6.16. 敵
ここまでの時宮准教授の言葉に、疑わしさは感じられなかった。だけど、AMのオレは、時宮准教授とどう関係するのだろう?
そこを問うと、時宮准教授は答えた。
「AMの桜井君とあの嵐の日の午後に話し合うまでは、私にとって、三木君と新庄さんへの依頼は完全に別件だった。だけどあの日、彼に言われて気付いたんだ。どちらも、桜井君が妹さんを取り戻しに行く前に渡さなければいけないモノだと。」
そう真面目に言われても…だ。一つは使い方が分からないガジェット、もう一つはゲームの中で殺し合いに使う道具を、リアルに再現したもの。時宮准教授がそこまで言うのなら、持って行くとしても、一体何に使うのやら…?
そんなことを考えていたから、その時のオレは困惑した表情を浮かべていたはずだ。しかし、時宮准教授は真面目くさった顔のまま、こんな物騒なことを告げた。
「桜井君が妹さんを取り戻しに行く前に、私が三木君と新庄さんから受け取るものを桜井君に渡せなければ、AMの桜井君の夢が正夢になることは無い。すると、桜井君が帰ってくることは無く、AMの桜井君も消滅してしまうのかもしれない」
時宮准教授の言葉を要約すると、オレはこの「帽子」と「スナイプナビ」をうまく使いこなさないと生きて帰って来れない…と言うことになるのか?
それなら、この2つの道具をどう使うか、里奈を救出しに行くまでのわずかな時間に考えておかなければならない。先ずは、よりまともな方、「スナイプナビ」からだ。
時宮准教授は「スナイプナビ」を知らなかったと言っていたのに、何故ドローンを別に準備できたのか?
「先生は『スナイプナビ』を知らないのに、何故、藤田と奈良にドローンを買ってくるように依頼したんですか?」
と訊いて見た。
すると、時宮准教授は
「AMの桜井君にさっき話した私の夢を説明すると、ドローンを準備しておくように言われたんだ。彼が、ドローンを『スナイプナビ』と連携するようにしてくれるってね。」
それじゃあ、ドローンとスナイプナビを起動して、AMのオレに早く連絡しておく必要があったんじゃないか。どこかのどかな時宮准教授を視界から外して、オレは、AMのオレにメッセージを送った。
AMのオレからの返信によれば、彼は現実世界の新庄、藤田、それに奈良とも連絡を取り合っていたらしい。それで、すでにパッチプログラムは完成していて、「スナイプナビ」起動後1分弱でインストール。再起動後はドローンだけでなくオレの自己防衛システムも「スナイプナビ」と連携して動作するようになった。
そして「帽子」だけど…。どうすんだ、コレ?
AMのオレに尋ねると、時宮准教授に尋ねてくれと返信が来るし、時宮准教授に問うと
「帽子だからねえ。きっと頭にかぶるものだと思うよ。」
…だそうだ。一応、正夢を見た人たちの助言だと思って、デザインセンスの無い、ただただ黒い帽子をかぶることにした。
外を見ると、既に陽が傾いている。今からここを出ても、里奈がいるハズの廃屋に着く頃には、暗くなっていることだろう。
一応、時宮准教授に礼を言って准教授室を出ようとした時、珍しくまともな言葉をかけられた。
「気をつけて。時には危険から逃げても良いと思う。無理はするなよ。」
「ありがとうございます。」
ところが、最後に不思議なことを言われた。
「警察は信用しない方が良いだろう。それと、AM世界でできたことは、今の桜井君なら現実世界でもできるはずだ。」
と言って、肩を叩かれた。その言葉の意味は、その時は全く分からなかった。
准教授室を出て研究室に入ると、まだ豊島が残っていた。
「里奈ちゃんは、桜井君のことになると必死だったんだよ。だから、私は最初から美夢ちゃんよりも里奈ちゃん推しだったんだ。無事に解決できるよう、祈ってるよ。それに、他の皆んなも、桜井君に協力すると思うから。…それを言いたくて。」
こんな時にズルい…。目頭が熱くなって、彼女の顔を見ていられなくなった。胸がいっぱいになって、返す言葉も思いつかない。だから、軽く頭を下げると、軽く手を振って研究室を退散した。
抜けるような蒼い空を走る。だけど、客観的に見て、今のオレは変な帽子をかぶったヤバい人だ。そして、背負ったバックパック…時宮准教授に預けられた…には怪しいモノが詰まっている。…ドローン5台に80 cmくらいの黒い棒。
職質されたら厄介だから「棒」は要らないと断ったけど、時宮准教授にダメだと言われて押し切られた。一応、「柄」っぽい部分もあるので、何か尋ねられたら剣道の練習用の器具だと応えるように言われたけど…。
結局、駅に着くまでに職質される事は無かった。もちろん、怪しげな人の姿も無い。いや、自分自身が一番怪しい人だ…。
そして、ここから乗る電車は、昨日とは逆方向。里奈の「自己防衛システム」の示す位置へ目指して移動する。その最寄り駅は、都心を経由してかなり北へ離れた場所にあった。
移動に要する時間は1時間以上。
暇つぶしに携帯端末を見ると、AMのオレからのメッセージが来ていた。センチネルがようやく情報を掴んできたらしい。それは、高坂和巳の背後関係、「ウォーインザダークシティ」の「グリムリーパキラー」の正体、そして頭脳工房創界の侵入者について…。
その情報の中心にいた人物は…残念ながら予想通りだった。一時は信頼し、心理的に頼った存在だったのに…。そして、多分、里奈は彼の手中に落ちている。だから、叔母は彼に脅迫されて何もできないのだろう
だから、「敵」と相対した時、何が起こるのかを想像した。「敵」が手段を選ばない以上、こちらも今できることを全てやっておかないと対抗できまい。事前に調べ上げていた「敵」のサーバや通信機器に向けて、異常動作を引き起こす信号を、いつでも送信可能な状態であることを確認した。
さらに、最悪の場合を想定して、AMのオレ、時宮准教授、それに頭脳工房創界の三笠さんにもメッセージで状況を説明して、協力を求めた。
そうしておいて、予備のドローン1機のAIに、ある指示を与えた。コレはまあ…保険だ。使わずに済むに越したことは無い…。




