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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第1章 プロローグ
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1.15. ストーカー

 お風呂から上がると、コーヒー牛乳を飲みながら、銭湯の入口でムーコを待っていた。10月の中旬、夜10時過ぎにもなると夏の大三角形が西に傾きペガススが天頂で瞬く。銭湯から出て直ぐの頃はホカホカして暑かったのに、今は、時折吹く風がやや肌寒く感じる。ムーコは化粧中なのか、なかなか女湯から出てこない。

 空を見るのも飽きてきたので、暗くなった銭湯付近の通りをボーッと見ていた。すると、…いた。また、あの黒いワンボックス車が。建物の陰に隠れるように、ヘッドライトを消して潜んでいる様に見える。八神さんが乗っているかどうかは、暗くて見えない。しかし、あの黒いワンボックス車に乗っているのが「ストーカー」=「八神さん」だとすれば、追跡されるのは危険だと思った。これから大学までの道のりは、夜間は暗くて人も車もあまり通らないし、車から隠れられる場所は少ない。


 そこで、スマホでムーコと連絡をとりつつ、タクシーを呼んだ。タクシーが来ると急いで乗り込み、大至急発車してもらった。車中から黒いワンボックス車を見ると変化は無く、追跡して来る様子は無かった。気付かれなかったのだろうか?ただし、車内に八神さんが乗っているかどうかは、やはり確認できなかった。銭湯の近くで停車していた車は本当にストーカーのものなのか?ストーカーが狙っているのは、本当にムーコなのだろうか?

 それでも、車内でムーコに、これまでの状況を一通り説明した。()()()()()()のエントランス前にいつも停車していた謎の黒いワンボックス車の事、吉川さんが怯えていた事。…そして、今日も同じ車が頭脳工房創界のエントランス前に停まっていて、それとよく似た車が脱出直前に銭湯の近くに停まっていた事。時折タクシーの車内に射し込む街灯が照らすムーコの横顔は、オレの説明を聞いて表情が凍りついた様に見えた。

 やがて、震える手でオレの手を握り身体を寄せて来た。ムーコの身体の震えが少しでも治まる様に、肩を抱いてあげた。オレと違って屋外にほとんど出なかった風呂上がりのムーコは暖かく、良い香りがする。しばらくして後ろを振り返ると、追いかけて来る車は無かった。それをムーコに告げると、オレの手を握る手の力はやや弱くなったが、大学に着くまでオレの手を離す事は無かった。


 こうして時宮研にたどり着くと、時宮准教授と高木さん、校医の二階堂先生、そして木田が、お菓子を囲んでお茶していた。いつも通りの雰囲気、平和だ。オレとムーコにも、高木さんが紅茶を淹れてくれた。顔色が悪かったムーコも、次第にいつもの笑みがこぼれる様になった。それを見て、オレもホッとした。

 時宮准教授が前回の実験結果を説明し始めた。

「前回の実験時のポズナー分子のリン原子スピン分布の測定結果と睡眠学習装置(仮)の推定結果は、約95%一致した。前々回と比較すると、大幅な改善だ。」

 そこで、前回の実験時に思い付いた疑問をぶつけてみた。

「一体どうなったら、この実験は終了する事になるんですか?」

「もちろん、目標が達成したら終了だよ。」

「目標って、睡眠学習装置(仮)がオレの意識を再現出来るようになる事ですか?」

「そうだ。」

「それは、どうやって確認するんですか?」

「それは、今は言えない。特に桜井君にはね。まあ、その時が来れば分かるさ。」

 時宮准教授はそう言ってしまってから、言葉足らずだったと思ったのか、

「でも恐らく、測定結果と推定結果が99.9%以上一致すれば、桜井君の意識を再現出来るようになると思う。」

と続けて言った。

 ムーコに続いて、時宮准教授にもはぐらかされた気がした。しかし、測定結果と推定結果の一致率の推移から想像すると、この調子で進めば、あと2〜3回程度で実験が終わるのではないだろうか?。


 今回の刺激反応調査で与えられた刺激は、味覚刺激だった。睡眠学習装置専用の全身を覆う()()()に着替えてヘッドギアとグローブを着用して、睡眠学習装置(仮)のベッドに座ると、ムーコに目隠しをされた。その後、

「桜井先輩、アーンして下さい。」

と言われて口を開くと、少量の調味料がスプーンで口に運ばれて来る。

 時宮准教授が、

「平山さんに、アーンしてもらえて、桜井君も幸せそうだね。」

と言うのを無視していると、今度は料理が口に入って来た。少量のパスタ、汁物、肉料理、魚料理、そしてデザート。高木さんの手作りだろうか?残念ながら、料理が得意な人が作ったものとは思えない味と食感だった。

 調査後、高木さんが少しモジモジしながら、

「さっきのお料理、どうだった?」

と訊いてきた。何故そんな事を訊くのかと訝しみつつも、素直に、

「パスタは少し硬く、魚料理は臭みを少し感じました。」

と答えると、高木さんは残念そうな表情を浮かべた。そこで、何となく思い付きで、

「臭みを消すには、香草か大根おろしを添えると良いと思いますよ。」

等と言うと、いちいちメモを取っていた。

 後日、木田が高木さんに手料理を振舞われたと、自慢していた。その時、気付いた。あれは、高木さんが木田に手料理を振る舞う為の予行練習として行われた、高木さんのための実験だったのだ。それにしても、愛の力は偉大だと思った。ほぼ料理なんかした事が無さそうな高木さんは頑張り、その怪しい料理に木田は感激したのだから。


 刺激反応調査が終わると、これまでと同様、睡眠学習装置(仮)の学習実験が開始された。二階堂先生から受け取った睡眠導入剤を飲み、シェル内のベッドに横になると、高木さんが機器の最終チェックをしている間に眠くなって来た。

 それにしても、さっきの料理を思い出すと、ちょっと…いやかなり残念だった。赤煉瓦亭の料理だったら良かったのに。フォワグラのキャビア添え、ロブスターのビスク、オレンジの香りがする鴨肉のコンフィ。こういうのを出してくれないと、睡眠学習装置(仮)に取り込まれたオレの意識は不味い料理に苦しめられて、性格が歪んでしまう事だろう。それに、美味のフルコースと料理経験がほとんど無い高木さんの料理では、刺激の種類が違う様な気がする。


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