1.18. 里奈の誕生日
10月24日、里奈の誕生日の朝。例年だと、里奈は朝から友人達と出かけるのだが、今年は違うようだ。いつもの日曜日と同様に、午前10時過ぎに起きて来た。
「おはよう、里奈。」
「お兄ちゃん、おはよう。って、もうそんな時間じゃないけどね。」
「それと、誕生日おめでとう。」
「ありがとう…。」
里奈は、少し照れているようだ。でも、誕生日プレゼントは、毎年夜に渡すことにしている。
朝食にしては遅すぎるから、ブランチと言ったところだろうか?里奈が2人分のトーストとタマゴ焼きとサラダ、それにオレンジジュースをテーブルに並べてくれて、一緒に食べ始めた。
「今日は予定ないのか?」
「うん。」
「いつもの友佳ちゃんとか、直美ちゃんとかは?」
朝日奈友佳と山際直美は里奈の幼馴染で、いつも里奈と一緒に出かけたりしている。家もご近所なので、オレも見知っている。
「2人とも、今日は家族の都合で、出かけられないみたい。」
「そうか。今日はオレも暇なんだ。」
「お兄ちゃんは、いつも暇そうに見えるけど?」
里奈のツッコミが厳しい。
しかし、オレが
「それじゃあ、『デート』でも行こうか?」
と言うと、「デート」と言う言葉にはツッコミが入らず、
「お兄ちゃんのおごりなら、付き合うよ。」
と言った里奈は、嬉しそうだった。
午後1時。秋晴れの中、オレと里奈は遊園地に来ていた。ここには、10年以上前にまだ2人とも小学生だった頃、両親と共に来た事があった。しかし、その後は2人とも遊園地に来た事がない。その間に置き換わったアトラクションもあるが、懐かしいアトラクションもかなり残っていた。しかし、里奈には遊園地の記憶がほとんどないらしい。
今日の里奈は、なんか気合が入ってて、いつもより大人びているように見える。服装も、いつもは可愛い感じの明るい色のものが多いのだが、今日はバーバリーチェックのワンピースに赤いパーカー。いつも可愛いとは思っていたが、今日の里奈は格別に綺麗だ。我が妹ながら目が離せない。
先ずは、入り口近くのジェットコースターに乗ることにした。懐かしい。昔来た時にもここにあった、遊園地の顔だ。もっとも、前回来た時には小さかった里奈は乗せてもらえず、乗車口で泣いていたのだったけど。今回は、もちろん里奈はオレの隣に座って、発車を待っていた。
警告音が鳴って、コースターが登り始めた。前方は、突き抜けるように青く深い空。里奈は少し緊張して、オレの手を握った。登りきったあと、ガタンと音がして、地面に落ちるように加速し始めた。
「キャー!」
「ワーッ!」
他の客に混じって、里奈の黄色い声が聞こえて来た。隣の里奈は、目を輝かせながらも蒼ざめた顔で、オレの右手を左手でキュッと握りしめていた。背伸びしてオレについて来ようとしているみたいで、とても愛おしい。
そうだ、思い出した。以前遊園地に来た時、里奈はずっとオレの後を追いかけてきたのだった。まだ小さかったから、ついて来てもほとんどのアトラクションに乗れなかったのに。両親が、里奈をオモチャやお菓子でなだめて、里奈を休ませようとしていたのに。それでも、ひたすらオレを追いかけて来た。
コースターは、下りきったら今度は登り、時に急旋回する。まるで、これまでのオレと里奈の人生のようだ。これからも変化が激しくて大変な人生なのかもしれないが、里奈となら兄妹で乗り切って行けるだろう。何故かそんな気分にさせられた。
コースターが降車位置で停止すると、係員に
「降りて下さい。」
と言われたが、里奈は立てないようだ。
「大丈夫?」
と声をかけたが、里奈は蒼ざめたまま首を振る。
大分気分が悪そうなので、腕を引いて、抱き上げてコースターから下ろした。そのまま、近くのベンチまで両腕で抱き抱えたまま連れていき、オレの脚を枕にして横たわらせて頭を撫でた。里奈は、ジェットコースターは苦手だったようだ。他の絶叫マシンも楽しめないかも知れない。
だが、しばらくすると回復した里奈は、ベンチに座り直すと、
「お兄ちゃん、抹茶のソフトクリーム食べたい。」
と言い出した。顔色も良くなってきて、オレはホッとした。
近くの売店でソフトクリームを2つ買ってきて、里奈と並んで食べ始めた。心地良い陽射しの中、笑顔でソフトクリームにパクつく里奈に、母親の面影がオーバーラップする。血が繋がっていない母親は、今の里奈によく似ていた。母は、子供のオレが見てもとても美しく、参観日などは少し誇らしかった。
「昔、お父さんとお母さんとオレと里奈の4人で、この辺りでソフトクリーム食べたの覚えてる?」
「ごめんね。覚えていないの。」
「里奈は小さかったから、仕方ないよ。」
あの時のオレは、追いかけて来る里奈が鬱陶しかった。そんなオレに父は言った。
「里奈はお前のただ一人の妹。お前が守るべき存在なんだよ。」
父にそう言われて、改めて里奈を見つめて驚いた。「オレの妹は、もの凄く可愛い!」と、その時思った。そうだ、あの日から里奈を意識し始めたのだ。
里奈が落ち着いた後は、絶叫系以外のアトラクションを、二人で楽しんだ。遊覧船やパレード、大道芸などなど。
そして、締めくくりに観覧車に乗った。陽は落ちたものの、空はまだ少し明るい。地上では次々と街灯が輝き始め、空では一番星と二番星が見え始めた。その柔らかな光が、里奈の顔を照らしている。
「お兄ちゃん、今日は楽しかったよ。ありがとう。」
「オレの方こそ、里奈との誕生日デートを楽しませてもらったよ。それに、久しぶりにここへ来て、昔の里奈や、お父さんとお母さんのことも思い出したよ。」
「昔の私って、どんな感じだったの?」
「ずっと、オレを追いかけてたよ。あの時の里奈も可愛かった。」
「お兄ちゃんを追いかけていたのか。今も変わらないね。」
「そうなの?」
「そうだよ。」
そう言って、里奈はそっぽを向いた。
オレ達が乗ったゴンドラは、あっという間に地上に戻った。
家への帰り道、予約していたケーキを買って帰ると、家で里奈の誕生会をやった。里奈のために開発した自己防衛システムをプレゼントすると、里奈は喜んでくれた。ただし、プレゼントしたのはもちろんハンドバッグとしてではあるが。ハンドバッグに付けた飾りのリング…実は超小型ドローン…も、とても気に入ってもらえてホッとした。
里奈がこのハンドバッグを気に入って持ち歩いてくれれば、治安が悪くなってきた昨今でも、かなり安心出来る。もちろん、自己防衛システムが作動する機会が無ければ、それに越したことは無いのだが。




