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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第5章 その先へ
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5.12. 嵐の予感

 里奈と和解した後、お互いに忙しくて、なかなか会う機会が無かった。だが、連絡はマメに取るようになっていた。だから、玉置由宇が川辺と付き合うようになったことも、妹の由佳が心配していることも、リアルタイムで伝わって来た。

 一方、玉置由佳からも時々メッセージが来た。

 どうやら、姉を心配した由佳が、オレに2人の仲を邪魔させようとしているようだ。今は里奈からの情報で、玉置由佳の考えが手に取るように分かる。

 なので、彼女からのアクションに対して、適当にはぐらかしたり、気が付かなかったフリをしたり…。いつまでも彼女(じょしこうせい)に振り回されている訳にはいかない。


 そんなある日、不思議な夢を見た。

 

 何処からか、テンペストの第三楽章が聞こえる。そう言えば、里奈や玉置姉妹とランチを食べた「フレッチャー」を出る直前に、テンペストの第二楽章を聞いたのだった…と記憶をたどる。

 オレは何故か、うす暗い研究室の窓辺に立ち、景色を眺めながらコーヒーを啜っていた。激しい雨が窓を叩きつけ、強い風がゴォーっと唸り声をあげて、木々から引きちぎられた緑葉が空高く舞っている。

 不意に閃光が光り、少し遅れて大きな音が鳴り轟いた。雷が割と近くに落ちたようだ。

 研究室がうす暗くなっていたのは、すでに落雷で停電して、研究室の照明が消えていたからなのだろう。そう言えば、無停電電源がついていないネットワーク機器も光が失われていて、機能していないようだ。

 そんな時に、何故か豊島の弾んだ声が、後ろから聞こえた。

「雰囲気出るね。この状況は、正に(テンペスト)だよ。」

こんな時に音楽(テンペスト)を研究室内で響かせているのは、彼女に違い無い。嵐の襲来を歓迎しているように見えるのは、音楽と状況がマッチしているからだろうか。

 窓辺の景色から目を離して研究室内を見渡すと、少し離れた窓辺に木田と高木さんが立っていて、やはり外の様子を伺っている。高木さんが先駆科学大学の時宮研にいるのは、珍しい。

 AM世界では、湊医科大学と先駆科学大学は合併して、時宮研と思宮研は一つにまとまって研究していた。だから、高木さんは時宮研に普通に居た。

 だが、ここは現実世界。彼女が湊医科大学の博士後期課程に進学してしまった現時点では、特別に用事が無ければ時宮研には来ない。

 だから、これはきっと夢だろう。…オレはそう思った。

 夢の中の時宮研究室には、学部生の姿も時宮准教授の姿も無い。外で吹き荒れる嵐とは対照的に、付き合いの長い4人だけの静かな空間だった。


 ところが、突然、研究室のドアが吹き飛んだ…と思った。ここにも(テンペスト)が来たのか?

 驚いた皆がそちらを振り向くと、開いたドアの前に、1組の男女が立っていた。女性は高校の制服姿、男性はスーツ姿。良く見ると、それは玉置由佳と川辺亘だ。

 どうしてこの組み合わせでここに来たのか、と訝しむ暇もなく、2人の口から嵐が巻き起こった…と思った。

「〇〇○!」

「×××!」

同時に口を開いて叫ぶから、どちらの言うことも聞き取れない。他の3人もポカーンとしている。

 こんな時に、ふと思った。AM世界でやっていたように、オレの思考速度が加速できたら聞き取れるかもしれない…と。

 ここはどうせ夢の中。玉置由佳も川辺も、オレの言うことなんて聞かないだろうし。それなら試してみよう。

 そこで、心の中で

「set braintime 5」

と唱えてみた。

 だけど、エラーメッセージは返って来ない。…そりゃあそうだ。

 そう思った次の瞬間、

「お姉ちゃんが昨日から帰って来ないの。多分、川辺っていう奴に拉致されたんだわ。助けて、お兄ちゃん。」

「フォンノイマンのレクイエムって何なんだ? そのせいで、由宇が危ないかも知れないんだ。」

2人の声が遅くなって、聞き取れた。

 他の3人は、まだポカーンとしている。きっと、2人の言っていることが聞き取れないんだろう。AM世界で習得した「技」を現実世界でも使えた、ということなのだろうか? いや、これは夢だからか?

 不思議に思いつつ、心で

「set braintime 1」

と唱えると、2人の叫ぶスピードは元に戻って、聞き取れなくなった。

 玉置由佳は、一緒に研究室に来た男が川辺だと知らないのか? それに、川辺も玉置由佳の言っていることを聞く気もないのか? …これでは「嵐」ではなく、カオスだ。

 それにしても、玉置由宇は何かのトラブルに巻き込まれたのだろうか?それに、川辺が「フォンノイマンのレクイエム」を知っているとは、どういうことだろう?

 そんなことを考えながら、2人のためにコップに水をくんだ。先ずは2人に落ち着いてもらって、1人ずつゆっくり話してもらわないと、話が進まない。

 ところが、2人にコップを差し出したところで、目が覚めた。


 ベッドから起き上がったオレは、狐につままれたような気がした。たった今まで見ていた夢は、妙にリアルだったからだ。それに、夢の内容をオレはしっかり覚えていた。ついに、現実(こちらの)世界のオレも予知夢を見るようになった…のか?

 だけど、それをどうやって確認する?

 そうだな…夢に見たように、AM世界で思考速度を変える技が現実世界でも使えたら、いろいろと便利かも知れない。そこで、心の中で、

「set braintime 5」

と唱えてみた。

 すると、時計の秒針の動きが遅くなった…ような気がした。これがオレの気のせいじゃ無いなら、AM世界のオレが言っていたように、あの夢は正夢っていうことになるが…まさかね。

 そう思いながらも、一応、もう一度心の中で唱えた。

「set braintime 1」

…何も変わらなかったような気もする。


 こんなことをやっても、何の意味も無い。


 夢の内容が非現実的だったのは、思考速度を変えられただけじゃない。滅多に時宮研に来ない高木さんが来て、そのタイミングで嵐で停電になって、明らかに川辺を嫌っている玉置由佳が川辺と一緒に時宮研に来るだって? …ありえないだろう。徐々にオレは冷静になって来て、予知夢を見たハズが無いと思い始めた。


 だがその時、携帯端末に通知が来た。木田からのメッセージだった。

「次の木曜日の夕方、高木さんが研究室に来るから、高木さんと院生で飲みに行かないか?」

という誘いだ。

 院生…と言っても、最近、三木さんの姿はあまり見かけない。すると、高木さん、木田、豊島、そしてオレが参加者になる。それは、あの夢で時宮研にいたメンツと一致する。あの夢は、飲みに行くために集ったものの、嵐で時宮研に足止めされていた状況だったのだろうか?

 胸騒ぎがして天気予報を調べると、天気が崩れる可能性が高いらしい。…予知夢を見たハズが無いと考えた根拠が怪しくなってきた。


 予知夢なんてオカルトの話ではあるけど、万一あの夢が予知夢だったら、玉置由宇に何らかの危機が迫りつつあるのかもしれない。それを放置して何か起こってしまったら、責任を感じてしまいそうだ。そもそも、彼女は里奈の友人なのだし。

 それに、川辺が夢の中で「フォンノイマンのレクイエム」のことを尋ねてきた。しかも、それが玉置由宇の安全と関係があるとか…。

 「フォンノイマンのレクイエム」について相談できるのは、高木さんか時宮准教授だけだ。「フォンノイマンのレクイエム」のことは、時宮准教授から口止めされているからだ。

 高木さんが時宮研に居ない今、気は進まないけど、時宮准教授の意見を聞いておくべきだろう。玉置由宇・由佳姉妹について説明するのは、少し面倒ではあるが…。


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