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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
6. パズルの絵
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6.24. 究極の音楽

 フォンノイマンのAIは、

「フォンノイマン先生が作曲?」

という八神圭伍の問いに淡々と応えた。

「もちろん。そして、私自身のシステムで発生させた音で演奏し、伝播する音の響きも計算した。私としては、これでモーツァルトを超えたと自負している。」

 その人工音声には、どこか達成感が滲んでいる…ような気がした。

 やはりそこか。AM世界のオレからの情報から、「モーツァルトのレクイエム」超えが、彼「フォンノイマンのAI」の「生涯」の目的だと予想していた。そして、それは的中していたらしい。

 しかし、「フォンノイマンのAI」が「モーツァルトのレクイエム」を超える最高の音楽を作り披露するというのなら、豊島の言葉が気になる。あのクラシック音楽オタクの豊島が、

「完全な音楽なるものがあれば、それは危険だと思います。」

と断言したのだ。彼の音楽が何かを引き起こす…のか?

 彼の音楽に対する期待と、それがもたらすかもしれない何かへの懸念が交錯する。


 ところが平山現咲は、お気楽だった。

「『フォンノイマン博士』は20世紀前半の物理学者でしょ? そんな昔の人のAIが作曲した音楽なんて、今の私たちには退屈だと思うけど。まあいいわ。拝聴します。」

 八神圭吾ですら、警戒しているようには見えない。

 八神圭伍と平山現咲の前に座っていた里奈は、彼の音楽に対してでは無く、オレへの警戒が解けないのかジッとこちらを睨んでいた。その隣の三笠さんは、里奈の手を掴んで離さない。

 三笠さんは確かに独身だったような気がするが、八神圭吾よりも年上だと思っていた。信じていた彼の変節は、腹に据えかねていた。そして、彼と里奈の距離は、オレの心を抉った。


 里奈は失われたのだ…その時オレはそう感じていた。


 フォンノイマンのAIは、講義をするように、彼が作曲した曲の説明を始めた。

「『音楽』とは、人間の聴覚へ入力する情報だ。だから、入力した『音楽』が、個々の人間の思考や行動、さらには意識へ作用することが『音楽の効果』と言えよう。私は、人間の『感動』を先に定義して、逆問題を解いて『音楽』を作ったのだ。」

 フォンノイマンのAIは、彼の作曲した音楽がどういうものであるのか、この時、しっかり語っていた。そう…それは聞く者の意識に作用する情報。でも音楽とは、それが名曲であってもなくても、程度の差はあってもそういうものだろう。

 名曲…モーツァルトのレクイエムは聞く者の心を揺さぶるが、感じ方は人それぞれだ。それを超えるためにフォンノイマンのAIが何をしたのかを語ったのだ…とオレは思った。

 つまり、普通なら素晴らしい音楽を作曲して人々を「感動」させる。だが、フォンノイマンのAIは人々が「感動」するように音楽を設計した。つまり…順序が逆だ。

 では、音楽を聞いて「感動」とは、どういうことだろう? 音楽に浸る…その世界に閉じこもってしまうこと…なのか? だとすれば、究極の音楽を聞いたら人の心はどうなるのか?

 やはり、豊島の言葉が引っかかる。

「それは危険だと思います。」


 だが、そのフォンノイマンのAIの言葉を真面目に聞いていたのは、オレだけだったようだ。オレには、フォンノイマンのAIは一応警告しているようにすら感じられたのだが…。

 「勝者」の八神圭伍と平山現咲にとって、彼の言葉はどうでも良いことであったらしい。

「分かった分かった。それなら早く始めてくれ。」

「音楽にうんちくはいらないわ。」

 八神圭伍と平山現咲はフォンノイマンのAIの説明に、明確に不快感を示した。一方、三笠さんと里奈は興味がないのか、反応もしなかった。結局、フォンノイマンのAIの説明に耳を傾けたのは「敗者」のオレだけ…ということか。


 やがて、弦楽器のような音に乗せて、美しいがやや陰鬱な旋律が始まった。確かに、これはヤバい。心が引き込まれそうになって、思わず眼を閉じた。

 …その時だ。微妙に調律が外れた音が被せられたように、変なうなりが聞こえてきた。

 それは、美しいと感じ始めていたフォンノイマンのAIの曲の、旋律だけでなく和声もリズムも崩していった…。その崩壊した「雑音」は、オレの意識を現実に引き戻した。

 折角の美しい音楽を台無しにされて、オレは思わず「三木さんの帽子」に手をかけた。これさえ無ければ…と帽子に手をかけつつ見開いたオレの眼に、異様な光景が映った。

 八神圭伍も、平山現咲も、三笠さんも、里奈も…。皆、幸せそうな表情を浮かべていた。だが、明らかに何かおかしい。眼を閉じている三笠さんと里奈はともかく、眼を開けていた八神圭伍と平山現咲は焦点が合っていない感じで、どこか虚ろな表情だ。そして、全員の口から涎が流れ落ちて、衣服を濡らしている。


 これが究極の音楽…「フォンノイマンのレクイエム」…の力なのか?


 一瞬、恐怖で錯乱しそうになった。しかし、里奈だけは救出しなければ…。でも、どうすれば良いのだろう?

 この状況が「フォンノイマンのレクイエム」の結果であることは間違いようが無い。それなら、里奈に「フォンノイマンのレクイエム」が聞こえないようにすれば良いのか?

 だから彼女の耳を塞いだ…が、彼女の口から涎が止まらない。彼女の意識も戻らない。無理やり彼女まぶたを開いたが、八神圭伍や平山現咲と同じ…焦点が合っていない。


 泣きながら里奈の頬を叩いたが、彼女は反応しない。


 そうだ、今の内に里奈を連れてここから出よう。だけど、その前に…スタンガンが仕込まれた「棒」でネットワーク機器らしきものを叩きまくった。そして、意識の戻らない八神圭伍、平山現咲、それに三笠さんから携帯端末やガジェットを奪って破壊した。


 そして、スナイプナビの通信機能を使って、AMのオレに例の動画データが拡散しないようにフォローを頼んだ。


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