6.7. コンソールルーム
やがて、どこからともなく音声が響いた。
「ようこそ、『フォンノイマンのレクイエム』のコンソールルームへ。」
んっ? 何だ、その「コンソールルーム」って? それに、この無機質で冷たい女性の声、どこかで聞いたことがあるような…。
それに、どうしてオレたちはここに閉じ込められたんだ?
その疑問は、すぐに冷たい女性の声が答えてくれた。
「手のこんだマネをして悪かったわ。でも、桜井君、君をここに連れてきたかったのよ。『フォンノイマンのレクイエム』にアクセスしてもらうためにね。」
こちらの声は、相手に伝わるのだろうか? そう思いながら、反応してみた。
「『フォンノイマンのレクイエム』なんていうシステム、オレは知らないぞ。だから、もちろんアクセス方法も知らない。どうせなら、それを知っている奴を連れてくるべきだったな。」
そう言いながら、辺りを見回す。どこかにカメラはないか? マイクやスピーカーは? …全く見つけられない。
その代わりに、ベッドの真向かいにあったデスクの上に置かれたコンソールを見つけた。そして、そのキーの一つを叩くと、壁の一部が光ってどこかの景色が表示された。
オレが驚く間も無く、「音声」はオレの言葉に反応した。
「本当に知らないの? まさか…あの桜井君が『フォンノイマンのレクイエム』にアクセスできない…って言うの? それは困ったわ。」
オレの言葉は、どうやら何者かには伝わっているらしい。それが人間なのかAIなのかすら不明だが…。まあ、とりあえず「犯人の仲間」としておこう。そして「犯人の仲間」は、オレが「フォンノイマンのレクイエム」にアクセスできないと困るようだ。
それなら、「犯人の仲間」は「フォンノイマンのレクイエム」が何なのか、きっとオレに話してくれるのではないか? …ただし、ここまで秘密にし続けたからには、目的は明かさないだろうが。
オレと「犯人の仲間」の共通の利益は、多分、オレが「フォンノイマンのレクイエム」にアクセスする方法を見出すこと…だろう。そうすれば「犯人の仲間」は目的を達成して、オレたちはここから解放してもらえる…のだろうか?いや、オレが「フォンノイマンのレクイエム」にアクセスできたとしても、オレたち3人をここから出してくれる保証は無い…。
まあそれでも良いだろう。オレも「フォンノイマンのレクイエム」に興味はあるし、アクセスできれば脱出する方法も見えてくるかもしれない。何なら、「フォンノイマンのレクイエム」からこの部屋のコントロールをハッキングすれば、脱出できるだろう。
先ずは「フォンノイマンのレクイエム」の謎を解いて、アクセスすることだ。
そこで、「犯人の仲間」に尋ねた。
「 『フォンノイマンのレクイエム』って何なんだ?」
「良いでしょう。リターンキーを叩いてみて。」
言われた通りにリターンキーを叩くと、ディスプレイの表示が変わった。そこには、ユーザーとパスワードの入力画面が現れた。そして、その下には”Created by Satoshi Sakurai”の文字列が…。
オレが状況を理解しようとしている間にも、「犯人の仲間」の声は続いた。
「『フォンノイマンのレクイエム』。それは、フォンノイマンの人格をベースにして最高レベルの知能を目指した、桜井俊により創られたシステム。」
やはり…。でも、それってどこかで聞いたような話だが…。
「犯人の仲間」の声は、なおも続く。
「桜井君は彼の血を分けた唯一の子供で、プログラミングやコンピュータシステムに明るい。そして、時宮良路。彼は彼の助手だった。この2人なら彼からアクセス情報を預けられていると思ったのだけど、少なくとも桜井君には用事はないようね。」
それは用済みってことか? 何かヤバそうな気配がする。もしかすると殺されるのか? ディスプレイから目を離して辺りを見回すと、ベッドの上で眠ったままの玉置由宇と、ボーッとして立ったまま彼女を見守る川辺。
ここを脱出する方法が見つからなければ、3人ともここで死ぬのか? 不安に感じつつも、ここは冷静に…。
「少し待ってくれ。思い出す時間が欲しい。」
「…分かったわ。良いでしょう。これだけ手間をかけてここに連れて来たのです。わずかでも可能性があるなら、わざわざ手を下して殺すつもりは無いけど、アクセスできるまでは絶対にここから出さないわ。だけど、勝手に餓死するなら仕方ないわね。」
そう言われて、少しホッとした。空調で循環する空気に毒ガスでも入れられたら、それで終わりだが、とりあえずそれは避けられたようだ。
「犯人の仲間」の声はさらに続いたが、それは独り言のようだった。
「とりあえず、この3人を人質にすれば、時宮良路も誘い込めるかもしれないし…。」
「犯人の仲間」の声が消えてしばらくすると、茫然自失だった川辺が、ボソッと呟くような声を出した。
「俺たちは、ここから出られないのか?」
オレは答えた。
「それはどうだろう? 確かにオレは、『フォンノイマンのレクイエム』へアクセスする情報を知らない。だけど、外へ連絡できれば、外から開けてもらえるかもしれない。」
すると、「犯人の仲間」の声が応えた。
「それは無理ね。外のドアが破壊されると、その部屋は即座に窒素ガスで満たされる。つまり、あなたたちは窒息するわ。『フォンノイマンのレクイエム』へアクセスできれば、外のドアは開錠されるわよ。あと、本体はこちらにあって、そちらにあるのはリモートでアクセスするコンソールだけよ。だから、そちらからのアクセスはいつでも遮断できるわ。」
うーむ、「フォンノイマンのレクイエム」からこの部屋のコントロールをハッキングする時間は与えられないだろう。
オレは川辺の耳元で言った。
「それなら、絶対に外へ連絡できるようにする必要があるぞ。」
「何故だ?」
川辺が小声で応えた。
オレは口元を隠して、小声で続けた。
「豊島が、オレの居場所を追跡しているハズだ。」
「だったら何だ?」
「オレからずっと連絡が来なければ、きっとこの場所を警察に通報するだろう。そして、彼らは外のドアを破壊して入ってこようとするかもしれない。」




