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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
6. パズルの絵
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6.6. 街はずれの一軒家

 雨はいつの間にか上がっていた。日が沈んだ直後で、空はまだ明るい。そんな中、オレは川辺の後ろを走っていく。

 どこへ?

「それで、どこへ行くんだ?」

「さあな。犯人から指示されたところへ行くだけだ。今のところは、駅に向かえってさ。」

 まだ学生のオレはポロシャツにスラックスのラフな格好。社会人の川辺はノーネクタイだがスーツ姿。何か不釣り合いだ…。

 …というより、社会人の川辺が日中から時宮研に入り浸って、今でもまだ帰宅には早い時間だ。こんなことをしていて大丈夫なんだろうか…?

 少し息が切れそうだけど、尋ねてみた。

「お前、会社の方は大丈夫なのか?」

「上司に相談したら、心配しないで行って来いって言われたから、問題無い。」

 レゾナンスって、意外に良い会社なのかもしれない。

 一応、川辺の上司を褒めておく。

「良い上司じゃないか?」

「おうっ。はっきりとは言わないけど、時宮先生のことも桜井のことも、知ってるみたいだったぞ。」

 時宮准教授のことならともかく、オレのことも知っているって? オレは()()()()()()ならともかく、レゾナンスでは無名のはずだけど…。先日のレゾナンスとの打ち合わせでも、()()()()()()に来たレゾナンスの社員でオレを知っていたのは、八神圭吾だけだったが…。


 やがて駅に着くと、川辺の指示で電車に乗った。

 だが、それは里奈がいるハズの場所とは真逆の方向へ進んで行く。どうも怪しいとは思ったけど、里奈を「人質」に取られている以上、今は迂闊なことはできない。

 川辺はずっと無口で、携帯端末から目を離さない。その様子を見て、オレも携帯端末に視線を落とした。里奈の位置は変わらない。このままだと、今晩は彼女は家に帰れないだろう。そして、今度は叔母が、里奈の失踪届を出すことになるのだろうか?


 そこへAMのオレからメッセージが来た。こんな時に、AM世界の父親が創ったフォンノイマンのAIの話だった。AMのオレこそ、今、現実世界で何が起こっているのか良く分かっているハズなのに…。

 父は、フォンノイマンが二度の世界大戦に遭遇せずに人生を送る設定で、AIに学習させたそうだ。目的は…最高の頭脳を創り上げること。父の予想では、社会情勢の変化や戦争に巻き込まれたりせずに「脳力」を鍛えたフォンノイマンのAIなら、きっと究極のAIになると。

 そのフォンノイマンのAIは、彼に与えられた世界の中で、アメリカへ行かずにヨーロッパで活動し続けた。…数学者として。

 その世界では、フォンノイマンだけでなく、多くの天才たちがヨーロッパで活躍した。アインシュタイン、クルトゲーデルらはアメリカへ移住せず、逆にオッペンハイマーやデヴィッドボームらアメリカ出身の天才たちがヨーロッパへやって来た。


 川辺が無口だからつい読んでしまったが、緊迫している時に、こんな悠長なメッセージはもうこれ以上読んでいられるかって。全くもう…。


 そう思って、メッセージを閉じようとした時、あの言葉が視界をかすめた。「フォンノイマンのレクイエム」だ。慌てて続きを読む。

 このフォンノイマンのAIの世界では、アインシュタインが「モーツァルトのレクイエムこそが至高の音楽だ」と主張したそうだ。歴史上でもアインシュタインはモーツァルトの愛好家だったらしいが、父が設定した世界ではデフォルメされたのかもしれない。

 アインシュタインの主張を聞いたフォンノイマンのAIは、人間の意識を数学的に表現する研究を始めたのだそうだ。そして、究極の音楽を数学の「解」として得る…すなわち「フォンノイマンのレクイエム」を目指したのだという。

 それを見たアインシュタインは、

「君は、モーツァルトを超える天才を目指すのか?」

と揶揄したのだとか…。


 …結局、最後までメッセージを読んでしまった。確かに面白い話だったけど、今のオレには全く役に立ちそうも無い。この「フォンノイマンのレクイエム」も、これからオレがアクセスしなければならないシステム「フォンノイマンのレクイエム」とは、関係があるとは思えない。

 メッセージを閉じたオレは、里奈の自己防衛システムに再びアクセスした。里奈の居場所は、あの廃屋から全く動かない。周囲の音を確認すると、何か雑音が聞こえるが、それ以外に人の声などは聞こえて来ない。里奈は眠っているのだろうか?

 もう少し里奈の様子を確認したかったけど、ふと川辺の視線を感じて、自己防衛システムへの接続アプリを終了した。

「ここで降りろってさ。」

川辺に言われて電車を降りた。


 そこは、今まで意識したことも無かった、小さい駅だった。駅を出ると、辺りは暗い。空には微かに天の川が見える。かなり都会から離れたようだ。駅の周りを見渡すと、やや離れたところにコンビニが一軒あったが、それだけだ。

 川辺は携帯端末を見ながら、オレの前を歩いていく。

 川辺の後ろをついて歩くこと15分。ついに、ある一軒家の前で川辺が立ち止まった。そして、川辺が携帯端末をドアホンにかざすとドアが自動で開いた。しかし、中は普通の家の玄関のようだ。

 少し気が抜けて、川辺に続いて靴を脱ぎ、スリッパに履き替えて奥へ進む。

 すると、また扉だ。今度は、川辺は携帯端末を扉の隣にあったセンサにかざした。扉がまた自動で開く。

 その中は…ようやく「らしく」なってきた…小さいがサーバールームのような部屋。ここに「フォンノイマンのレクイエム」があるのだろうか? ふと走り出した川辺の姿を目で追うと、彼が進む先にこの場にそぐわないベッドが置かれていた。その上で、誰かが眠っているようだ。


 もしかするとこれは…? オレの疑問は、それを口に出す前に川辺が答えた。

「玉置さん…ようやく見つけた。」

 よく分からない展開だが、彼はベッドの上で眠っている玉置由宇を見つけたのだ。だけど、やはり里奈の姿は無い。

 とりあえず玉置由佳に連絡しよう。そう思って携帯端末でメッセージを送ろうとしたが、サーバに繋がらないようだ。メールや他のサーバへもアクセスできない。

 川辺にそれを告げると、彼も慌てて外部のサーバへのアクセスを試みたが、全て失敗したらしい。やがて川辺は、すでに閉まってしまった入り口の扉のセンサに携帯端末をかざしたが、何の反応も無い。


 オレたちは、この部屋に閉じ込められたようだ。


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