6.26. あの時の真実
床に倒れた里奈を抱き起こす。撃たれたかと心配したが、出血は無さそうだ。
「里奈、大丈夫か?」
「ん…。祥太さん…。」
どうやら、里奈は大丈夫らしい。
そして、サイバーポリスの「白銀さんの声」が聞こえて来た方向を振り返る。その言葉は、彼女が「ウォーインザダークシティ」で「グリムリーパ」を狙撃した「グリムリーパキラー」であることを示していた。
そして今度こそ、直にその姿を見た。
間違いない…。彼女こそ、オレとムーコが襲われた時に、大型ドローンを狙撃銃で撃ち落とした「真の敵」だ。
それにしても、顔と声は確かに「白銀さん」だけど、服装は「SATもどき」、口調はレディース…というよりどこかの「姐御」のようだ。オレが見慣れている「バリキャリ」は、彼女の真の姿では無かった…のか? 「白銀さん」こそ、オレとムーコを地獄へ堕とした襲撃犯のリーダーだと確信した。
八神圭伍と平山現咲は、口と頭は回るが、オレとムーコをあんな目に合わせるような腕力は無い。オレとムーコを直接襲った高坂和巳は、腕力も知力も、「白銀さん」と並び立てるレベルでは無いだろう。「SATもどき」たちと比べても雑魚っぽい。三笠さんに至っては、八神圭伍たちに釣られただけにしか見えないし…。
八神圭伍は「白銀さん」を「腐れ縁でコントロールできない奴」だと言っていた。結局、「白銀さん」、八神圭伍、三笠さん、それに高坂和巳は、利害が一致して共に行動していただけなのだろう。
…と思っていたのに、「白銀さん」は、
「今度は、八神たちに何をしたんだよ?」
なんて言った。「白銀さん」にとって、彼らは仲間だったのか? それとも、その言葉は、八神圭伍と三笠さんに聞かせて恩を着せるつもりだったのか?
どっちにしても、彼女は単なる「襲撃犯」ではなく、彼女こそがオレとムーコを「殺した」。つまり、彼女こそ「真の敵」だった…。それが、今、目の前にいて吠えている。
もう怒りを抑えきれなくなって、オレも吠えた。
「ムーコがああなったのも、オレがこんな目にあったのも。白銀さん…いや白銀…警察官の皮を被った犯罪者、お前のせいだろう? 何故、あんなことをしたんだ?」
「ムーコっていうのは、平山美夢のことか?」
「そうだ。」
すると、彼女は意外なことを言った。
「あれは、お前が悪いんだぞ、桜井。」
「何故だ?」
白銀は悪びれもせずに、とんでもないことを淡々と説明し始めた。
「八神と平山姉にとって、平山妹がお前と仲良くなるのは都合が悪いかったらしい。あの2人は、レゾナンスを牛耳って、頭脳工房創界も欲しかった。それには、平山妹とお前が一緒になると邪魔だから、別れさせろって言ってきたんだ。」
ずいぶん勝手な言い分だ。それに、オレとムーコを別れさせることと、オレとムーコを廃人にするのでは全く違うではないか!
そこで、オレは言い返した。
「それなら、あそこまでやる必要は無いじゃないか?」
彼女はオレの抗議を聞く気は無いようで、そのまま説明を続けた。
「だから、ウチが平山妹を脅して、平山姉が別れるように説得した。それなのに、お前が平山妹をなだめて落ち着かせてしまった。」
「そんな勝手な…。」
続く白銀の言葉は、彼女の本性をさらけ出した。
「それで、ゲームをした。平山龍生に恨みを持っていて、平山姉の襲撃に失敗した高坂和巳に、平山妹を襲わせるっていうゲームだ。襲撃のサポートはウチらがしてやるって言って背中を押したら、喰いついて来た。」
「それがゲーム…だと?」
白銀は、意識が無さそうな八神圭伍と平山現咲の姿に眼をやりつつ、言った。
「ウチがけしかけた高坂和巳に平山妹が怯えて、上手くお前たちを別れさせられれば、八神から報酬をもらえる約束だった。それに、別れさせられなかった場合は、ウチはリアルの世界で楽しい『狩り』ができることになっていた。獲物は平山妹とお前だ。」
こいつは、何を自慢しているんだ…「被害者」のオレの前で。
オレの感情を無視して、彼女は説明を続けた。
「万一、疑われても八神と平山姉がアリバイを証言することになっていたんだ。平山妹と桜井がいなくなれば、いずれ奴らはレゾナンスを牛耳れると踏んだんだろう。実際、平山龍生に恨みを持つ高坂和巳に全てを背負わせて、ウチにはお咎め無し!」
彼女の仲間の八神圭伍は、ムーコがああなったことについては、つい今し方不満そうに語っていた。…それはポーズだったのか?
ムーコの姉の平山現咲は、あの事件の直前に、確かにムーコと衝突していたようだった。それをオレは、AM世界から覗き見た。
だけど2人は、現実世界に戻ったオレを、ムーコと会わせてくれた。ムーコの意識は無かったが…。
何故だ?
オレとムーコを確実に引き離すため? …いや、あの時のムーコは、もう意識が戻る可能性は無かった。だから、その必要は無かったのでは?
でも、あの片岡病院での平山現咲は、確かに悲しんでいるように見えた。あれがポーズだったら、彼女は稀代の女優だろう。
八神圭伍、平山現咲、それにムーコ。彼、彼女らの関係は、愛憎絡み合っていて、虚実が分からない。白銀は、この状況でオレに嘘を語る必要が無い。だから、その言葉はきっと真実だ。
…真実には別な側面もあったのかもしれないが…。
それに「狩り」とは…。あのグリムリーパキラーらしい言葉だ。八神圭伍、三笠さん、それに平山現咲が意識を失っているらしいこの時点でも、そんな彼女…白銀が目の前にいる。オレが窮地にいることに変わりは無かった。
白銀は、そこまで言った後、口を閉じて笑った。…冷たく口角が上がった笑み。面白がっているというより、血が騒いで興奮している…のか?
そんな彼女に注意を引かれているうちに、気がつくと「SATもどき」たちに周囲を囲まれていた。
次の瞬間、「SATもどき」たちが同時に攻撃を仕掛けてきた。ある者はナイフで、ある者からは脚が伸びて来た。それらを、八極拳の金剛八式でどうにか捌きながら、囲みを突破して隣の部屋へ逃げ込んだ。真っ暗なその部屋は、八神圭伍に会う前に2人の「SATもどき」たちを倒した場所だ。
ようやく、少し息をついた。だけど、里奈を残して来てしまった。オレが来る前から、里奈と白銀たちはここにいたのだろう。すぐに里奈が危険な目に遭うとは思えないけど、彼女を連れて帰らないと…。




