5.26. 時宮准教授との話し合い
それを聞いた時宮準教授は言った。
「『フォンノイマンのレクイエム』にアクセスできるとすれば、桜井君が前回言ってた通りかもしれない。…師匠は、私にこの研究を託した後も、自分でも研究を続けたんだろう。そして、『フォンノイマンのレクイエム』と名付けた何らかのシステムを作り上げたのかもしれない。それが何であるかは、私にも分からないが…。」
それは、オレも考えてみたことではあった。だけど、いくつか問題がある。
そこで、オレは言った。
「仮に、時宮先生に託された研究『人間と同じように思考するシステムの実現』を父が成し遂げていたとしても、父が亡くなったのはもう10年も前のことです。時間が経ち過ぎてませんか?」
すると、時宮准教授も首を傾げて言った。
「そうだね…。師匠がどんなシステムを作り上げたのか興味はあるけど、それが本当だとして、この10年もの間、誰がそのシステムを維持してきたのかも問題だね。それに、本当にそれが10年前からあったのなら、犯人が今さらそこにアクセスしたがるのは何故だろう?」
オレはうなずきつつ、さらに時宮准教授に問いかけた。
「それに、単にアクセスしたいなら、わざわざ玉置由宇さんを攫って川辺を脅す必要なんて無いですよね。オレと時宮准教授がアクセスできると犯人が思っているのなら、普通に我々に聞けば良かったんです。」
すると、時宮准教授は笑って答えた。
「それ以前に、犯人はどうして私と桜井君なら『フォンノイマンのレクイエム』にアクセスできると思ったのか? それが先じゃないの?」
それに対して、オレもつられて笑って
「そうですね…。」
と答えたが…その時に気がついた。犯人は知っているんだ。オレと時宮准教授の関係を。
でもそれは、研究室の准教授と学生という関係だけでは無いだろう。「フォンノイマンのレクイエム」が関わるのなら。「フォンノイマンのレクイエム」を開発した桜井俊。その息子であるオレ。そして桜井俊の助手だった時宮良路。そういう関係だ。
それで、時宮研の学生でオレと同期だった川辺に、
「『フォンノイマンのレクイエム』へのアクセス方法を調べておけ。時宮良路か桜井祥太あたりが知っているだろう。追って指示するが、こちらの指示通りに動かないと、その時は覚悟するんだな。」
と連絡してきたのか…。
いや、犯人は川辺と「倉橋里奈」を名乗る玉置由宇の関係も知っているハズだ。そうでなければ、川辺を脅迫することは無かっただろう。
その一方で、オレと「倉橋里奈」の関係は知らないようだ。知っていれば、オレに「倉橋里奈」を拉致したと脅迫してきたハズだ。それに、本物の「倉橋里奈」とは会ったことが無いようだ。だから、玉置由宇を拉致しておいて、「倉橋里奈」を拉致していると脅迫してきたのだろう。
そう考えると、父とオレを知る「容疑者」から、オレの親戚を外すことができる。それに、時宮研で「倉橋里奈」を名乗るオレの妹と直接話をしたことのある、時宮准教授その人と時宮研の仲間はもちろん除外できる。
それなら犯人はどんな誰だ? 玉置由宇と川辺がいるレゾナンスの関係者や時宮研の関係者と、繋がりがある人物ではないか? それに犯人は、父を少し離れたところから見ていたんじゃないだろうか? だから、時宮准教授が父の助手だったことは知っているけど、父が彼に研究成果を渡して別の道を進んだことを知らないのか?
その一方で、オレも時宮准教授も知らない父の姿を知っているのだろう。それは、「悪あがき」して細々と研究を継続していた父の姿…なのか?
オレは顔を上げると時宮准教授の問いに答えた。
「それは、時宮先生かオレなら父の関係者だし、父が構築したシステム…『フォンノイマンのレクイエム』…を管理できると、犯人が思ったからじゃないでしょうか?」
「でも、実際には私も桜井君も、関わっていない…だろう?」
「ですね…。」
「それなら、一体誰がそのシステムを管理していたんだろう?」
確かに…。
犯人の言う「フォンノイマンのレクイエム」が、どんなシステムなのかは分からない。だけど、その弟子の時宮准教授が「フォンノイマンのレクイエム」を目指して作った「睡眠学習装置」は、量子アニーリング/イジングタイプの量子コンピュータをベースにしている。
とすると、その「フォンノイマンのレクイエム」は、やはり「睡眠学習装置」
と類似したシステムではないだろうか? だけど、量子アニーリング/イジングタイプの量子コンピュータは、今や大企業じゃなくても持っている。
まあ、父が存命中の頃は、まだ珍しかっただろうけど。
でも、頭脳工房創界にだって、量子コンピュータは何台かある。その内、一番古いものは10年以上前から稼働しているポンコツだと聞いたことがあった。川辺や玉置由宇が働いているレゾナンスにだって、そういう量子コンピュータはあるかも知れない。
そうか。
「それなら…川辺と玉置由宇が働くレゾナンスにあった量子コンピュータに、昔、父が『フォンノイマンのレクイエム』を構築したんじゃないでしょうか? その『フォンノイマンのレクイエム』がどんなシステムかは分かりませんが、きっとレゾナンスの技術者ならメンテナンスくらいは出来るでしょう。犯人は何らかの事情で『フォンノイマンのレクイエム』へ、アクセスしたいんじゃないでしょうか?」
と答えた。
時宮准教授はうなずいたけど、少し不満そうにつぶやいた。
「それが師匠の構築した『フォンノイマンのレクイエム』だというのなら、私こそそこにアクセスしてみたいよ。それならアクセス方法も、レゾナンスの誰かが知っていそうだなあ。」
と。
時宮准教授の言葉を聞いて、ふと、八神圭吾の顔が思い浮かんだ。
時宮准教授は、さらに低い声でつぶやいた。
「だけど、やっぱりおかしい。さっきも言ったけど、犯人は構築されてから10年以上経った『フォンノイマンのレクイエム』に、何故こんな犯罪を犯してでもアクセスしようと考えたんだろう?」
確かにそうだ。だけど、時宮准教授もオレも、これ以上は何も思いつかなかった。そこで、玉置由宇を事前に保護するという方針を確認して、話し合いはお開きになった。




