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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第1章 プロローグ
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1.17. 自己防衛システム

 里奈の誕生日は10月24日。あと3日しか無い。里奈にプレゼントしようと考えている自己防衛システムの開発は、大詰めを迎えていた。オレが思いついた自己防衛システムは、20機の超小型ドローン、コントローラ、母艦となるハンドバッグ、それとサーバーで構成される。


 超小型ドローンは、普段は直径2 cm位の半球型の形に畳まれており、見た目は二機一組でメタリックな球体となっている。この球体が10個リング状に連なって、見た目はハンドバッグのアクセサリーだ。動作時には、てんとう虫とよく似た形状の固定翼が開いて、内部に格納された回転翼で空中を舞う。ドローンには超小型カメラと、攻撃用のスタンガンや超小型閃光弾等がそれぞれに内蔵されていて、相手や状況に応じて攻撃方法を変えられるようになっている。

 コントローラはハンドバッグの底に仕込まれ、ドローンへの給電機能、ドローンとサーバーとの通信機能、それに自己防衛システム発動条件を検知する為の音声センサーを持つ。ハンドバッグには、夜間のセーフティー兼アクセサリー用ライトを付属させたが、里奈にはコントローラをそのための充電池として説明し、時々充電するように言うつもりだ。

 ここまではもう完成していて、残るは自己防衛システムを制御するサーバーのソフトウェア開発だ。要求される機能は、コントローラと通信して、コントローラの音声センサーで里奈の状況を的確に把握し、里奈の危機を察知すればドローン群を展開して里奈を守る事である。このソフトウェアは家に設置しているコントロールサーバー上で動作させる事にしており、ドローン群の基本的な飛行制御は出来るようになっていた。


 だが、その時々の里奈の状況を把握して動作モードを決めるプログラムが、なかなかうまく開発出来なかった。人工知能に動作モードを決めさせれば簡単だと思っていたが、これがやってみると難しかった。

 オレは当時、いずれゲームのNPC用に使おうと思って、人工知能のベースモジュールプログラムを独自に開発していた。まず、言語解析エンジンやそれ以外の入力を、第一段階のディープラーニングで意味付けする。それらの情報からデータベースを参照して数値化したものを第二段階のディープラーニングで学習させつつ、NPCの行動を決定する出力値を得るというものだった。

 しかし、このプログラムをテストするため、映画等のヒロインを守る設定にして、この人工知能に映画等の音声を入力してみた。すると、ヒロインが口喧嘩するシーンで、攻撃モードのパラメータを出力してしまった。このままでは、里奈が他の人と言い合いになっただけで、相手をドローンのスタンガンで攻撃してしまう。こんな物騒なシステムは、「防衛システム」とは言えない。そこで、もっと学習させれば改善出来るのではと期待したが、そうはならなかった。

 そこで、二つの考え方を導入した。一つは、「防衛」すべき状態を、暴力、拉致、猥褻等の観点毎に人工知能で解析し、それらの解析結果から総合的に動作モードを求めるというもの。もう一つは「睡眠学習装置(仮)」の真似をして、ディープラーニングの階層を深くし、代わりにパラメータの最適条件を緩めるというものだった。これらが奏功し、過剰な反応を抑えることが出来るようになった。

 その後、様々な攻撃パターンや最大5人までの攻撃者を想定して、敵役のAIとシミュレーター上で模擬戦をさせた。最初はドローン群が負けてしまって里奈を守れないことも多かったが、最終的にはどんなケースでも完勝出来るようになった。


 里奈と朝食と夕食を一緒に食べた以外は、一日中ずっと部屋にこもって作業をしていたが、パラメータのチューニングが終了した時点で日が変わって午前2時半を過ぎていた。今日は朝から講義があって、夕方には頭脳工房創界でバイト。そしてその後、第5回目の「睡眠学習装置(仮)」の実験だ。忙しい。早く寝ないと、身体がもたない…。


 こうして、5回目の実験のために時宮研にたどり着いた時には、疲労と睡眠不足でフラフラだった。時宮研にいたのは、時宮准教授と高木さん、校医の二階堂先生、そしてムーコだった。木田は、急に塾講師の代役のバイトが入って来れなくなったと、高木さんが言っていた。木田と高木さんは、かなり親密になっているらしい。

 時宮准教授の説明によれば、前回の実験後の学習により、

「ポズナー分子のリン原子スピン分布の測定結果と睡眠学習装置(仮)の推定結果は、約99.5%一致するようになった。」

との事だった。目標の99.9%も、あと少しだ。


 今回の刺激反応調査で与えられた刺激は、タイトルは忘れてしまったが、女の子を育成しながら仲良くなるというジャンルのゲームの一部分をプレイするというものだった。デモプログラムだったのだろうか? ストーリーが端折られていたのか、簡単にハッピーエンドまで行き着き、成長したヒロインと結婚出来た。

 睡眠学習装置(仮)専用の全身を覆う()()()を着て、ヘッドギアとグローブを着用したまま、睡眠学習装置(仮)のベッドに座り、一心に育てゲーをする。短い時間で終わらせることが出来たとは言え、プレイ中は一喜一憂していたはず。周りから見ていれば、唐突にニヤけたり落胆したり…。さぞ異様な光景であっただろう。


 刺激反応調査が終わると、これまでと同様、睡眠学習装置(仮)の学習実験が開始された。二階堂先生から受け取った睡眠導入剤を飲み、シェル内のベッドに横になると、高木さんが機器の最終チェックをしている間に眠くなって来た。

 薄れて行く意識の中で、先程のゲームのメインヒロインが、血の繋がっていない主人公の妹だった事を思い出した。このメインヒロインは、里奈になんとなく似ていたような気がした。オレの里奈への感情が、今回の測定データに出ていないだろうか?そんなデータが、高木さんやムーコに解析されてしまうのは、嫌だと思った。


 だが、事はオレの感傷では済まなかった。

 刺激反応調査の刺激を決めるのは、イレギュラーな初回を除いて、二階堂先生以外の当番制だったらしい。この日はムーコが刺激の内容を決める番で、ムーコはこの日の刺激反応調査結果をコピーしていたようなのだ。

 そして、睡眠学習装置(仮)の実験開始からずっと、データを学習させる具体的な手順やパスワードを、高木さんからうまく聞き出していた事が後になって判明した。高木さんと何を話したのか、教えてくれなかったのは、それをオレに知られたくなかったからだろう。

 それでは、ムーコは一体何をしたのか? ムーコが次回の実験直後に、この時にコピーしたデータで睡眠学習装置(仮)に負の学習をさせたのではないか、というのが時宮准教授の推理だ。しかし、問題が発覚した時には、ムーコ本人に確認する術は失われていた…。

 このムーコのイタズラが、オレと里奈の関係や人生に大きく影響する事になるのだが、そんな事になるとは当のムーコですら予想出来なかったに違いない。


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