5.23. 嵐の夢(2回目)
その夜、ついにまた、あの夢を見た。
目の前が稲光で瞬間明るくなり、1組の男女を照らした。女性は高校の制服姿、男性はスーツ姿。玉置由佳と川辺亘だ。
そして、2人は同時に口を開いて叫ぶ。
「〇〇○!」
「×××!」
しかし、オレには何を言っているのか聞き取れない。
稲光が消えると、視界は暗くなった。目が慣れてきて、周りが見えてくると、そこは時宮研究室。
それで、オレは「予知夢かもしれない夢の中」にいることに、ようやく気が付いた。
だけど、前回見た夢とは始まるタイミングが少し違う。前回「予知夢」が始まった時、オレはベートーベンのテンペストを聴きながら、研究室の窓から嵐の吹き荒れる外の景色を眺めていた…と思う。
それに、今回は稲光に照らされて玉置由佳と川辺亘が登場した。しかし、前回は稲光の「照明」は無かったような気がするが…。内容も微妙に違うのだろうか?
それでも、このままでは埒が開かないのは、前回の夢と同じだ。そこで前回と同様に、心の中で
「set braintime 5」
と唱えると、何故か2人の声が聞き取れるようになった。
内容も、前回と変わらない。
「お姉ちゃんが昨日から帰って来ないの。多分、川辺っていう奴に拉致されたんだわ。助けて、お兄ちゃん。」
と玉置由佳。そして、
「フォンノイマンのレクイエムって何なんだ? そのせいで、由宇が危ないかも知れないんだ。」
と川辺が叫ぶ。
今回の夢で時宮研に誰がいるのかは未確認だけど、これで川辺の話を他の人と一緒に聞くと、「フォンノイマンのレクイエム」が秘密ではなくなってしまうのでは…。いや、オレもここにいるハズの高木さんも知らないふりをすれば、内容については不明なままだろうか?
まあ、この夢のことは時宮准教授には既に話しているんだし、何とかなるだろう。そう思って、初めてこの夢を見た時と同じように
「set braintime 1」
と唱えて、2人に水の入ったコップを差し出した。
ここまでは、前回の夢とほぼ同じだ。
川辺と玉置由佳がそれぞれ水を飲み始めると、豊島が応接テーブル近くに研究室の空いたイスを持って来て、2人に勧めた。高木さんと木田はそろってコーヒーの準備をしているようだ…香りが漂ってくる。
落ち着いた2人がまた同時に話し出そうとしているのを、手で軽く静止すると、オレも自分のイスをテーブルの近くまで引いて来た。豊島も自分のイスをオレの隣に引いて来ると、
「この娘は、川辺君の知り合い?」
と川辺に尋ねた。
川辺は、
「いや、俺は知らん。」
と言った。オレが想像していた通りの答えだ。
すると、玉置由佳がそれを聞きつけて、
「あなたが『川辺』なの?お姉ちゃんを返してよ!」
とイスから立ち上がって叫んだ。
やばい。このままでは、またカオスになってしまう。そこで、オレも立ち上がって、玉木由佳の手を引いて言った。
「このままでは事態は解決しないみたいだね。とりあえず、オレが君の話を聞くからこっちに来て。」
「お兄ちゃん?」
そう言った玉置由佳は泣きそうだ。
その様子を見て立ち上がりそうになった川辺を豊島が留めて、オレに軽くウィンクした。オレはうなずきつつ、玉木由佳を研究室の外へ連れ出した。豊島に借りができた、と思いつつ…。
研究棟の廊下を歩いているうちに、オレなりに状況を整理した。玉木由佳はうざいが、メッセージで連絡して来たのではなく、事前に連絡も無くここに来たのは余程のことがあったハズだ。先ずは、しっかり彼女の話を聴いて、それから対応を考えよう…と。
研究棟のロビーの自販機で缶コーヒーを買って手渡すと、玉木由佳に向き直って尋ねた。
「話を聞こうか。何があったの?」
よく見ると、玉木由佳は眼が赤い。ここに来るまでに泣き腫らしていたのではないか?
時々強風で、入り口のドアがガタガタ揺れる中、玉木由佳は口を開いた。
「お姉ちゃんが昨日から帰ってこないの。学校からレゾナンスへ直行したみたいなんだけど、そこから先の足取りが追えないの。最近、レゾナンスで『川辺』っていう奴に言い寄られているって聞いていたし、きっとそいつが関係しているんじゃないかって思うんだけど…。」
川辺が関係しているというのは、玉置由佳の憶測なのか? あるいは何か根拠があるのだろうか?
そこで、
「川辺が由宇さんが帰ってこないことと関係があるって、何か証拠があるの?」
と尋ねると、玉置由佳は怒って言った。
「そんなものは無いわ。だけど、今までお姉ちゃんから聞き出した話からすれば、きっと『川辺』に拉致されているのよ!」
どうやら、玉置由佳の憶測で、根拠は無いようだ。
里奈から聞いている通り、玉置由宇が川辺に「弱み」として握られているハズの偽名「倉橋里奈」のまま働き続けたいのだとすれば、むしろ玉置由宇も川辺に気があるんじゃないだろうか? そんな彼女が川辺に「拉致」されるだろうか? 川辺が拉致する必要は無さそうだが…。
だけど、玉置由佳にそんなことを説明しても、聞く耳は持たないだろう。だから、ここは
「わかった。それなら川辺に直接話を聞こうじゃないか? 他にお姉さんの手がかりはないんだろう?」
と切り出した。
すると、玉置由佳はうなずいた。
そこでオレは彼女に釘を刺した。
「君が川辺に悪い感情を持っているのは分かるよ。だけど、川辺はオレたちが知らない何かを知っているんだ。だから、オレに協力すると思って、黙って彼の話しを聞いていてもらえないか?」
玉置由佳はまたうなずいた。だけど、泣きそうだ。
いくらうざい玉置由佳でも、里奈の友人の妹だ。こんな時は力になってあげないと…。そんなことを思って、オレは言った。
「オレも力になるから落ち着いて。」
ところが、オレの言葉が、張り詰めていた玉置由佳の心を決壊させた。…彼女はついに泣き出してしまったのだ。
時折、人が通る研究棟のロビー。そこで制服を着て泣いている女子高生…玉置由佳、そしてオレ。どうも居心地が悪い。人目を気にしつつ頭を撫でてやると、しばらくして玉置由佳は落ち着いた。
玉置由佳が落ち着くまでの間、オレは八神圭吾とメッセージで連絡を取った。彼によれば、川辺と玉置由宇は、確かに昨日レゾナンスに来たそうだ。しかし、2人が来た時刻と帰った時刻はバラバラ。昨日のレゾナンスではほとんど接点はなかったんじゃないかと、八神圭吾は推測した。
それと…他にも確認しておくことがある。落ち着いた玉置由佳に尋ねた。
「それで、警察には連絡したの?」
すると、彼女は答えた。
「今日のお昼頃まではお姉ちゃんが帰ってくるのを待っていたんだけど、母が耐えられずに警察に失踪届を出したわ。警察には、家出じゃないか?って言われたけど。」




