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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
6. パズルの絵
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6.28. 交錯

 歓喜の歌が聞こえ始めると同時に、ガス銃にかかった白銀の指の動きが遅くなってきたような…気のせいだろうか? しかし、間も無く、白銀はガス銃を構えたまま動かなくなった…ように見えた。


 もしかすると、再び思考速度が加速したのか?


 警戒しながら白銀に近づいたが、全く動かないし何も言わない。そして、細心の注意を払ってさらに近づく。すると、彼女の目の焦点は定まらず、口から涎が流れていた。これは…八神圭伍たちと同じ状態だ。


 …ということは、これはフォンノイマンのAIの仕業か?


 だけど、フォンノイマンのAIは、白銀が来る直前に突然沈黙してしまったではないか。

 きっと、白銀はこの部屋の様子を何らかの方法で監視していたのだ。だから、八神圭伍たちがどうなったのか、当然知っていた。それで彼女は、この部屋に入る前に、フォンノイマンのAIがコントロールしていた音響システムの機能を停止させた…のか?

 でも、白銀=グリムリーパキラーのことだ。半端なことはしないだろう。機能を停止させるなら、万全を期して破壊したに違いない。その方が、街中でドローンを狙撃した白銀らしい。

 それなら、フォンノイマンのAIは、白銀に彼の「音楽」を聞かせることはできないことになる。

 だったら、この状況は…一体何が起こっているのだろう?


 オレが逡巡しているうちに、触れてもいないのに白銀は床に崩れ落ちた。

 

 何が起きているかなんてどうでも良い。今はとにかく里奈を救出して、この場を離れることが最優先だ。

 里奈の手と足には手錠がかけられている。その鍵がどこにあるのか? この状況から考えられるのは、白銀が持っている可能性が高い…ということだ。

 あの「狼」といえども女性だ。だから…その…躊躇しながら床で倒れている彼女をまさぐる。…いや違う違う。オレは鍵を探しているだけだ。誰も見ていないハズなのに、思わず頭を振る。

 それでも、鍵は見つからない。おそらく赤面しているだろうオレは、もう沸騰しそうだ。いつ目覚めるか分からない里奈の前で、これ以上こんなことを続けるのは、精神的にきつい。…もう無理だ。

 いや、里奈だけじゃない。いつ目覚めるか分からないのは、八神圭伍や白銀も同じだ。…ということに今更気がついた。彼らが目覚めたら、また窮地に陥ってしまう。

 それなら里奈の手錠の鍵をあきらめて、急いでこの部屋から逃げるしかない。生きて逃げきれれば、手錠はどうにかなるだろう。

 オレは里奈を抱き上げた。暖かい。身体はピクリとも動かないが、里奈は間違い無く生きて、この腕の中にいる。


 今度こそ、里奈を取り戻したと実感する。…ようやくだ。


 部屋を出る前に、中を一瞥した。

 八神圭伍も平山現咲も、三笠さんも白銀も。今は正体無く「眠り」についている。今の内に、トンズラだ。

 里奈を両手で抱えて、真っ暗な部屋を歩く。

 あの明るい部屋から出たあとも、「歓喜の歌」は続いた。そうか…スナイプナビのヘッドホンから聞こえていたのか。

 …とすると、このスナイプナビは誰かにハッキングされているっていうことか…今も。そして、その「誰か」とは、フォンノイマンのAIしか思いつかない。オレに「歓喜の歌」を聞かせているのは、オレにそのことを気づかせるためか?

 そして、三木さんの「帽子」の仕組みも、きっとフォンノイマンのAIに把握されている。だから、美しい音楽が聞こえたのだろう。だったら、今のオレの生殺与奪の権は、フォンノイマンのAIに握られているのだろうか?

 そんなことを考えたら、気持ちが悪くなってスナイプナビを外したくなった。だけど、オレの両手は大切な里奈を抱きかかえている。

 今、優先すべきは、白銀から逃げることだ。

 フォンノイマンのAIは、白銀を動けないようにした一方で、オレにはベートーベンの交響曲第9番を通して「Freunde(友達)」と声をかけてくれた。…のだろうか?


 …そういうことにしておこう。


 と思いながらも、アレコレ考えてしまう。

 そう言えば、フォンノイマンのAIは白銀が来る直前に

「桜井祥太君、私も君に頼みたいことがある。」

と言っていた。彼(?)がスナイプナビをコントロールしているのならば、その言葉の続きがあっても良さそうなのに、何も言って来ない。


 一体、どうなっているんだ?


 そう思った瞬間、ついに、彼(?)の声が聞こえた。

「今から来る相手には抵抗しない方が良い。」

ん、何の話だ?

 そして、目の前が真っ暗になった。

 彼(?)にハッキングされているであろう、スナイプナビの表示が消えたのだろうか? やがて、ベートーベンの交響曲第9番も聞こえなくなった。どうやら、スナイプナビが全機能を停止したようだ。

 真っ暗で静かな世界で、反射的に里奈を強く抱きしめた。

 間も無く無数の足音が聞こえて、やがて「ドン」と何かが強く蹴られたような音。それに続いて、怒鳴るような男の声がした。

「抱えている娘さんを床に降ろして、手を上げてゆっくり立つんだ。」

 フォンノイマンのAIに言われた通り、男の言う通りにする。どうせ、この状態では抵抗できない。それに、無理に抵抗して里奈を傷つけたく無い。

 里奈を傷つけないようにゆっくりしゃがんで床に下ろすと、腕から温もりが消えた。そして、手を上げてゆっくり立ち上がる。


 真っ暗な視界の中、足音が聞こえた。…1人や2人ではない。もっと多くの人数が近くにいる。きっと、里奈も連れ去られているところなのだろう。

 クソッ。せっかく、里奈を取り戻したのに…。

 両手に冷たい感触がして、カチッと音がした。手錠か?

 直後に前から声がした。

「確保、確保。誘拐と傷害容疑の現行犯で、男を逮捕したぞ。」

逮捕…って、こいつらは白銀の仲間じゃ無いのか?

 そして、オレからスナイプナビが奪われて、初めて辺りの状況が見えた。暗かったはずの部屋がライトで照らされて、周りに何人もの警察官らしい制服を着た人と、「SATもどき」たち。

 いや、もしかすると…彼らは「SATもどき」では無く本物のSAT? そして、「警察官らしい」人たちも本物の「警察官」?


 それなら…そうだ、里奈はどこにいる?

 辺りを見回したが、もう彼女の姿はどこにも無かった。


戦闘シーンは、ひとまず終わりです。

ここからは、少しクールダウンしてから「解決編」になりそうです。

それに、意外にも未回収の伏線がいろいろと残っているので、年越しは確定ですね。


次話もお読みいただけると幸いです。

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