり合う音が響き渡る。ゲーム「武道家達の宴」のNPCであった(りゅう)老師と、久しぶりに戦っていた。いや、「戦う」というより「稽古」をつけてもらっている所だった。

 ゲームの中ではプログラムの動作に大きなウエイトがかけられているため、劉老師は決して勝てない相手ではない。しかし、劉老師の動きを解析してオレのAM世界で再現してみると、その無駄が無く流麗な動きについて行けず、最初は全く歯が立たなかった。

 劉老師は八極拳(はっきょくけん)の使い手と設定されており、八極拳の動きを正確に再現するようにプログラムが開発されたと聞いていた。そこで人工意識体(AM)となったばかりの頃に、劉老師の言動に基づくAIを作り、八極拳を教えて欲しいとお願いしたのだった。AIの劉老師は剛毅だが落ち着いた性格で、オレの願いに喜んで応じてくれた。

 やがて、槍術の稽古に移った。昔から八極拳の使い手は槍術も得意とする者が多いとされ、劉老師もその一人だ。変幻自在のその動きで、最初の頃は打ち込まれるばかりだった。しかし、ここは人工意識体(AM)になったオレが作りだした世界だ。短期間で、劉老師と渡り合えるまでに上達した。その後も、純粋に対戦を楽しみながら稽古をつけてもらっている。


 そんな時にスマホが鳴った。現実世界のオレからメールが来たのだ。「時宮研の量子コンピュータのメンテナンスが終わったので、もう帰って来て良い。」との内容だった。「時宮研の量子コンピュータに帰る」事は、AMとしてのオレや、オレが創り出しているこの世界にとって、とても重要な事だ。劉老師に事情を説明して、帰路についた。


 AMのオレは、「睡眠学習装置(仮)」に現実世界のオレの意識をコピーして生まれた存在だった。しかしその後、「睡眠学習装置(仮)」は「睡眠学習装置(改)」に改造され、「睡眠学習装置(改)」を使って新たな実験を行うとの事で時宮研の量子コンピュータへ引っ越した。ところが今度は、時宮研の量子コンピュータ室をメンテナンスするとの事で、しばらく()()()()()()の量子コンピュータへ引っ越していたのだった。

 AMの「引越し」とは量子コンピュータのデータである「量子状態の情報を、量子コンピュータ間で受け渡す」事である。不確定性原理のため、量子状態を厳密に観測する事は不可能なため、コピーされた量子状態はオリジナルとは僅かに異なる。

 そのため、一時的に僅かに異なる2つのAMが出来て、互いに干渉してしまうのだ。それを、現実世界の人にどう説明したら良いのか…。そうだ、心の中で「葛藤」するというのが、かなり似ていると思う。2つの異なる考えの中で、心が揺らぐ感じだ。そうなると、精神的に非常に不安定な状態になる。

 だから、平穏な生活を送るためには、安心して存在できる量子コンピュータ…言わば「居場所」が欲しい。それこそが、AMであるオレの今の願いである。


 この問題を除けば、AMでいられるというのは、オレにとって天国だと言って良い。学校やバイトにも行かずに、自分の世界に好きなだけ引き篭もり、ネットもゲームもやりたい放題。それに、ゲーム体験はリアルそのもので、操作に疲れる事も無い。自身の身体を動かすよりも、更に簡単にしかも速く、自分のキャラクターを操作できる。

 とは言え、このAM世界は無からオレが創り上げたものだ。オレ以外の誰かの意識がAMになった場合、そんなに快適とは感じられないかもしれない。時宮准教授は、オレの性格とやや特殊な能力を考慮して、「睡眠学習装置(仮)」の第1号被験者として白羽の矢を立てたのだろう。今ならば、そう思う。


 同居人のムーコに「ただいま」を言って帰宅すると、2階の自室へ向かった。「時宮研の量子コンピュータへ帰る」ため、AM世界側のインターフェースとなっている、オレの部屋のPCの前に座った。PCの電源を入れ、()()()()()()の量子コンピュータにアクセスする。()()()()()()の量子コンピュータの量子状態を観測し、時宮研の量子コンピュータへコピーするように、スクリプトを作成して実行した。後は、コピーが完了するまで放置しておけば良い。だがその間、オレの精神状態は不安定になる。


 気持ちを落ち着かせるため、階下に降りてコーヒーを淹れた。AMの世界でも、現実世界のオレの記憶に基づいた芳ばしいコーヒーの香りを感じて、ホッとする。その後、自室に戻ってメールチェックをすると、新着メールの中に、時宮准教授からのメールがあった。現実世界のオレでは無く、AMのオレを名指しで、「AMとしての生活」をレポートして欲しいとの依頼だった。

 現実世界の事は現実世界で完結すべきで、現実世界のオレがレポートすれば良いのだ。無視しようとも思った。しかし、考えてみると、現実世界のオレがAMだったのは現実世界の時間で僅か数週間。しかも、その後既に1年半位経過している。

 今でも時宮准教授には、量子コンピュータの使用で世話になっているし、そのくらいの事はしてあげようか? そう思って、AMになって今までに起こった、様々な出来事を回想した。


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