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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第5章 その先へ
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5.28. 来たる日に向けて

 それなら、オレの見た夢の話をしておくのは今だ。木田にはぜひ協力して欲しい。そう思って打ち明けた。

「高木さんが時宮研に来る『2週間後の木曜日』、多分嵐になるぞ。」

 でも、木田は軽く流して言った。

「天気予報でも見たか?」

「オレの夢ではそうなった。」

「なんだ、そんなことか。」

木田はすっかり気が抜けてしまったようだ。

 だけど、めげずに言った。

「オレの夢では、その時に時宮研に川辺がやって来て、『フォンノイマンのレクイエム』にアクセスする方法をオレか時宮准教授から聞き出さなければならないって叫ぶんだ。」

「『フォンノイマンのレクイエム』にアクセスするって? 高木さん(のぞみ)は、研究テーマの名前だって言ってたぞ。」

「そうだ。オレも時宮准教授も、『フォンノイマンのレクイエム』にアクセスする方法なんて知らない。それなのに、何故か川辺はそう言ってくる。」

 軽く手を振って、木田は応えた。

「それは、桜井の夢の話だろう?」

「まあそうなんだが…オレはこの夢を2回見た。」

「それでも、夢は夢だろう? 現実とは違う。」

 木田には迷いが無いし、その考え方は理性的で確固としている。それでもあれが予知夢なら、木田、それに高木さんの協力は必要だ。

 そこで、オレは食い下がった。

「その夢には続きがある。川辺と一緒に女子高生が時宮研に来て、川辺を非難するように騒ぎ立てる。それで、カオスになるのさ。」

 すると、木田は食いついて来た。

「女子高生? 誰だ、そいつは?」

「里奈の友人の妹で、一応オレの知り合いだ。だから、もし本当にそうなったら、オレがその女子高生をなだめている間に、川辺を落ち着かせて欲しい。」

 木田は足を止めて振り返った。

「その時、俺もその場にいるのか?」

「そうだ。高木さんも一緒だ。」

「桜井がそう言うのなら、分かったよ。本当にそんなことになれば、協力しよう。」

 これで『2週間後の木曜日』、玉置由佳に対応している間に時宮研に残す川辺のことは、木田と高木さんが何とかしてくれるだろう。…昨夜見た夢のように。


 その夜遅く、里奈からビデオ通話が着信した。いつもなら電話…音声通話…で済ませてしまうのに、珍しい。

「祥太さん、今晩は。」

4月に里奈と和解してからは、里奈はオレのことを「お兄ちゃん」ではなく名前で呼ぶようになった。

 画面の向こうの里奈は、パジャマ姿だった。風呂上がりらしく、少し上気したように血色が良い。一緒に住んでいた頃には見慣れていて何とも思わなかったのに、携帯端末の画面越しのその姿に、少し鼓動が早くなったような気がした。

 だけど、オレは平静を装って、話を切り出した。

「ビデオ通話なんて珍しいな。」

「最近会ってないから…。」

「お互い忙しいからね。」

 里奈は髪をいじりながら言った。

「でも…寂しいよ。」

「…ゴメン。」

「いや、祥太さんが謝ることじゃないわ。私にも原因があるんだし。」

 そう言った里奈は、端末を持ってベッドに寝転がると、話題を変えた。

「それでね、今回も祥太さんに会えそうにないんだ。だから、私だけじゃなくて、由宇ちゃんと由佳ちゃんも呼び出そうとした理由を教えて欲しくって…。」

里奈は真顔で、その声は何故か少し緊張していた。

 オレは里奈と玉置由宇・由佳姉妹には、特に要件を伝えずに会いたいと伝えていたのだった。変に恐怖感を与えないようにするためだ。だから、オレが3人を呼び出した理由を、里奈も知らない。


 そこでオレは、オレが見た夢の内容を説明した。

 嵐の日に、川辺と玉置由佳が時宮研に突然現れたこと。玉木由佳は、玉置由宇が前の日から帰って来ないので、親が警察に失踪届を出したと言っていたこと。川辺が、「倉橋里奈」を名乗る玉置由宇が何者かに拉致されて、オレか時宮准教授から「フォンノイマンのレクイエム」へのアクセス方法を聞き出すように脅迫されたと言っていたこと。そして、オレも時宮准教授も「フォンノイマンのレクイエム」へのアクセス方法を知らずに、途方に暮れたこと。


 里奈の表情から緊張感が消えたような気がした。そして、彼女は口を開いた。

「なんだ、そんなことか。私はてっきり…いやそれは良いとして、それは全部祥太さんの夢の中の話でしょう? 本当に由宇ちゃんが拉致されたんじゃ無くて。」

 里奈の反応は冷静…なのか? 「てっきり…」って、何だと思っていたのかは分からないけど、「玉置由宇が拉致される」と言うのは「そんなこと」では無いと思うんだけど…。

 だが、そんな落ち着いた(?)里奈の反応に、オレは少し安心した。

 そこで、話を先に進めた。

「それはそうなんだけど、時宮准教授と相談したら、正夢になるかもしれないって言われたんだ。」

 すると里奈は、

「正夢? それは『科学』の話じゃ無くて、『超能力』とかそんな類の話でしょ? それなら、相談する相手は時宮先生じゃ無くて、別の人じゃ無いかな? 祥太さんがそんなことを気にするなんて…。」

と言って、笑い出した。

 里奈の反応が冷静なのは良いのだけど、取り合ってもらえていない。それも困る。だが、オレもイマイチ理解できていない「予知夢」の理屈を説明しても、里奈に分かってもら得るとは思えない。

 そこで、オレも笑って応えた。

「まあ『夢の話』だからね。それでも、ほとんど同じ夢を2回見てしまった。だから、本当に玉置由宇さんが拉致されるような事件が起こらないようにしたいと思ったんだ。」

 すると、里奈の顔がまた真顔になった。

「ふ〜ん。それで、祥太さんは私たちを集めて、どんな話をするつもりだったの? まさか、女の子に囲まれたかっただけ…とか?」

 里奈の眼が少し怖い。ここは妙な誤解を受けないうちにキチンと説明しておかないと。

「オレの夢の中で、玉置由宇さんが狙われたのは、結局、川辺を脅迫して時宮准教授とオレから情報を聞き出すためのようなんだ。犯人は、どうやら『フォンオイマンのレクイエム』っていうシステムにアクセスしたいらしい。だけど、時宮准教授もオレも、そんなシステムは知らない。だからね、犯人の誤解を解くことができれば、そんなことにはならないと思うんだ。」

 でも、里奈の疑問はまだ解けなかった。

「で、犯人の誤解を解くって、どうするつもりなの?」

「いや、そこなんだ。オレも思いつかなくってさ。だから、それを相談したかったんだ。どうしたものかと…。」

 すると、里奈は思案顔になった。…そして、オレもどうしたら良いのか思いつかない。


 しばらくビデオ通話はお互いに無言になってしまった。


 その静寂を破ったのは里奈だった。

「良いわ、私に任せて。私が何とかするから。」

「ありがとう。でも、無理はするなよ。」

 里奈は笑顔で言った。

「私に何かあったら、祥太さんが助けてくれるんだよね?」

「もちろん。」

オレも笑顔で応えた。


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