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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第5章 その先へ
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5.20. トラジャ

 それから3日。あの嵐の夢を見ることは無かった。


 その間に、AM世界のオレからオレの依頼に対して「了解」との返信が来た。

 やはり暗号化されたそのメールに、今度は、AM世界のオレが確保した「数匹」の「センチネル」の解析結果が示されていた。「解析」といっても、センチネルが取り込んで来た「高坂和巳」と関連する、ワードの羅列である。言うまでもないが、「高坂和巳」はオレとムーコを襲撃した犯行グループの主犯…と思われる人物だ。

 そこには、殺人未遂、誘拐未遂、捜査一課、平山龍生、平山現咲、平山美夢、桜井祥太、ICP、乗っ取り、レゾナンス、逮捕…。予想していた通りの言葉が並んでいた。

 ちなみに、「ICP」とはムーコとリア子の父である平山龍生に乗っ取られた、高坂和巳の会社の名前だ。乗っ取られたICP「レゾナンス」となり、今では八神圭吾や川辺亘が働いている。そう、玉置由佳もまた、そこでアルバイトしているのだった。

 だが、その後に続くワードは予想外…と言うよりも、奇妙なものだった。キルロイ、ヒルド、バルバロス、ウォーインザダークシティ、バサーニオ、…そして白銀。

 「バサーニオ」というのは変わった名前だけど…。AM世界から新庄、小鳥遊、それに川辺と一緒に、「ウォーインザダークシティ」にログインして、クエストを受けて暗殺しようとした商人と同じ名前だ。でも、あの時のオレたちは完敗を喫して、川辺のキャラクターである「グリムリーパ」は殺されてしまった。

 「キルロイ」、「ヒルド」、それに「バルバロス」なんて言うのも、変わった名前だ。現実に存在する人の名前と言うよりも、「ウォーインザダークシティ」のキャラクターネームにありそうな名前。

 もしかすると、高坂和巳も「ウォーインザダークシティ」でプレイしていたのだろうか? 例えば、「キルロイ」や「バルバロス」あたりが、彼のキャラクターネームだったとか? 年齢や立場を考えると、イメージしにくいが…。

 それよりも問題なのは、この「白銀」が何なのか?だ。人の名前なのだろうか? 世の中に「白銀」さんはたくさんいると思うけど、まさかサイバーポリスの白銀さん、なんてことは無いだろうか?

 白銀さん…彼女は警官だ。高坂和己と白金さんの関係は、犯人と警官の関係なのか? 有力なIT企業だったICPの元社長の高坂和巳の犯罪だから、サイバーポリスとして高坂和巳の捜査に関わっていても不思議では無いが…。

 それなら白銀さんに相談すれば…と一瞬思ってしまった。いやいや、彼女にセンチネルのことを話すのはヤバい。センチネルのことを隠して、高坂和巳の秘密…というか捜査がどうなっているのかを教えてもらう…と言うのは無理だろう。

 発狂した高坂和巳が逮捕されて久しいから、いずれ裁判が始まりあの事件の詳細も明らかになるだろう。白銀さんから話を聞かなくても、問題はない。

 今、白銀さんに相談するなら、むしろ未来に起こる可能性がある「フォンノイマンのレクイエム事件」を、事件にしないで済む方法についてだろう。だけど、彼女に「予知夢で見たから」なんて言ったら、即刻執務室から追い出される…残念ながら。


 リア子こと平山現咲と八神圭吾から、10日後に会おうと連絡が来た。里奈ともその時に会うことになった。

 そこに集まる4人とも、実は玉置姉妹と川辺を見知っている。

 オレは当然、その3人を知っている。玉置由宇は里奈の友人で、由佳はその妹であり、一緒に遊びにいったことがある。そして、里奈はオレの意識が戻らない時に何度か時宮研に来ていて、川辺を全く知らない訳じゃない。…あまり良くない印象だそうだけど。

 一方、玉置由宇の妹はエントランスで姉を出待ちする女子高生として、レゾナンスでは有名らしい。だから、リア子と八神圭吾は「出待ち女子高生」を、良く知っているわけでは無いけれど見たことはある。そのように、返信のメッセージにあった。


 そうして、その日が来た。ここまでの13日間、やはりあの嵐の夢を見ることは無かった。それにもちろん、あの夢が実現することは無かった。時宮准教授と「予知夢」の話をしたのも、ずいぶん昔のことのような気がしてきた。

 こうして冷静になると、あの日の「オカルト」の話は、胡散臭い話だったように思えてきた。この2、3日は、時宮准教授から渡された冊子「Project of a study on Precognitive Dream」も、読まずに放ったまま…。

 それならば、玉置姉妹と川辺のことは放っておいても良いのかも知れないが、あのドローンから抽出した映像のこともある。リア子と八神圭吾には直接見せて、反応を見たい。里奈には、最近どんな日々を送っているのか直接聞きたいし…。それに、久しぶりに会うこと自体が楽しみだったりする。


 集合場所のコーヒーショップ「トラジャ」は、()()()()()()とレゾナンス、それに先駆科学大学のいずれからも離れた場所にある。つまり、オレたち以外の関係者に聞かれたく無い話をするからだ。

 でも、だからこそ、オレ自身もこの辺りにきたことは無い…土地勘が無いのだ。里奈と「トラジャ」の近くの駅で待ち合わせたけど、お互いに違う改札から出てしまって、合流できた時には既にリア子たちとの約束の時間を過ぎていた。

 そこで、焦ってリア子に電話してみたのだが…。彼女は八神圭吾が運転するクルマで一緒に移動中だそうだが、八神圭吾も渋滞や一方通行、それに中央分離帯に阻まれて、駐車場探しに悪戦苦闘中らしい。「トラジャ」の店内に入るまでに、まだ20分くらいはかかりそうだと言っていた。

 携帯端末のナビによると、駅から「トラジャ」まで歩いて約15分らしい。お互いに遅れているなら、慌てることはない。里奈と、のんびり歩いて行くことにした。


 新緑の中、雲一つ無い良い天気。5月も中旬を過ぎて、日差しが強くて眩しい。


 短い距離とはいえ、里奈と2人っきりで歩くのはいつ以来だろう? 急にそんなことを意識してしまったら、いろいろと里奈に話があったハズなのに、何も言葉が出なくなってしまった。里奈も無言のまま、隣を歩いている。

 「トラジャ」に着いた時には、かなり汗をかいた。里奈も顔が真っ赤になっている。やはり暑かったのだろう。店内はエアコンが効いて涼しい。

 リア子と八神圭吾の姿はまだ無い。席に着いて2人分のアイスコーヒーを注文すると、オレは店員が持ってきたグラスの水を早速飲み干してしまった。

 隣に座った里奈はまだボーッとしているようだった。そこで、すぐに水を飲むように勧めると、少しだけ口をつけた。それでもまだ顔の赤い彼女に、

「大丈夫?」

と声をかけた。

 すると、里奈は小声で

「うん」

と返事をした。軽い日射病なのだろうか? オレは少し心配していた。

 しかし店員がアイスコーヒーを持ってきた頃には、里奈のグラスも空になり、顔色も普通に戻っていた。リア子たちが来る前に、里奈自身の近況を聞いておきたい。

 それでオレは、

「最近、忙しいの?」

と尋ねた。このところ、あまり電話でも話してない。頭脳工房創界でのアルバイトを辞めたり、大学を転部したり…この2ヶ月ほどの間に彼女の生活は大きく変化している。

 電話やメッセージでは、美味しいお菓子を食べたとか、友達と昼食を一緒したとか、楽しい話しかして来ない。だけど、久しぶりに会ってみると、合流した時からずっとボーッとしているように見える。

 里奈は疲れているのだろうか?「元」兄のオレとしては、ずっと気になっていた。しかし、彼女の返事は、やはり小声で

「うん」

の一言。


 あまり元気が無いのが気になる。


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