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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
6. パズルの絵
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6.21. 変態兄

 リア子はムーコの姉。片岡病院では、眠り続ける妹「ムーコ」の姿を悲しそうに見ていた…のだと思っていたが。ムーコがあんな目にあったのは、彼女の恋人、八神圭吾の仕業だろうが…。

 そして今は、里奈を攫った八神圭伍の隣で、平然としている。いや、あの時だって彼女は八神圭伍と共にいたではないか…? オレが全てを理解しているのでは無いにしても、ムーコがあんなことになった責任は彼女にもある…。

 そんなことを考えて、内心イライラしていた。でも、表情には出さないように、スナイプナビのメガネ型のディスプレイ越しに彼女の姿を見ていた。


 ふと、白銀さんたちの動向が気になった。

 スナイプナビのドローンの映像では、白銀さんと「SATもどき」たちが「城」の外に出てドローンを追跡していた。新庄たちの時間稼ぎはうまくいっている。まだしばらくは、彼女たちがここに来る懸念はなさそうだ。


 それで視線をリア子に戻すと、リア子の後ろのドア、すなわち入り口の反対側のドアが開いた。虚をつかれた…と思って身構えると、いつの間にかこの部屋から姿を消していた八神圭伍が現れた。

 そして、その後ろから意外な男が、里奈の手を引いて現れた。…三笠さん?

 でも、先ずは里奈だ。オレは思わず彼女に駆け寄ろうとしたが、それはできなかった。オレが近づくと、彼女は後ずさりする。もっと近寄ると、ついに三笠さんの後ろに逃げた。

 そして叫んだ。

「桜井さん、近づかないで。」

里奈の眼から、じわっと涙が溢れるのを見た。

 彼女が横に大きく首を降ると、眼から涙が飛び散った。そのしずくが一滴、オレの手の甲にまで飛んで来た。彼女は本当に泣いている…。

 まさか…もしかするとオレは里奈に嫌われている? 精神的にショックを受けて動けずにいるうちに、里奈は出てきた部屋に戻ってしまった。


 オレがその部屋に入ろうとすると、三笠さんがオレの前に立ちはだかった。

 そうだ、謎はもう一つ…。()()()()()()でオレの上司でもある、プログラミングチーフの彼が何故ここに?

 思わず口から言葉が漏れた。

「どうして、ここに三笠さんが…?」

 でも、三笠さんはマトモに応えてくれない。

「『どうして?』って、桜井君だって解っているんじゃないか? ここまで…あのおっかない白銀の攻撃をかい潜って来たんだから。」

 それでも、オレは食い下がった。里奈のあの反応…どうしても理由が知りたい。三笠さんは、少しはオレに引け目があるハズ。だから、後ろにいる八神圭伍よりは、オレに味方してくれる可能性が高い…と思った。

 不安な気持ちを抑えて、三笠さんに尋ねた。

「いや…オレは妹を連れ戻しに来ただけです? 三笠さんの事情は知りませんが、ここを通してくれますか?」

 すると、三笠さんは一考もせずに、軽く首を横に振って応えた。

「それはだめだ。里奈も君を嫌っているようだし。君が来るまでに、どうやら里奈を『手懐けた』からさ。」


 里奈がオレを嫌っている?

 オレが来るまでに里奈を「手懐けた」って?

 里奈を呼び捨て?


 ついさっきの里奈の反応が脳裏に蘇る。そのイメージを無理やり打ち消しつつ、質問を続ける。

「『手懐ける』って?」

 三笠さんは余裕の表情だ。そして、軽やかな口調で言った。

「それは桜井君も見ただろう? 今の里奈にとって、君は恐怖の変態兄。そして、私が君から彼女を守る存在ってとこだろうな。」

 嘘だ! オレと里奈はずっと支え合って生きて来たんだ。オレはいつも里奈を守ろうとして来たし、里奈がいなければムーコと襲われたあの事件の後にこうして現実世界で生活出来てはいない。

 そのオレが「変態兄」だと? 里奈がオレのことをそう思うハズが無い。…だが、さっきの里奈は明らかにオレを怖がって、本気でオレから逃げていた。…それが現実…?

 三笠さんが言った、「手懐ける」とか「変態兄」という言葉。…一体、里奈の身に何が起こったんだ?

 だが、里奈の自己防衛システムは動作していない。つまり、里奈が暴力を振るわれたり脅迫されるようなこと…少なくともセンサで検出されるようなこと…は全く無かったハズなのだ。


 それなら、里奈は一体何をされたのか?


 オレと三笠さんの話を聞いていた八神圭伍が、ニヤニヤしながら話に割り込んできた。

「それくらいにしておいたらどうです? 桜井君は知らないのだから…。だけど、フォンノイマンのAIから言われたように我々の仲間になってもらうためには、もう少し説明が必要だろう。」

 そして、ドアを開けると、

「ほら、里奈もこっちにおいで。僕たちがいるから、君の変態兄も君に何もしないから。」

と声をかけた。八神圭伍も里奈を呼び捨て? 一体、どうなっているんだ?

 そして、彼はオレにもソファーに腰掛けるように勧めてきた。


 リア子はお茶の準備を終えて、既に座っていた。八神圭伍はその隣に、三笠さんはリア子の前、そして里奈は三笠さんの隣に腰を下ろした。だが、オレはこの殺し合いの場で、ソファーでリラックスしてお茶を飲む気は起きない。

 大体、外ではまだ、新庄と豊島がコントロールするドローンと白銀さんが戦っているのだ。白銀さんや「SATもどき」がここに来れば、オレを殺そうとするハズ。

 いや、ここに座っている八神圭伍、リア子それに三笠さんの3人だって、いつ何をしてくるかわからない。それどころか、今の里奈だって…。


 どうして里奈の行動がおかしくなって、オレの命が狙われているのか?


 その答えは、直ぐに分かった。

 どこからかともなく、人の声が聞こえた。それは、どこかで聞き覚えのある男の声。

「ミスター八神。あらかじめ言ってあるように、我々はミスター桜井を味方にしたい。君だけじゃない。ミス白銀も彼を始末しようとしているようだが…。君が考えているステップの次の段階で、彼は必要なんだよ。私の計算ではね。」

 …これはニュース動画サイトを乗っ取った、フォンノイマンの声だ。


 この状況は…八神圭伍と白銀さんは何故かオレのことが邪魔なのだろうか? それで、以前に襲撃されたときのようにオレの意識を消そうとしているのか? その一方で、あのAIのフォンノイマンがオレを必要だと言っている…。

 とすると、オレが玉置由佳を救出する際に「フォンノイマンのレクイエム」にアクセスできるようになるまでは、八神圭伍たちにオレを仲間に入れる選択は無かったということになる。それまで、八神圭伍とフォンノイマンのAIに繋がりは無かったのだから。

 だから、八神圭伍はオレに里奈の居所を隠していたのか…。


 それと、八神圭伍が考えたシナリオの先に、フォンノイマンのシナリオがあると言っていた…。しかし、その2つは元々一致していなかったのではないか?

 オレがAM世界で出会ってきたフォンノイマンのAIたちの言動を思い出す。凄まじく頭が良くて身勝手で…。きっと、フォンノイマンのAIが八神圭伍のシナリオを換骨奪胎することになるだろう。そこが、オレの付け込む隙きになるかもしれない。

 一方、「八神圭伍のシナリオ」の変更が始まってから、せいぜい一日しか経っていない。彼が「フォンノイマンのレクイエム」にアクセス出来るようになる前から、里奈はここにいたハズなのだから、里奈を「手懐ける」のは元々の八神圭伍のシナリオにあったのだろう。


 八神圭伍、そしてフォンノイマンのAIは何を企んでいるのか?


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