表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
6. パズルの絵
160/186

6.2. 騒乱の始まり

 やがて、辺りが暗くなってきた。そして、ゴーッという風の音。


 そのうちに、窓を叩く雨の音が聞こえて来ると、豊島の独り言が聞こえてきた。

「ここはやっぱりテンペストだよね。」

そして音楽がスタートすると、軽快な導入から低く激しい律動に入って行く。ベートーベンのピアノソナタ第17番ニ短調作品31-2。


 だんだん、夢で見た状況に近づいてきたようだ。


 となると次は…と思っていると、窓辺に閃光が走った。間も無く、外から「ドカーン」という轟音が響く。雷が近くに落ちたか? と思う間もなく、研究室が真っ暗になった。停電だ。


 これも夢で見た通り…。


 機器は全て落ちた。いや、わずかに無停電電源が付いているPCのディスプレイは、光を発していた。それも、1分くらいすると、次々にシャットダウンして消えて行く。

 停電で多くの機器が止まってしまったのに、「テンペスト」は止むことなく、穏やかな第二楽章に進んでいた。不思議に思って音のする方向を振り向くと、豊島のノートPCから聞こえて来ているようだった。

 そのノートPCのディスプレイの光を頼りに、今度はホットコーヒーを淹れて、窓から嵐の景色を眺める。時折閃光が煌めくが、音は聞こえてこない。そう言えば、雨音も少し落ち着いてきた…ような気がした。


 このまま嵐が去っていけば、夢が現実になることはないかもしれない。

 

 そう思い始めたのも、束の間。再び落雷の音が轟くと、雨は窓を打ちつけ始めた。強い風が唸り声をあげて、木々から引きちぎられた緑葉が空高く舞っている。

 そこにトドメを刺したのは、豊島の一言。

「雰囲気出るね。まさに(テンペスト)だよ。」

気がつくと、テンペストは第三楽章に入っていた。

 そして、研究室内を見渡すと、木田、高木さん、それに豊島。これは夢で見た通りだ。やはり、玉置由宇に凶事が起こることは避けられないのか?

 時宮准教授、木田、里奈、そしてAM世界のオレ…。夢に見たことを話して、状況を改善しようと色々な相手と相談して来たけど、解決の糸口は見つからなかった。

 いや、里奈は

「任せて。」

と言ってくれたけど、彼女は何かをしたのだろうか? 少なくともこの時点までは、夢で見た通りに展開している。


 だったら、そろそろ来る頃だ。


 そう思っていると、ついにそれは来た。研究室のドアが吹き飛ぶように開くと、雷光を背にしてスーツ姿の川辺と、高校の制服を着た玉置由佳が立っていたのだ。

 次の瞬間、2人は同時に叫び始めた。

「○○○!」

「×××!」

2人とも早口で同時に叫ぶから、どちらの言うことも聞き取れない。

 えっと、夢の中では思考速度を上げたんだったか。それは、あの夢を見て目覚めた朝に試してみたけど…そんなことができるようになるハズが無い。それでもあれが正夢ならば…、と微かに期待した。

 そこでオレは夢で見たように、心の中で

「set braintime 5」

と唱えてみた。

 すると、とてつもなく遅い口調の2人の声が、確かに分離して聞こえた。

「お姉ちゃんが昨日から帰って来ないの。多分、川辺っていう奴に拉致されたんだわ。助けて、お兄ちゃん。」

「フォンノイマンのレクイエムって何なんだ? そのせいで、由宇が危ないかも知れないんだ。」

今度は遅すぎて意味を理解するのに苦労した。しかし…夢で見た通りだ。

 ハードウェアならぬウェットウエアたる脳細胞は、オペレーティングシステムとも言えるその使い方によっては、未来すら予知できると時宮准教授は言った。きっと、オレがAMだった時に、思考速度を上げる方法をマスターした…のだろうか?

 とにかく、2人が言っていることを理解できた。内容は夢で見た通りだったけど。それなら、早く2人を引き離して、それぞれから詳しい話を聞かなければ。

 そこで、

「set braintime 1」

と唱えると、2人を落ち着かせるために水の入ったコップを差し出した。


 少し離れたところから、木田の大きな独り言が聞こえてきた。

「本当に来たぞ! 川辺と女子高生が。」

その独り言に応えるように

「それなら、みんなでお茶しようよ?」

と言ったのは高木さんだ。


 川辺と玉置由佳がそれぞれ水を飲み始めると、豊島が応接テーブルの近くにイスを持って来て、2人に勧めた。少し落ち着いた2人は、また同時に話し出そうとした。それを手で軽く静止すると、オレも自分のイスをテーブルの近くまで引いて来た。

 豊島も自分のイスをオレの隣まで引いて来ると、

「この娘は、川辺君の知り合い?」

と川辺に尋ねた。

 川辺は、

「いや、俺は知らん。」

と言った。夢で見た通りの反応だ。

 すると、玉置由佳は聞くと、

「あなたが『川辺』なの?お姉ちゃんを返してよ!」

とイスから立ち上がって叫んだ。

 やばい。このままでは、またカオスになってしまう。そこで、オレも立ち上がって、玉木由佳の手を引いて言った。

「このままでは事態は解決しないみたいだね。とりあえず、オレが君の話を聞くからこっちに来て。」

「お兄ちゃん?」

そう言った玉置由佳は泣きそうだ。

 その様子を見て立ち上がりそうになった川辺を豊島が留めて、オレに軽くウィンクした。オレはうなずきつつ、玉木由佳を研究室の外へ連れ出した。


 研究棟の廊下を歩きながら、夢で見たことを思い出していた。

 玉木由佳は、これからオレに告げるハズだ。姉の玉置由宇が昨夜帰宅せず、失踪届を出したことを。

 そして恐らく、玉置由宇は川辺以外の何者かに拉致された。その情報を持っているのは川辺で、犯人は「フォンノイマンのレクイエム」へのアクセス方法を彼に要求して来ているのだろう。だから、ここは早く玉置由佳を落ち着かせて、川辺の話を聞く必要がある。


 研究棟のロビーの自販機で缶コーヒーを買って玉置由佳に手渡すと、彼女に向き直って尋ねた。

「話を聞こうか。何があったの?」

 眼を赤くした玉木由佳は、口を開いた。

「お姉ちゃんが昨日から帰ってこないの。学校からレゾナンスへ直行したみたいなんだけど、そこから先の足取りが追えないの。最近、レゾナンスで『川辺』っていう奴に言い寄られているって聞いていたし、きっとそいつが関係しているんじゃないかって思うんだけど…。」

 川辺が関係しているというのは、玉置由佳の見当違いだろう。そこで、

「何か証拠はあるの?」

と尋ねると、玉置由佳は怒って言った。

「そんなものは無いよ。だけどこれまでにお姉ちゃんから聞いた話から、『川辺』が犯人なのは明らかだわ!」

 今の玉置由佳に川辺は関係無いと言っても、聞く耳は持たないだろう。だから、ここは

「わかった。それなら川辺に直接話を聞こうじゃないか? 他にお姉さんの手がかりはないんだろう?」

と切り出した。

 すると、玉置由佳はうなずく。

 そこで、オレは言った。

「オレも力になるから落ち着いて。」

ところが、オレの言葉が、張り詰めていた玉置由佳の心を決壊させた。…彼女はついに泣き出してしまったのだ。

 時折、人が通る研究棟のロビー。そこで制服を着て泣いている女子高生の玉置由佳…そしてオレ。夢の中ですら居心地が悪かったのだ。それが現実だと、もっと都合が悪い。


 人目を気にしつつ頭を撫でてやると、しばらくして玉置由佳は落ち着いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ